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55 お願い

「あら、リーちゃん」


 だから、なんてこういう時に限って。

 屋敷の前に止まった馬車。貴族宅への訪問の際は馬車がよく使われる。知らぬふりをして素通りしようとしたのに。

 馬車から降りた母親に声をかけられた。隣に居るのは父親だ。


「この前はごめんなさいね」

「リーテス、本当にすまない。俺もお前の気持ちなど考えないことを言ってしまった」


 無難に微笑んでおく。

 困った時はとりあえず口角さえあげてしまえばいい。少なくとも仏頂面よりはずっとマシだ。

 ここで“あなた達の言う通りだ”なんて言おうものならお前も悪かったと二人からうんざりするほど詰られるだろう。


「ええ、私も大切な方々に関することだったので口が過ぎました」


 だから謝るしかない。これで面倒はひとつ減る。


「会談の時間にはまだ早いのでは?」

「少し早めに来たらお前が居ると思ったんだ」

「そうでしたか。すみません、私はこの後外せない用があるので同席できなんです」

「あら? そうなの……」


 残念そうな母親の様子に強くは引き留められないようで安心する。

 どうしてあれだけのことがあったのにこうも普通に話しかけられるんだろう。


 昔からそうだった。

 言いたいことを言いきって、私が泣いても時間が経てばケロっと自分が言ったことを忘れたかのように棚に上げて話しかけ来たのだ。

 そんなものを繰り返されれば泣いていた子どもは親の言うことも聞かない可愛くない子どもにも変わる。


「そうだわ、ランドル様はどう? ほら、いろいろと交流があるんでしょう」

「彼は真面目だし、家柄もいい。それに出身はノルドなんだ」

「そうですね」


 ランドル卿を賛美する両親の思惑がわかってしまいげんなりとする。

 うちは成金で家柄なんて無いに等しいから。家格コンプレックスの中で母が生きて来たのは知っている。

 それに商談相手なんていつも貴族に連なる者ばかりなんだから、父も肩身の狭い思いをしていたはずだ。


「あのリャオ・ランさんでしたっけ? 冒険者同士で喧嘩して負けてしまったそうじゃないの」

「俺は可愛い娘がそんな相手と居るなんて反対だよ」


 ――ああ。

 元から期待なんて欠片もしていなかったけれど。

 信頼や親愛も初めから皆無とはいえ、更に落ちることってあるんだ。いや、まだ信じたかったのかもしれない。

 本当はそんな人たちじゃない。私の両親は少し頭が固いだけで、ただの善い人なんだと。


「地位も無ければお前も守れない男なんて、一緒に居る意味があるのかい?」

「そうよね。強さが大切な冒険者なのにやられちゃうなんて恥ずかしいわよね」

「お前はまだ若いから、見る目が養われていないだけなんだよ」


 ランさんを痛めつけるよう暗夜行(ナイトウォーク)に依頼を出したのはこの人たちだ。

 モルガナさんは私の本名がリーテス・アリビオだと知らない。この夫婦と私に親子関係があるとも知らない筈。

 だから『娘がリャオ・ランに唆されたから痛めつけて欲しい』のだと依頼されてしまえば。私が居るにも関わらず浮気をしていると考えてしまったのかもしれない。

 モルガナさんはランさんの人となりを知らないのだ。二人が話した時間なんてせいぜい一日程度。

 知らないからこそモルガナさんは直接話を聞きに行くしかなかった。ランさんの返答が最悪だったとはいえ結果として二人して病院送りだ。


 耳を塞ぎたくなるような言葉の羅列。

 息苦しい。実家に居た時は常に感じていたもの。自分ひとりが馴染めない孤独感。

 それに加えて私自身が招いた事態に胸が突き刺すような痛みを訴える。手足が冷たくなっていく。


◆◆◆


 あれから何と言って話を切り上げたのか覚えていない。無難なあの人たちが望むいつもの受け答えすら出来なかった気がする。

 今はただ、何も考えたくなかった。身体強化も使い、ひたすら走ったことだけを記憶している。


「リーテスさん、どうしたの。顔色真っ青」

「ランさん」


 かひゅ、と変な息が出る。身体強化を使い続けての全力疾走なんて久しぶりだ。

 ランさんの顔を見るなり何も言わずに抱き着いてしまった。いけない、相手は重症患者なのに。

 逆に心配されてしまっていた。

 らしくない行動をしてしまってエプルさんが驚いているのがわかる。二人が一緒に居てちょうどよかった。


「わっ」


 たまらなくなってエプルさんも引き寄せる。


「エルシャ先生呼ぼう」

「大丈夫です。でも、今はこのままで」


