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《中編》歓迎された悪霊令嬢は真価を発揮する

 とんとん拍子で話は進み、右肩に黒い炎の形をした『肩乗り悪霊』を乗せた私は、クリスピアンの妃となることが決まった。プロポーズからわずか二週間後の今、私とカレはフーレンスの王宮、玉座の間にいる。

 家族は誰も共に来ていないから、知り合いはクリスピアンと『肩乗り悪霊』だけ。ちょっと心細いわ。


「展開が早すぎだな」とカレが小さく呟く。

「そうね」と私も小声で返す。

 現在は私を歓迎するための式典が開かれている。といってもたいていの人は顔を引きつらせて、簡単な挨拶だけしたらそそくさと逃げてしまう。クリスピアンのお母様もそうだった。仕方ないわ。なにしろ『悪霊』が憑いている令嬢なのだから。


 そんな中で比較的好意的だったのは、闘病中のアルダン王子の婚約者シレーヌだった。ピンクブロンドの髪と菫色の瞳をした可愛いひとで、ロートリア国の姫君だという。挙式間近に婚約者が病魔に倒れるという不幸な目に遭いながらも、悪霊憑きの私に優しく接してくれた。


「とっても健気ね」

 と、『肩乗り悪霊』に言うと、カレはフンと鼻を鳴らして(鼻がどこにあるのかはわからないけれど)私に怖気を走らせた。まったく、すぐに不機嫌になるのだから面倒くさい。


「大丈夫かい、ロクサーヌと悪霊くん」

 クリスピアンが来賓の対応が切れたタイミングで、甘い笑みを向けてきた。

「到着したその日に歓迎会になってしまって、すまないね」

「そう思うなら延期させろ」と『肩乗り悪霊』が不機嫌な声を出す。「あと『悪霊くん』はやめろ。キモイ」

「だって君は自分の名前が思い出せないのだろう? 仕方ないじゃないか」


 求婚した日からクリスピアンはずっと私のそばにいる。だいぶ熱が入っているみたい。そのせいかずいぶんと距離が近くなった。私にも、『肩乗り悪霊』にも。


「許してくれ。愛するロクサーヌを早くみんなにお披露目したい気持ちが勝ってしまった」にこりとするクリスピアン。「結婚式が楽しみだ」

「アホらしい」とカレ。また、ぞわりとする。

「クリスピアン殿下、あまりカレを刺激しないでくださいな。すぐに怒るのよ」

「わかっているのだけど、君が愛おしすぎて止められないのだ」


 クリスピアンが私の手を取りキスをする。特大の悪寒が走り、私も彼も大きく震えた。


「参ったなあ、嫉妬かい? 悪霊くん」

「だったらお前をとり殺しているさ」

「怖いなぁ」

 そう言いながらもクリスピアンは笑顔を崩さない。信じていないのだと思う。実際カレは私たちに頭痛と寒気以外に影響を及ぼせないみたいだしね。


「で? クリスピアン殿下。玉璽はみつかったのですかね」


 突然の大声が玉座の間に響き渡り、一瞬にしてあたりは静まり返った。広間の中央に片手にグラスを持った中年男性がいる。まわりの様子を見るに、どうやら彼が今の発言主みたい。


「玉璽の継承が王位継承の証。持っていないのなら、あなたは即位できませんよ」と中年男性が意地悪気な表情で主張する。

「たとえどのような理由があろうともね。それを変えるためには、国王が憲法を変えなければならない。だが、国王は不在。先代陛下が玉璽を託したアルダン殿下は意識不明のまま。どんなに頑張ろうと、教会は玉璽無しに国王の地位は授けませんぞ」

 中年男性はそう言って高らかに笑うと、くるりと背を向けて去って行った。


「今のはなんですか、殿下」

「いや、恥ずかしい。あれでも我が国の宰相だ」クリスピアンは羞恥に頬を染めている。「でも彼の言うとおりでね。我が国の王位継承には玉璽が必要なのだが、行方不明になっている」

「第一王子が病に倒れたからですか」

「そうだ。とはいえ、このまま王の不在を続けるわけにはいかないからね。教会とはもう話がついているのだが、彼はああやって難癖をつけてくる」

「困った方ね」

「そのとおり。君の歓迎会にケチをつけるとは」


 クリスピアンは私の腰に手をまわして抱き寄せた。


「どう埋め合わせをしよう。キスでいいかな」

 ぶわり、と黒い炎が大きくなった。顔を向けなくてもわかるほどに。顔の右半分が氷を当てたかのように冷たくなる。


「おいおい『悪霊くん』。嫉妬はやめてくれ。僕たちは夫婦になるのだから、キス程度でこんなに機嫌を損ねられては困るよ」

 そう言ってクリスピアンは私を見て、『ね?』と腰が砕けるような、甘い笑みを浮かべた。



 ◇◇



「……起きろ、ロクサーヌ。起きろ」

 ふと私を呼ぶ声に気づいて目を開けた。私が横になっているのは長椅子だった。どうしたのだっけ、とうまく働かない頭で考えながら、半身を起こす。


「歓迎会のあとに下がった部屋で一服盛られたんだよ、ロクサーヌ」

 右肩からカレの声。

「そうなの?」

「そのとおり」今度の声はクリスピアンだった。「ようやく目覚めてくれた。どうにもこうにも手詰まりでね」

「手詰まり……」


 おうむ返しに呟きながら、部屋を見渡す。王宮の中にしては質素な部屋で家具はほとんどなく、窓には分厚いカーテンがかけられている。壁に沿って兵士が立っていて、ざっと十人というところ。それとアルダンの婚約者、シレーヌがクリスピアンと腕を組んでいる。


