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【断章】爆発オチ

 黄昏時。行き交う人々の顔も見えづらくなる時間。

 もっとも、これから始まる喧嘩には時間など全く関係がない。


 大剣から為される斬撃――その衝撃破をリャオ・ランは首を僅かに逸らして避ける。


「避けるなよ! 死にそうなギリギリで治してやるから!」

「おれは他人(ひと)の怪我は治せないから気を付けて」


 二人の応酬に周囲の野次馬達が沸いた。

 ここはツェントルム市街の中央広場。煉瓦造りの広場は普段、依頼へと向かう冒険者が待ち合わせに使う賑わった場所だ。今日はその賑わいの種類が違っていた。

 暗夜行(ナイトウォーク)のマスターにして英雄(レジェンド)の名を持つモルガナ・モルデン。対するは元暗夜行(ナイトウォーク)のエースにして霹靂(プロティアン)の名を持つリャオ・ラン。

 詳細は置いておくが、この二人が盛大に()()をすると聞きつけた聴衆達の中にいた魔道士が『存分に暴れろ! 迷惑がかからないようにな!』とこの広場に防御障壁を構築したのだ。巻き込まれても自己責任だという名目で娯楽に飢えた冒険者が野次馬として集まっていた。

 なんなら賭博まで行われている始末。


「うるさいな」


 そんな聴衆共を一瞥するとリャオ・ランは意識から完全に消す。

 弾丸のように翔けモルガナの頭を狙ってトンファーを振り下ろした。

 当然のように防がれる。

 だが、それも織り込み済みだ。


「はっ」


 数を打ち続ければいい。右、左、下、右、死角を狙い打ち続ける。

 元よりかかっている身体強化に加えて振り下ろす瞬間に強化(ブースト)


「ったく、オレの剣がミスリル製じゃなかったら曲がってるぞ」


 幾度も打ち続けているのに手応えがない。

 大剣で防ぎ、防ぎきれないものは無詠唱の魔法障壁で。モルガナは視線ひとつ寄越さずリャオ・ランの死角を狙った攻撃に対処し続ける。

 身の丈ほどありそうな大剣をモルガナは軽々しく振るう。防御も一体となった攻撃が剣からはくり出されていた。

 魔法障壁程度なら簡単に壊せる。しかれどもモルガナの命には届かない。


 新人の冒険者は既に目が追い付いていなかった。

 神速の打ち合いが続いていく。


「はぁあ!」


 小手調べは終わりだ。埒が明かない。

 一歩踏み込みリャオ・ランはモルガナの蟀谷を狙う。

 鈍い音が響く。やっと肉を打つ特有の手応えを感じた。


「油断大敵ってな」

「――!」


 直後、モルガナがにやりと笑った。

 大きく足を落とした。震脚に地が揺れる。脚に魔力を纏わせ、無詠唱の魔法と成していのだ。

 まずい。経験と直感。人間が魔法を発する特有の気配。

 リャオ・ランはモルガナの魔力の範囲外まで跳び退く。

 

 ボゴッ

 半径10m程度。

 モルガナを中心として地面が大きく隆起し、鋭く尖った岩が飛び出す。

 ちょうど感知していた範囲内を岩によって出来た大小様々な串が連なっていた。ばらばらに砕けた煉瓦が散乱している。

 発動まで1秒もない。魔力を感知して避けなければ標本のように突き刺され飾られていただろう。


「まだだ!」


 10mの距離など関係ない。人が一歩進むよりも早く。リャオ・ランの視界には剣を振りかぶったモルガナが映った。

 彼の後ろにはすぱりと切れた岩。隆起した岩を切り裂き直進してきたのだ。

 

 刃が迫る。最早勘を頼り咄嗟に身体を地面に転がす。

 空気を裂く音。

 広場の煉瓦は見る影もなく粉砕され砂埃が飛び散った。


「っぐ、ぁ」


 呻き声がリャオ・ランから漏れ出た。刃が掠っただけの横腹がパックリと裂けていた。

 すぐに体制を立て直す。傷口を抑え、リャオ・ランは自己治癒力を上げて急速に癒していく。

 その間にも追ってくる斬撃を更に避ける。


 問題ない。この程度ならまだ活動出来る。

 一撃で息の根を止められるような傷以外であれば、魔力さえ残っていればどうとでもなるのだ。


 リャオ・ランの戦い方は自身を武器とするもの。魔法の打ち合いなどという派手なものは出来ない。

 だが、自分自身であるのならなんだって使える。

 べったりと着いた自身の血をモルガナへと飛ばした。


(ハツ)