 暖かいランさんの胸を借りて。暖かいエプルさんも抱きかかえて。

 少し落ち着いてから身を離す。


「すみません。ランさんが今ここに居るのは全部私のせいです」

「そうなのかな? おれモルデンさん煽ったけど」

「根本的な意味で、です」


 全部話した。ひとりで抱え込むに私は弱くなりすぎていた。

 一通り話し終える間、黙って話を聞いた後にランさんは口を開く。


「リーテスさんの言い分はわかった。でも、重症になったのはおれのせいだよ」

「それにラン兄を傷付けたのは、リー姉じゃなくてモルガナのおじさんだよ」

「傷付けられるほど弱いおれが悪い。それに限界まで戦いたくなったんだ」

「えー、でも」

「おれの弱さが原因」


 堂々巡りを繰り返す二人。ランさんは言う。

 引き返せるところは多くあった。それでも限界まで戦い続けることを選択したのは自分自身だと。

 一切私を責めるでもなく自身の弱さを悔いていた。

 もちろんランさんはエプルさんに弱い人間が悪いという価値観を強制していない。自己責任としての話をしているのだ。


「でもリーテスさんがその人と結婚させられそうなのは嫌。身分が必要なら東方に戻って族長の座をかけて争ってくるよ」

「何を言ってるんですか。あなたが居ないと――あ」


 あなたが居ないと、だなんて。そんな言葉が無意識に出て驚いた。

 嬉しそうな顔をしないで欲しい。恥ずかしい。ランさんの顔を見ているとついそわそわして落ち着かない。


「……本当にすみません。二人にお願いをしてもいいでしょうか」

「お願い?」


 声を揃えてランさんとエプルさんが顔を見合わせた。


「はい、お願いなので断っていただいても大丈夫です」


 もうここまで来たら予防線なんて張っていられなかった。張る必要がなくなったとうべきか。

 しかりしろ、私。疑問符を浮かべたような二人の目を交互にしっかりと見る。


「私があなたたちの人生をめちゃくちゃにしてもいいでしょうか」


 関わらなければよかったと怒鳴られても文句は言えないような。


「リー姉に?」

「めちゃくちゃにされる?」


 足首を掴んで道連れにしてしまうようなお願いをしようとしている。


「後ろ指を指されるであろうことをしようと考えています。もしかしたら暗夜行(ナイトウォーク)に撒かれた噂よりも酷いことになるかもしれません」


 あとでエプルさんにはもうひとつお願いをしないと。

 場合によっては登龍一家に少し泊まってもらった方が安全かもしれないのだ。


「それでも、一緒に居てくれますか」


 少し前の私なら、こんなお願いは絶対にしなかった。だって、いつか必ず別れるものだと思っていたから。

 今出来たのは。二人なら受け入れてくれるかもしれないと思ってしまう私の狡さだ。


「これからも一緒だね!」

「ウン。絶対に離れない。それで、誰を潰せばいいの?」


 緊張しながら待つ私をよそに2人の返事は軽いものだった。その軽さが嬉しい。


「ありがとうございます。潰す必要はありませんが、ちょっと遠めに引っ越さないといけなくなるかもしれません」


 誰を潰すかなんて判断が早いし血の気が多い。多少の荒事は起きるかもしれないけど、そうなった場合は逃亡がメインだ。

 下手したら大陸を移動するぐらいの。私がやろうとしていることは、いい感じに纏まってそのままの暮らしが出来るか、大規模な引っ越しが出来るかの二択だ。


「それなら東方大陸に行こう」

「あなた、ご飯目当てに南部へ来たんじゃないんですか。食べられなくなりますよ」

「ちょっとずつ料理も覚えたから大丈夫。それにリーテスさんが作るものならなんでも食べたい」

「私もラン兄の故郷、見たいよ」


 二人がいつもの調子で言うと自然と緊張が解れてくる。一周回って上手くいく気もしてきた。

 じゃあ、何するの? と尋ねるランさんにベッドの脇に腰を下ろして答える。


「実家の事業を潰そうと考えているんです。私に構ってなんていられないぐらいに」


 真面目に働いている人には巻き込んでしまって申し訳ないと思う。だから正当な怒りを向けられたら逃げるしかない。

 徒労に終わるかもしれないけれど、やらずにはいられないのだ。

 10年前、家を出た時は全部を放り投げて逃げ出した。その後始末を。


「掃除をしないといけない場所を見つけてしまったんです」

「レポート、楽しみにしてるね」


 ランさんが微笑んだのと、廊下を走ってきた私を絞めにエルシャ先生が病室に降臨したのはほぼ同時だった。

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