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54 メイドは見た

 暫くの間ランさんは絶対安静。とはいえ私は仕事を休むわけにはいかない。

 今日は書斎の掃除をしていた。この屋敷は売りに出されていたものをそのままランドル卿が譲り受けたそうで、本は元の持ち主の趣味を反映したものだ。

 地理や歴史書が多く並んでいた。


「本当に全て捨ててしまうんですか」

「ああ、私は読まないものばかりだからね。それに今度はいつここに来るかわからないから」


 勿体ない気もするけど依頼人が第一だ。出来るだけ丁寧に本を袋に入れていく。

 もしかすると捨てた本を拾った人が読むかもしれないし。

 休暇であるはずがランドル卿は今も書類を睨めながら事務作業をしている。彼も休みの日まで仕事を持ち帰るタイプのようだ。


「熱っ」

「大丈夫ですか!?」


 タオルを顕現させ、手にかかったコーヒーを拭いていく。一応治癒魔法をかけようか悩んだが、火傷はしていないようでよかった。

 からりと転がったカップ。


「すまない、驚いただけで大丈夫だよ」

「よかったです。その、よろしければお洋服の染み抜きをしてまいりますが」


 幸いカップは割れてはいないようだがランドル卿のお高そうな服はべったりとコーヒーの染みがついていた。


「この染みが抜けるのかい?」

「時間の経っていない今のうちなら抜けると思います」


 コーヒーの染みも赤ワインの染み同様に抜き方はある。むしろコーヒーは抜きやすい類の染みだろう。


「頼むよ、一張羅なんだ」

「はい。お任せください」


 染みのついたジャケットを預かり、洗い場へと向かう。

 基本的に染みは時間との勝負とういう点にしても同じなのだ。


 タオルを下に敷き、裏返した染み部分を乗せた。紅茶を何度も零してきたからわかる。種類こそ違えどこれならすぐに落ちそうだ。

 次は洗剤を少し手に取り、染み部分へと馴染ませる。

 後は歯ブラシでトントンと叩くだけだ。考え方としてはコーヒー染みをタオルへと追い出す感じだろうか。

 最後に水ですすいでしまえば綺麗なものだ。


風よ、熱を運べ(dry)


 乾燥させつつ、皺になった部分を熱魔法を簡易的なアイロン部分にするとジャケットは元通り。

 コーヒー染みは全くわからなくなっていた。

 書斎へ戻り、ランドル卿に渡すと驚いた様子にちょっとだけ嬉しくなる。


「今日は会談があるから助かったよ。午後に始まるから、今から買いに行くのもね……でも」


 礼を言いながら少しだけ動いた視線。その先を追うと――


「書類にもかかってしまったんですね」

「流石に書類はどうしようもないだろう。先方には謝罪するよ」

「いえ、書類も抜けますよ。元の白い状態よりは少し変わるかもしれませんが」

「本当かい!?」


 コーヒー染みなら可愛いものだ。ランドル卿から書類を受け取り、また洗い場へと向かう。

 洗い場には洗剤の他、漂白剤もあったのを覚えている。漂白剤は衣服に使うのは良くないんだけど紙なら別だ。


 下準備は書類の水分をタオルで吸収するだけ。

 あらかた水分が無くなったら、漂白剤を染み込ませたキッチンペーパーでぽんぽんと叩けばいい。

 注意点があるとしたらこの漂白剤、一応魔獣由来の成分だから使う時には手袋必須なぐらいか。

 ここまでやるとジャケットの染み抜きと同じように乾燥させてしまえば終わりだ。


「よし、綺麗になったかも……うん?」


 お客様の書類の覗き見るなんて御法度。でも、これ。

 書類の中にアリビオという名前があったのでつい目が留まってしまったのだ。業務提携に関する書類みたいだけど……

 普通に見たら駄目な奴じゃないかな。意味などないとわかりつつも目を逸らしながらランドル卿へ届ける為に書斎へと戻る。


「失礼します」

「リーテスさん……書類はどうだい?」

「はい。大丈夫ですよ、元の状態からあまり変化なく染み抜きが出来ました」

「本当だ。ありがとう、これで会談も円滑に進むよ」


 あの書類、絶対見たら駄目な奴だと思ったんだけどランドル卿はさして気にしたそぶりをしていない。

 実はそんなに機密性が高いものじゃないのかな。軽く目を通しただけでも金庫に入れないといけなさそうだと思ったのに。思い違いだったのかも。


「すみません、良くはないとわかっているのですが書類にアリビオの名前が見えてしまって」

「ああ、君のご実家と共に事業をすることになってね。女性である君には難しい内容だったと思うけれど、提携の上で必要な書類だったんだ」


 ああ、気にしていない理由がわかった。ランドル卿は私が書類の内容を理解していないと思っているからだ。

 女が仕事に関わるのはありえないと。昔ながらの貴族ならそんな考えの人も居るだろう。この書類作成はここが大変だっただのと苦労話を語るランドル卿にとりあえず相槌を打つ。

 なら、その考えに乗らせてもらうだけだ。彼が書類をしまう場所を横目に私も話を合わせる。


「辛うじて名前だけは読み取れたのですが、まったく何が書かれているのか……目が滑ってしまいました。企業の経営にも明るいなんて流石です」

「国からの雑務をしているだけが貴族ではないんだよ」

「ところで、私の実家をご存じだったんですね」

「ああ、君のご両親から紹介を受けてこの屋敷に来てもらったんだ。確か別の名前を名乗っているんだったね」


 私の両親からの紹介?

 あれだけ啖呵を切って出ていったのにリテイナーズ・サービス、もとい私を紹介したということか。


「わかるよ、偉大な名前というものは重しになるからね。女性の君には辛いものだっただろう。でも大切な先祖から受け継いだ名前を隠すのは良くないね」


 見当違いな同情をよこすランドル卿に引きつった微笑みしか返せない。


「午後からの会談はアリビオ夫妻との会談でね。どうだい、君も同席するかい?」


 商談の話なんてわからないかもしれないが。そう言ってランドル卿は微笑んだ。

 冗談じゃない。あの人たちと並ぶなんて嫌だ。


「いえ、私が居ては話を止めてしまい邪魔をしてしまうので……」

「そうなのかい? じゃあ今日はもう上がっていいよ。アリビオ夫妻のもてなしはうちの使用人がやろう」

「ありがとうございます」

「ご夫妻のご紹介で依頼させてもらったけれど、娘さんに使用人の真似事をさせる訳にはいかないからね。将来を考えると良いのかもしれないが」


 だからか。ことあるごとに掃除はしなくていいと止めていたのは。

 あくまでもうちの両親の顔を立てる為に私は雇われたのだ。


「今日の所は失礼させていただきます」


 頭を下げ、平然を装いながら退室する。

 エントランスに向かう途中ルーナさんから「早い退勤で羨ましいわぁ」なんて煽られたけれど。

 無視だ無視。さっさと荷物を纏めると屋敷から出る。

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