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60 回転寿司屋

 くるくるとテーブルの周りを回るレーン。その上に乗せられているのは料理の乗った皿だ。

 海産物を込めに乗せた料理――寿司が続々と流れ続けている。


「なんでも食べていいの?」

「はい。でも食べられる範囲で、ですよ」


 脂ノリのいいサーモンをエプルさんが頬張る。魚って特有のお肉とは違った油の美味しさがあるよね。

 ホタテを食べていたけど次は私も油が強めの寿司に手を出してみるのもいいかもしれない。ちょうどキラキラと光沢のあるハマチが流れてきたから手に取る。


「リーテスさん、なんでまた寿司屋なんて。ツェントルムだと無駄に高いでしょ」

「無性にお刺身が食べたくなりまして。すみません、快気祝いなのに珍しくない所で」

「ううん、久しぶりに食べると美味しい。それにローストビーフ寿司はおれの故郷にも無いから」


 東方大陸や南部大陸でも海辺の街において寿司は珍しくもない食べ物だけど内陸のツェントルムでは値の張る料理のひとつだ。それこそ特別な日のメニューといったところ。

 日頃からあった生魚が食べたいなぁという思いとランさんへの快気祝いが合体してつい安直に回転寿司屋を選んでしまった。けれどもランさんも満足気に食べているのでよかった。

 なんなら今日はミツさんも一緒だ。金のある冒険者の需要も狙っている店なので従属獣も同伴可とのことで、ミツさんは足元でマグロ盛を食べている。


「レポート読んだけど、あれ何?」

「いろいろと取引をしたので書ける内容が無くなってしまったんです。文字に残せなくて」

「そうなんだ。なら、これだけ聞いとく」


 世間でスキャンダルがバレる人って手紙とかが流出してバレてるんだけど、本当になんで形に残るものを残すのか。

 人間の頭にだけ残るものだと証拠としてバレずらいのに。頭を覗き見るような魔法はあるからそこは注意が必要だけど。


 兄さんと交渉した後は風の噂程度のものしかしらない。アリビオ商会とランドル卿が提携したという新聞記事が出ていたけど、随分とアリビオに有利な条件と成っていた。

 上手く書類を材料に立ち回ったんだろう。

 あれ以来一度も両親とは会っていないし約束も守られている。兄さんが正式にアリビオのトップになるという発表もされていたから、何処ぞの田舎で隠居でもさせられるだろう。

 あの人たちとは会話が成立しないんだから真面目に話し合うだけ無駄だ。


 だから今回の一件は全て()()()()()になったので簡単なものしかレポートに書けなかったのだ。

 でも、ランさんはやはり引っ掛かりを覚えたらしい。話せる範囲でなら話すけど、さてどこまで話したものか。


「おれが出来ること、何かある?」

「私も私も! お手伝い、何でもするよ!」


 気構えたというのに思わず拍子抜けしてしまう。でも、このいい意味で物事に興味がない二人の傍は居心地が良い。

 必要な情報としてゴシップ記事を読みはするけど、それを話のタネとして消費するのは苦手だったから。


「そうですね、近日に兄が訪ねてくると思うのですがあまり歓迎をしないで頂けると。調子に乗るので」

「リー姉のお兄さんなら大歓迎なのになぁ」


 ウン、とランさんも頷いている。歓迎しないどころかあまり会わせたくないんだよなぁ。

 兄を二人に見せたくないというより、二人を兄に見せたくない。兄さんは私と性格面が似ているのだが、可愛いもの好きといった好みもわりと似ているのだ。

 その上で私と顔も似ていて、性格も社交性が高いある意味上位互換。


「……兄さんにとられたくありませんし」

「お兄さん、リー姉から何かとっちゃうの?」

「気にしないでください。ほら、甘エビが流れていっちゃいますよ」


 こんな子どもじみた独占欲を振り回してるなんて知られたら恥ずかしい。

 じっとこちらを見ているランさんから顔を逸らす。どこまで内心を見透かされているのやら。

 ちょうど流れてきた炙りサーモンをとる。今日は食べまくろう。


「美味しいね、リーテスさん」

「はい、とっても美味しいです」


 他人と同調することになんの意味も感じて居なかった。でも、こうやって同じように美味しいと思うものを食べる時間は悪くない。

 たぶんだけど、他の人はこういった共感や同調を日常の会話でも繰り返し行って友好を深めているんだろう。この歳になって少しずつわかってきた。


 ちょっとだけ照れ臭さも感じながらしめ鯖をとっていると団体客がやって来たのだろう。店の入口が騒がしい。


「あ、姉チャンらやん」

「……東方系ギャングが高いお寿司を食べまくってるってるのって創作の話じゃなかったんですね」

「ここまだ安い方やで」


 リスイさんを筆頭として後ろにはアルネラさんをはじめとして一家の若い子たちまでいる。彼らも親睦会かなんかで来たのだろう。

 ちょっと他のお客さんの顔も引きつっているし可哀想だ。ついてないな。

 そんな周りの空気などお構いなしにリスイさんは朗らかにやってくる。後ろに控えるゴクタさんの口が「頼むわ」と動いたのが見えた。頼むな。


「なんや政略結婚するみたいな噂たっとったけどほんま? 実家資産家のくせに黙っとるなんて水臭いやん。ワシ旦那に立候補したろか?」

「清々しい財産狙いですね。足を洗って出直してください」


 まったくいったいどこから漏れたのか。まぁ日常生活に関係あるものじゃないし放置でいいだろう。


「帰れ。リーテスさんと結婚するのはおれだから」

「えっほんまにすんの。教えてやこの薄情もん」


 野次馬根性を出してリスイさんが身を乗り出してきた。この人相手だと、最近の裏取引まで喋らされてしまいそうで嫌だ。

 せっかく一家の方たちと一緒に居るんだから構わないで欲しい。

 ミツさんなんて後ろの元密猟者一行へと今にも飛び掛かりそうだ。ひとまず追加の刺身を渡して落ち着いてもらう。


「世間話はこれぐらいにしましょう。あなたが席に着かないと他の方々も食べずらいでしょうに」

「あー、すまんな。みんな先食っとって」

「リスイくんなんでうちのテーブルに座ってるの?」

「気にせんといて」


 いや、普通に気になる。ランさんの眉間に深い谷まで出来ているし。……まぁ会計を一緒にしてくれるそうだから今日は特別にいいか。

 ただより怖いものはないなんて言うけど、うちのテーブルに座ったんだから接待? のようなものだと思えば。


「ついでに仕事の話もあってな。ちょうどよかったわ」

「仕事、ですか?」

「海岸の掃除やねんけど」


 今の季節は泳ぐわけには行かないけど、単純に冬の幸を食べにみんなで行ってもいいかも。なんやかんやでリスイさんからの依頼、報酬としては美味しいのだ。

 海岸の掃除ならゴミを炎魔法で燃やしても迷惑にならないだろうし、ゴミ処理場まで持っていく手間も省けるだろう。割が良さそうだ。


「うちが管理してる岩場に牡蠣の密猟者がゴミ落としまくっててなぁ。ついでにそいつらも掃除してくれへん?」

「そういうのは冒――いえ、傭兵にでも依頼してください。うちはただの掃除屋ですので」


 全然割が良くなかった。

 この人たちは反社なので冒険者には依頼が出来ないのだ。頼める相手はそれこそ傭兵ぐらい。

 ただの掃除屋にそんな依頼をするなとリスイさんを追い出しつつ食事を再開した。

完結まであと一話お付き合いください。

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