 私は静かに立ち上がり、この部屋で一番大きいもの――寝台に歩み寄った。赤い髪をした青年が横たわっている。頬はこけ、肌艶が悪い。死体のように見えるけれど、胸がわずかに上下しているから、生きているらしい。


「第一王子のアルダンだ」とクリスピアン。

 振り返って彼を見る。

「そいつに」とクリスピアンはあごで私の右肩あたりを示した。「体に戻るよう言ってくれないか」

 私はカレを見て、それからアルダンを見た。


「教会はアルダン派でね。玉璽がなければ私を王として認めないというんだよ。無理やり即位してもいいのだが、それでは貴族の半分以上と教会が従わない。困るだろ?」

「どうしてカレがお兄様だと思うの?」


 ハハッとクリスピアンはバカにしたように笑った。

「まず声。そんなみっともない姿なのに、アルダンの声だ。それから、場所だ」彼の笑顔が険悪なものに変わる。「君が幽霊探検した廃墟は、私の兵がアルダンを襲撃したところだからな」


 ぶわりとカレが膨らみ、悪寒が走る。


「おや、思い出したか? 自分が誰かも忘れたマヌケな兄上様。同行者全員惨殺され、自分だけ生き残った気分はどうだい? みじめ極まりないだろう?」


 カレがまた膨らむ。頭が痛くなってきた。


「あんた、ロクサーヌを気に入っているのだろう? 彼女を殺されたくなかったら、体に戻れ。僕に玉璽の場所を教えるんだ」

「どうせ私のことも殺すのでしょう。そんなことを話して聞かせるくらいだから」

「そうか」とクリスピアン。「僕としたことが。嬉しくてついつい余計なことを口にしてしまった」

『バカねえ』とシレーヌが彼の横腹をつつく。雰囲気からして、深い仲なのではないかしら。

 ちらりと右肩を見たけど、顔のない黒い炎ではなにを思っているかは読み取れなかった。


「じゃあこうしよう。あんたが素直に従ってくれたら、ロクサーヌは苦しまずに死ねるようにする。従わないのなら、ひと関節ごとに切り落とす」にこりとするクリスピアン。「僕の可愛い婚約者は悪霊の嫉妬で惨殺された、という筋書きなんだ」

「痛いのは嫌だわ」

「ならば兄を説得してくれ」


 カレを見る。それから兵士たち。

「クリスピアン。最後にもうひとつ質問をしていいかしら」

「どうぞ」

「アルダンたちを襲撃したのは、彼らかしら」

「そのとおり。僕の精鋭たちさ。金はかかるが、素晴らしい働きをしてくれる」

「そう……」


 目をつむる。六人の騎士、ふたりの従者、と聞いている。短い間、亡くなったひとへの祈りを捧げ、ふたたび目を開いた。


「さあ、どうぞ!」

 高らかに叫ぶと、ぶわり、と私の中からそれらが飛び出した。その気持ち悪さにぶるりと震える。


「な、なんだこれはっ!」悲鳴を上げてあとずさるクリスピアン。

「もちろん、殺されたひとたちよ。悪霊になっているけれど」


 青い炎のような八つのそれらが膨張と縮小を繰り返しながら、部屋の中を縦横無尽に飛び回る。彼らの体内に取り込まれたものは悲鳴を上げ膝からくずおれ、巻き付かれたものもうめき声をあげて転倒する。

 しばらくすると正気なのは私と、腰を抜かしているクリスピアンだけになった。


「な……にをしたんだ?」

「なにも」部屋のなかを漂う八人の悪霊を見、それから視線をクリスピアンに戻す。「自分たちが殺されたときの恐怖を兵士に分けただけのはずよ。といっても八人分を濃縮しているはずだから、相当な怖さなのじゃないかしら」

 兵士もシレーヌも痙攣しながら、『やめて』『殺さないで』とうわごとの様に呟いている。


「ね、アルダン」と私は右肩に目を向けた。「殺さずに復讐する。第一段階、成功ね」

「は? どういうことだ?」とクリスピアン。

「説明なんてしてあげない。みなさん、入ってくださいな」

 扉が開き、兵士が突入してくる。そのあとから、お父様とフーレンス教会の大司教、宰相が悠々とやってきた。


「これで裁けますか?」と尋ねる。

「ああ」宰相が素晴らしい笑みを見せた。「ばっちり聞こえましたからな」

 大司教がうなずく。彼らの後ろにも数人の貴族や文官が青ざめた顔をして立っている。

「これだけ証人がいるのだから、間違いなく有罪にできますよ」

「よかったよ。陛下もお喜びになる」とお父様も笑顔だ。


 クリスピアンだけが、壊れたおもちゃのように意味のない言葉を発しながら、私とアルダン、宰相たちの顔を何度も何度も見比べていた。

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