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《前編》婚約破棄された悪霊令嬢は求婚される

 王宮の窓の外には三日月が浮かび、広間からは楽団が奏でる軽やかなワルツが聞こえてくる。

 今宵の夜会は、隣国フーレンスの第二王子を歓待するためのもので、都中の貴族が招待されている。

 公爵令嬢たる私も例外ではなく、婚約者のジャンニーニとエントランスホールで待ち合わせて広間前までやってきたのだけど。


 どうしたことか、ジャンニーニはずっと青い顔をしてふるふると震えているのよね。

『どうかなさったの』と声をかけようとしたそのとき、ジャンニーニはキッと私を睨んだ。


「ロクサーヌ・ベルジュロン! もう限界だ、君との婚約は破棄する!」

「まあ」

「なにが『まあ』だ!」

 ジャンニーニは険しい表情で後ずさる。


「どうして君は平然としているんだ! 僕は恐ろしくてもう無理だ!」

 叫ぶ彼の視線をたどり、私の右肩の上に目をむける。そこにはカレがいる。


「オレが貴様になんの迷惑をかけた」

 カレが氷のように冷え冷えとした声で問うとジャンニーニは、ぶるりと大きく震えた。そして、

「あ、悪霊なんて存在するだけで怖いんだよぉっ!!!」

 と叫ぶと、

「許せ、ロクサーヌ!!」と謝罪しながら走り去った。


「フンッ、肝っ玉の小さいヤツめ」とカレ――世間から『肩乗り悪霊』と呼ばれているカレが悪態をつく。「謝るくらいなら婚約破棄などするな」

「正論だけど、少しは責任を感じてほしいわ。ジャンニーニとは政略結婚とはいえ、それなりに仲良くしていたのよ。あなたに取り憑かれるまでは」

「知るか。オレのせいじゃない」


 カレは怒って、なにかよくないものを放出したみたいだ。私は悪寒が走り、先ほどのジャンニーニのようにブルリと震えた。


 廊下は来客で賑わっているというのに、私たちのまわりだけ人がいない。みんな遠巻きに、気味悪そうにこちらを見ている。もう慣れたとはいえ、さみしいわ。でも彼らの気持ちはわかる。誰だって悪霊は怖いものね。その悪霊と普通に会話する私も、不気味に見えるのでしょう。


 カレは私の右肩に憑いている。見た目は黒い炎のようで、目鼻口はないのになんでも見えているし、喋ることもできる。サイズは人間の頭くらいだけど、強く怒ると大きくなるみたい。


 実体はなくて触ることはできない。触れようとしても、手は黒い炎を通り抜けてしまう。だというのに、カレに憑かれてから私の右肩は常に重い。どういう仕組みになっているのかは不明。炎のような形でゆらゆらと動いているけど、カレの中は氷のように冷たい。

 そのせいなのか、カレの機嫌によって私は悪寒が走ったり頭が痛くなったりする。とても厄介な存在なのよね。


 しかも! 生活すべてを覗かれている。着替えやお風呂などのときは目と耳を閉じていると『肩乗り悪霊』は主張しているけど、本当かどうかはわからない。


 すごくイヤ。だって私は花も恥らう十八歳で、カレは本人の主張によれば男性だそう。異性に生活すべてを見られているだなんて、悶え死にそうなくらいに恥ずかしいわ。

 だけど憑かれてしまったのだから仕方ないと思って、ガマンしているの。

 それに憑かれてもう半年。カレには言いたくないけれど、案外楽しいときもあるのよね。


「むしろ、女性を置き去りにして逃げるようなつまらぬ男と縁が切れてよかったじゃないか」と『肩乗り悪霊』が言う。

「あなたのせいで私は一生独身になりそうなのだけど、反省は?」

「反省すべき人間はオレをこんな姿にしたヤツだ」

「そうね」

「納得したなら広間に行け。夜会に参加するんだ」

「はいはい。わかりました」


 生意気な『肩乗り悪霊』の指図におとなしく従って広間に向かおうとした、そのとき――


「君が噂の悪霊令嬢か」

 そんな声と共に、柱の陰から見知らぬ美青年が出てきた。サラサラの金髪に青空から切り取ったような青い瞳。儚げな外見で年の頃は私と同じくらい。この容姿は、噂に聞いている。


「驚かせてすまないね。僕はフーレンス王国の第二王子、クリスピアン・ミルージュだ」

 美青年はそう名乗り、とろけるような笑みを浮かべた。


 やっぱり。そうだと思ったわ。

 夜会の主役がどうしてこんなところにいるのか知らないけれど、余計な質問は無粋よね。

 膝を軽く折り、かしこまる。


「世間からはそのように呼ばれております、殿下」

「公爵令嬢に対して酷いあだ名だと思ったが」クスリ、とクリスピアンが笑う。「さもありなん、だ。まさか本当に悪霊がついているとは思わなかったよ。しかもまるで友達のように会話をしている」

