57 門番
殺気に反応して咄嗟に身体が動いてしまうのは私の悪癖。でも、そのおかげで今までずっと生きてこられた。
そう考えると、暗夜行でルーナさんに紅茶をかけられたときに避けられなかったのは殺気が無かったからだろう。それ以降はいくら冒険者としてブランクがあるとはいえきっちり身体が動いていたわけで。
そして今、私は明確な殺気をルーナさんに向けられている。
彼女の殺気に反応して振り下ろしたモップは――氷の塊によって防がれていた。
氷が一瞬で生成されたのは魔道具による効果か何かの“仕込み”だろう。氷の塊であるから、ただ防ぐことが目的の無詠唱魔法かもしれない。
どちらにせよ私は実戦レベルの魔法に明るくないから詠唱や魔力の流れから次に何が来るか予測が出来ない。予測が出来ないからこそ、何が来ても対応できるように気を張る。
「我は拒絶し、懸隔を築く」
モップが防がれたと同時、聞こえる詠唱。攻撃魔法とは認識する座標に発動させるもの。
留まっては餌食となってしまう。急いで下がる。
魔道士が相手であるのなら接近戦に持ち込めばいい。だが、ルーナさんは一筋縄にいかなかった。
氷がひび割れ、罅から更に大きな氷塊が生まれる。分裂し、増えていく。
そしてすぐに人の形をとっていた。勇ましい女騎士を連想させる氷像。大きさは2m程度、剣を構えたゴーレムだ。
「ランドル卿のお屋敷ですよ、ルーナさん」
「どっちみち潰す気だったんでしょう。それならいいじゃない」
「はい!?」
まさか書類に関してバレていた? となるとルーナさんはその門番か。いや、それならこんなに殺気が向けられている理由がわからない。
単純に嫌っているだけで殺すだなんて、割に合わないだろう。
中には力試しをしてみたいなんて理由で殺しに来るような人も居るけど、依頼においては最終的な目的を果たすことが重要なのだ。この場合、ルーナさんはランドル卿の警備や書類を守り抜くといったものが最終目的になるはず。それなのに。
「何故こんなことをするんですか!」
「アナタが悪いのよ。強いくせに弱いフリをして」
「事実、弱いですから」
私が悪いだなんて言いがかりも甚だしい。
……まぁ書類は盗もうとしてるんだけど、それにしても事情聴取やら後を考えると殺すというのは効率が悪いと思う。
ゴーレムの剣、水平切りを身体を後ろに逸らし躱す。氷で重々しい作りの割に意外と素早い。
続けざまに出された上段切り。やはり隙が多い。氷の剣の腹をモップで突くと氷はすぐに壊れた。あくまでも強度は氷らしい。
だが厄介なのは再生速度だ。折れた氷がすぐに繋ぎ合わされる。
「そうやってちゃんと動けるくせに!」
だって動かないと死ぬし!
この、ゴーレム精密な動きこそないけれど的確に私の邪魔をしてくる。これでは直接ルーナさんを叩けない。
幸いなのは避けるのに困りはしない程度か。かといって再生速度が速く壊せもしない。
「深紅の熱よ我が失望を焼き尽くせ」
前衛がいる魔道士は面倒の一言に尽きる。詠唱を止められない。一方的な攻撃を許すのと同義だ。
炎の塊がルーナさんの背後に浮かび上がる。ざっと10数個。
この屋敷を出た後を考えると魔力と体力は温存しておかないと。全力で身体強化を使いすぎる訳にはいかない。
必要な動きは、最小限の動きだ。
「ぶちかませ」
号令と共に迫りくる炎弾。私の頭を狙うものを強化したモップで叩き切る。
炎弾も魔法である以上、魔力を纏わせて一点集中の強化を施したモップなら対応出来る。それに今日のモップは特別製だ。
もしもの時の為にランさんがメイド服とモップに強化付与をかけてくれている。ただでさえ魔力が切れているのに強化魔法を行使して入院が長引いているのだ。
「ぶちかませ」
秀でた魔道士は一連の詠唱を短縮出来る。一言でフル詠唱と同じだけの威力を持つようになるのだ。
第二陣の炎弾が生成される。
「いつまで持つかしら?」
「お互いに、ですね」
ゴーレムの剣を躱し、一直線に進んでくる炎弾の対処もする。
モップで撃ち落とすのが間に合わない分はゴーレムの背後に回り込む。ただでさえ大きいのだ。盾に使わせてもらってもいいだろう。
盾にしている間にも剣の水平切りを見逃さず、同時に処理。
流石に同士討ちは狙えないか。炎弾はゴーレムにがぶつかった瞬間に消えている。
攻撃魔法が味方に当たらないよう設定しているのだ。
まずは小手調べ。私はルーナさんが攻撃に特化した魔道士であることしか知らない。
攻めるにしても隠し手があれば逆転される。だから炎弾やゴーレムをいなしながら情報を収集する。
暗夜行に居た頃の戦い方は、敵の相手を前衛に任せて一方的に魔法で蹂躙する戦法を取っていたそうだから、今はゴーレムに変わっただけだろう。
もっとも、ゴーレムの動きには粗が多く私でも攻めきれないだけでなんとかなるものだけど。
「何の騒ぎだ!」
情報を少しでも多くとろうと分析をしているとランドル卿が小走りでやってきた。
破壊音を聞きつけてやってきたのだろう。後ろには幾人かの使用人も居る。
どうやって切り抜けるか。私のとるべき選択肢が増えた。