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《後編》やり終えた悪霊令嬢はカレとの幸せを手に入れる

 半年前の夏に、廃墟探検をしたのも、そこで黒い炎に取り憑かれたのも本当のことよ。

 だけどそれ以外はほとんどが嘘。カレはきちんと自分が誰かわかっていたし、自由に動くこともできていた。そうして私に助けを求めにきたの。仲間を助けてほしい、と。


 だけど彼の案内で行った襲撃現場には、なんの痕跡もなかったわ。血の跡すらも。それらを隠したような痕跡はあった。けれど確実に昨日今日のものではなく、襲撃は何日も前のことのようだった。


 黒い炎でしかないアルダンは嘆き、困惑し、仲間をみつけようと躍起になっていて、私はひどく同情した。それがなにかの作用をもたらしたみたい。気づいたらアルダンは私の右肩から離れられなくなっていたの。


 霊体になる前の彼が廃墟に来ていたのは、病床にあるお父様のためだったそう。アルダンのお母様とお父様は恋愛結婚で、ふたりが出会ったのがコモン湖だったそうなの。

 弱り切っていたお父様は、かつて愛する人とともに味わった修道院の葡萄酒を飲み、その地に咲く花を見たいと願ったみたい。だからアルダンは、少ない供だけでお忍びでコモン湖へ来たそうなの。


 だけど到着してみると修道院は廃墟で、兵士たちが待ち伏せしていて襲撃されてしまった。その際にアルダンは、敵が自分だけは生け捕りにしようとしていたことからクリスピアンが黒幕だと予想したそう。目的は玉璽の隠し場所を聞き出すことだろう、と。


 だけどアルダンは従者をかばって瀕死の重傷を負い……気づいたら、心だけ体から離れていたのですって。そして自分の体がどこにあるのかもわからなくなってしまった。


 多分だけどアルダンは、供を心配するあまりにそんな状態になってしまったのだと思う。

 彼は私に取り憑いたあとも、従者たちの名前を呼びながら嗚咽をあげていた。


 するとそのうち青い炎がひとつふたつと集まりはじめ、最終的に八つになった。炎はアルダンの騎士と従者だった。彼らに導かれ、私たちは埋められた体をみつけたのだった。


 それから私たちはアルダンの体を探すことにした。エクソシストによる悪魔祓いを受けていたなんて話は嘘。お父様の権力を使ってクリスピアンを探っていたの。だけれどみつけることはできなかった。


 ただ、彼が玉璽がなければ即位できないのは確実だった。だから、作戦を練ったの。むこうがアルダンの心が別に存在していることに気づいて、自ら案内するように、と。アルダンと縁戚関係にある国王陛下も、協力してくれたわ。


 私は右肩に乗ったカレを連れて社交界に戻り、自分で『悪霊令嬢』のあだ名を世間に浸透させたのよ。


 見事目論見は成功。

 お父様の手回しで宰相と大司教も味方についてくれた。おかげでクリスピアンの兄暗殺未遂と騎士たちの殺害は白日の下に晒されたわ。私も体内に八人もの悪霊を隠してフーレンス王宮に乗り込むのは、大変だったのだから。


 でもこれでクリスピアンと襲撃者、それからアルダンのコモン湖行きをクリスピアンに伝えたと思われるシレーヌは、犯した罪の報いを受けるのよ。



 誰もいなくなった部屋で寝台の脇に立ち、右肩をみつめる。黒い炎のアルダンはじっと自分の体を見下ろしている。


「戻れそうにないの?」

 恐る恐る尋ねる。

「いや」返ってきたのは暗く沈んだ声だった。「オレだけ戻るのはズルいだろ」

「な、なにを言っているのよ!」


 八人の青い炎たちが膨張したり伸縮したりしながら部屋のなかを飛び回る。彼らは声を発することができない。かわりにそうやって意思を表しているみたい。私の中に入るとまったく存在を感じないほどおとなしいのに、外にでるとにぎやかに主張するのよね。