 流れ出たばかりの鮮やかな血は矢のような結晶となりモルガナの腕に突き刺さる。

 そしてリャオ・ランの一言と共に爆ぜた。

 

 ぼたり、モルガナの腕から血が落ちる。血の結晶の突き刺さった部分が吹き飛んだように抉れていた。

 これを治すのは面倒だ、とモルガナは応急処置の治癒魔法に留めた。初めて傷らしい傷がつけられたのだ。


「んな若い奴にやられるなんざ何年ぶりだ? ったくなんて顔してんだ嬉しそうにしろよ」


 あの英雄(レジェンド)だぞ? と苦い顔をしているリャオ・ランをおちょくる。

 自分で言うなとこの場で言える観衆はこの中には居なかった。

 誰もモルガナが傷を付けられた瞬間など見たことが無かったのだ。依頼から帰る度に『死ぬかと思った』などと笑っているが常に傷ひとつとしてない。


「詠唱が必要な未熟な技なんて使うべきじゃなかった」

「意識高いなっておい! 詠唱が必要な技にあたったオレはどうなる」


 知るか。リャオ・ランにとって、口に出さなければならない時点で遅い。

 どれだけ早く発動出来ようとも詠唱(呪文)そのものが攻撃への予兆なのだ。


「オレもまさか“岩の術界”を初見で避けられるとは思わなかったけどな」

「あれ山間部に住んでるシャナ族のやつでしょ。範囲の隠蔽が甘いね」

「やっぱ、慣れねぇもんは使わん方がいい、なぁ!」


 つかの間の小休憩は終わりだ。また打ち合いが続いていく。

 既に1時間以上は続いている喧嘩。

 どれだけモルガナがリャオ・ランの体制を崩そうともすぐに重心を捉え反撃の一手へと繋がる。

 対人戦における体術においてモルガナが対面した相手の中でも最高峰の練度だろう。


 観衆達の誰もが驚いていた。まさかこうもリャオ・ランが持つとは思っても見なかったのだ。

 賭けの内容は“何分持つか”だったのだから。

 戦況が動いたのは打ち合いから程なくして。


 バキリ

 トンファーが叩き切られた。限界を迎えたもう一方のトンファーも砕け散る。

 いくら強化魔法により硬度を上げて居ようとも木製のただのトンファーでは限界があったのだ。


「――ぁあ、あ」


 リャオ・ランの身体が袈裟斬りにされる。痛みの叫びすら上がらない。血が噴き出る。

 距離を取らなくては。何か。何かをして。

 咄嗟に魔力を練り上げ放った蹴り。


「マジか!?」


 モルガナから驚愕の言葉が漏れる。

 魔力を通しやすく鋼鉄よりも強度が高いミスリル製の大剣に罅が入り、そして。

 真っ二つに砕けた。


「だが、悪手だぞ!」


 モルガナの言う通りだ。リャオ・ランは咄嗟の判断を誤った。とっくに残りの魔力も僅か。

 だから強化をかけて蹴りを入れるよりも回避に専念すべきだった。

 血を流し過ぎた。意識が遠のく。

 生存本能で残りの魔力を治癒に回そうとして――やめた。

 ここにきて引き下がれるか。たかが喧嘩。喧嘩なのだ。だからこそ。


「は? キミ――」


 例え詠唱(予兆)が聞こえたとしても逃げられない程度の威力があればいい。

 流れ出た血、流れ続ける血。知覚する全ての血を武器へと変える。

 血溜まりを蹴り上げ結晶を飛ばす。そして傷口を抉るように自身の拳を当てた。

 魔力を通し、血を纏わせた拳。

 自分自身で構成されたガントレットがモルガナの胸を狙い穿つ。


「っ、(ハツ)

 

 モルガナを起点として周囲に爆風が駆け抜けた。

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