「はい。不都合は色々とありますが、意思疎通ができるのが不幸中の幸いです」

「幸いかなぁ」


 クリスピアンが近づいてきて、カレを間近から見つめる。

 ぞわりと悪寒が走った。クリスピアンも大きく震える。

「見世物じゃないぞ」と『肩乗り悪霊』が低い声を出した。

「殿下、カレは不機嫌なようです。お離れになったほうがよろしいかと」

「ふうん」


 クリスピアンは気のない返事をしながらも、一歩下がった。


「これの正体はわかっているのかい」

「いいえ。困り果てています」

「そうは見えないけどね。仲良く話していたじゃないか」

「常に右肩にいますのよ? 馴れ合うしかないと思いませんか?」

「確かに」


 そう言ってクリスピアンは、またとろけるような笑みを浮かべた。


「面白いコだな君は。ベルジュロン公爵令嬢。ロクサーヌと呼んでも構わないかな」

「光栄にございます」

「ならば」とクリスピアンが片手を差し出す。「僕と一曲踊ってもらおう」

「喜んで」


 彼の、美青年らしい白く華奢な手を取った。



 ◇◇



 フーレンス王国との国境にほど近い我が国の北方地域に、コモン湖という避暑地がある。ベルジュロン家もその地に別荘を持っていて、毎夏にひと月ほど滞在する。

 今年も例に漏れず訪れたのだけど、そのときに私は『肩乗り悪霊』に憑かれてしまった。軽率にも、廃墟探索をしたせいで。


 別荘の近くに大きな修道院があった。美味しい葡萄を作ったり葡萄酒を醸造したりしているから、我が家も農作物を直接買い付けるなどの交流があったみたい。その修道院が昨年、私たちが避暑地を去った後に落雷で半焼し、果樹園もダメになってしまった。再建するのは難しかったようで、修道院は放棄されて廃墟となった。

 ここに毎晩、幽霊が出るという。


 修道院は、もともとはこの地で栄華を極めた貴族の屋敷だったとか。流行り病や不幸が重なり、その家門は没落し修道会が土地屋敷を購入したらしい。

 そして修道会が去った今、かつてここに住んだ貴族たちが集まって、夜な夜なパーティーをしている――というのが、別荘で働く者たちの間で話題になっていたの。


 こんな話を聞いてしまったら、確認しに行くしかないわよね。


 そこで両親にみつからないようこっそりと夜中に探検しに行って、幽霊をみつけるかわりにこの『肩乗り悪霊』に憑かれてしまったというわけ。

 ひと月ほどはなんとか祓おうと、エクソシストを頼ったりしたけど効果はなかった。だから諦めてカレと共に生きることにしたの。


 ダンスを踊りながら、そう説明するとクリスピアンは思いっきり楽しそうな表情になった。


「本当に面白いコだ!」

「どこかにそんな要素がありましたかしら」

「普通の令嬢は夜中に幽霊を探しに行かないと思うが?」

 クリスピアンは華麗にステップを踏みながら、おかしそうに笑っている。

「それに関してはまったくの同意だ」と『肩乗り悪霊』が言う。

「だろう?」とクリスピアン。

 いやね、失礼な。カレをにらんでやりたい気分だわ。


 だけど今はクリスピアンとダンス中。

「殿下はコモン湖へ行かれたことはおありですか」と尋ねてみる。

「通過はした。ここへ来るときにな。帰りには滞在してみよう」

「悪霊に憑かれてしまうかもしれませんよ」

「そうしたらロクサーヌとお揃いだ」

 クリスピアンが嫣然と微笑む。


「いつご帰国されるのですか」

「来週だ」

「まあ」

『さっさと帰れ』と右肩あたりがうるさいけれど無視をする。

「すぐではありませんか」

「即位前に、近隣諸国の王に挨拶をしておきたいからな。一国にあまり時間をかけられないのだ」

「大変ですね」

 とクリスピアンをねぎらう。『肩乗り悪霊』は面白くなかったらしい。右側の顔面がぞわりとして悪寒が走った。


 半年ほど前のこと。フーレンスの国王が崩御した。悪質な夏風邪が原因だったという。ほどなくしてその風邪に第一王子アルダンも罹患。重症化し、今でも寝たきりの生活を送っているそうだ。

 そこで異母弟である第二王子であるクリスピアンが王位を継ぐことになったらしい。

 アルダンの亡き母親は我が国の王の従妹だから、陛下も複雑な胸中だと思うわ。


「僕の母はしがない子爵令嬢だからね。ただの寵姫にすぎないし、挨拶だけでもきちんとしておくべきだろう?」

 そう言ってクリスピアンは儚げに微笑んだ。

「ご立派な心掛けですわ」

「そうかい? だったら君も協力してくれるかな」

「なににでしょう」


 クリスピアンは踊るのをやめた。まだ音楽は続いているというのに。そして床に片膝をつく。


「ベルジュロン公爵令嬢。君に一目惚れをした。悪霊をものともしないその逞しさならば、どんなことにも動じない素晴らしい王妃になることだろう。僕の妃になってほしい」


 突然、熱烈なプロポーズをした隣国の第二王子は、息が止まりそうなほどに美しい笑顔を浮かべていた。


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