「あなたは戻らないつもりなの?」

 アルダンは黙っている。青いコたちは喋れないけれど、どうしてかアルダンとは意思疎通ができる。だからきっと今は主に愚かな考えに捕らわれるなと責めているのだと思う。


「アルダン!」黒い炎に呼びかける。彼はわずかに揺らいだ。「ふざけないでよ。私をこんなことにつきあわせておきながら、このまま死ぬというの?」

「それは……」

「私は『悪霊令嬢』なんて汚名を着て、婚約者を失ってまであなたを助けた最大の功労者なのよ。その私を悲しませるの?」

「……感謝している。とても」

「それで終わり? あなたを失った私が号泣しても、それを見ているだけ? 私、けっこうあなたを好きなのよ」


 アルダンがぶわりとひとまわり大きくなる。


「え、怒ったの?」

 答えはない。その代わりに青いコたちが、わさわさと動き始めた。細く伸びたり縮んだりして、空中で形を作っている。


「あら、文字? 『カ』? 『レ』? 合っているかしら」

 ひとりの青いコが私の目の前で丸くなる。

「正解ということかしら」

 八つの円ができた。どうやらあっているらしい。ふたたび青いコたちが形を順々につくる。


「なになに『カ』『レ』『ハ』『ア』『ナ』『タ』『ヲ』……」

「やめろッ」とアルダンが叫ぶ。

 だけど最後の文字はもう作られていた。

『ス』『キ』と。


 黒い炎のアルダンを見る。それから死体のような体を。枕元に膝をつき、頬に触れる。


「玉璽のためとはいえ、意識のないあなたを半年も生かすのは大変だったでしょうね。そこだけはクリスピアンに感謝するわ。私はあなたに会いたい」

「……オレは従者も守れないような王子だ」

「そうね。情けないわ。だけどそんなあなたを彼らは恨むのではなく、案じているのよ。それでも、どうすればいいのかわからないの?」


 返事はなかった。右肩に視線は向けず、ただただアルダンの顔だけを見る。

 ふっ、と肩が軽くなった。

 アルダンの瞼が震える。

 待っているとやがてゆっくりと開いた。新緑を思わせる美しい瞳が現れる。


「初めまして。おかえりなさい」

 そう言って彼の頬にキスをした。



 ◇◇



 自室でひとり、長椅子に腰かけて読書を通していると、騒々しい足音が聞こえてきた。まっすぐに私の部屋に入る。

 目をやると、思った通りアルダンだった。

「健診の結果は?」

 尋ねたけれど、答えはわかっている。

「問題ないさ。驚異的な回復力だと驚かれたよ」とアルダンが快活に笑う。


 意識と一体になったアルダンは、当初衰弱がひどく、自力で半身を起こすことも、話すこともできなかった。それがわずか二ヵ月でもとどおり。


「みんなにお礼をいったほうがいいわ。あなたの中に入って、体を動かすリハビリを手伝ってくれたのだから」

 そう言うと、私の中から八人の青い炎が飛び出し、嬉しそうにくるくると回る。


「またロクサーヌに入っていたのか! やめろと言っているのに!」

 アルダンが不満げな表情になって、青いコたちを殴るふりをする。触れられないから空を切るだけなのだけどね。


 青いコたちは私の中が気に入っているみたい。肉体を持ったアルダンは、もう彼らと意思疎通ができなくなってしまったので理由はわからない。だけど困ることはないからほうっておいている。

 それに最近思うのよね。気にいっているのではなくて、アルダンをからかって遊んでいるだけなのではないかしら、と。


 アルダンがなぜか私のそばに立つ。

「座らないの?」

「もう心配はないだろうとのお墨付きだ。即位の予定も立てられる」

「おめでとう」

 にこりとするアルダン。


 彼は弟と違って、体格がいい。騎士といっていいような体つきで、だからこそ体力があり、回復も早かったのかもしれない。


「それなら私の看病も終りね」

「ああ。ふた月の間、ありがとう」

 私はアルダンの精神状態の第一人者というよくわからない理由で、フーレンスの王宮に滞在している。ただ。いずれ伝えたいことがあるとは、カレからしつこく言われてきた。


「ということで」とアルダンは言って、床に片膝をついた。

 ……どこかで見たことのあるポーズだわね。


「愛している、ロクサーヌ。オレの妃になって、オレと一緒に幸せになってくれ」

「二度と魂だけの存在にならないと約束してくれるなら」手を伸ばして彼の頬に触れる。「夫婦になるならふれあいたいもの。ひんやりした空気が夫ではイヤだわ」

 アルダンが満面の笑みを浮かべる。

「約束しよう。オレだって君にふれたい」

「愛しているわ、アルダン」


 彼の手が伸びてきて顔を引き寄せられる。コツンと重なる額。


 私たちのまわりでは、青い子たちがお祭り騒ぎで飛び回っている。

「おい、お前たち。気が散る、ちょっと外してくれ」

 アルダンがそう言うと、八人の炎は私の中に飛び込んだ。

「そうじゃないっ! ロクサーヌの中に入るな! ふたりきりにさせろ!」

「仕方ないわ。私、悪霊に取り憑かれている令嬢だもの」

「その設定はもう終わっただろ! 出ていけ!!」


 ピュッと八人の炎が飛び出て、膨張したり収縮したりしながら、扉から出て行った。


「あいつら、いつ天国に行くつもりだ?」とアルダン。

「あなたと一緒にじゃない? だって探して呼んだのはアルダンよ」

「そうか……。それならしっかり幸せに生きないとな。頼んだぞ、ロクサーヌ。生涯オレだけを愛せよ」

「任せて。でも、そろそろキスをしてくれないと、拗ねてしまうわよ」


 私、二か月も前から待っているのよ、と伝えたほうがいいかしら。



《おわり》

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― 新着の感想 ―
[一言] 子ども8人産まなきゃですね♪
[一言] 二人が天寿を全うして青いコたちと一緒に天国に行けますようにとお祈りしたくなるお話でした。 素敵なお話ありがとうございました。
[良い点] ちょっぴり切ないけれどスッキリ楽しいお話でした。ありがとうございました。
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