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50 日常

 朝刊には大きな見出し。

暗夜行(ナイトウォーク) 運営縮小! 最近のメンバー引き抜きと関連が?】


 下水道の清掃から数日にしてこの記事だ。こうも大々的に記事が書かれているということはモルガナさんやヘルマンさんからも公認された記事なのだろう。

 だって非公式だと揉み消されるし。揉み消す云々の前に暗夜行(ナイトウォーク)の許可なくデマ満載記事を書こうものなら物理的にぶちのめされるのもあるけど。


「ばぁ」

「わっ びっくりしました。エプルさん、いつの間に……」


 悪戯が成功して嬉しそうな様子。

 新聞記事をなんとなしに読んでいるとエプルさんが真横にいた。できるだけ平然を装ってるけど本気で驚いた。

 いくら気を抜いていたとはいえ真横にいて気が付かないなんて。足音ひとつ聞こえていなかったと思う。

 

「ラン兄にね、周りと気配を一緒にして透明みたいになれちゃう方法教えてもらったんだ!」

「なにそれ凄い」


 かくれんぼが得意になったよと胸を張るエプルさん。軽く言ってるけどこれ、武術の奥義的なアレなんじゃないのかな。

 要は心身と世界との一体化とかいう気配遮断術なわけで。ランさん、いくら護身術とはいえ子どもに何覚えさせてるんだ。

 気配の遮断といえばリスイさんもかなりの精度だけど、あれは世界との同化じゃなくて“モノから意識を逸らす”技だし。

 方法はどうあれサラッと出来るエプルさん、もしかしなくても天才……?


「リー姉、どうしたの?」

「エプルさんは本当に凄いですね」

「えへへ、ありがとう! もーと強くなってお掃除出来るように頑張る!」


 掃除と強さは全く関係ないけども。それでも目標があるのはいいことだ。

 出来れば冒険者よりも将来は真っ当な職に就いて欲しいなぁと思うけれども。それと掃除屋なんて自営業よりもしっかりとした福利厚生のある一般企業に……

 でも人の将来に口を出せる権利を私は持っていない。だから願望程度に留めておこう。

 と言いつつも、安定した就労について語ったとして別に偏った教育ではない筈だ。


「ランさんも戻っているんですか?」

「朝風呂入ってるよ。組手をしたいって人今日は沢山いて、泥とかついちゃったみたい」

「今日も盛況ですね」


 ランさんの青空武術指南教室。

 最近は若手の冒険者まで来ているらしいし公園でやる内容なのだろうかと考える程度の内容になっているらしい。エプルさんに護身術を教えるついでに他の人にも教えている程度のはずなんだけど。

 前に負担はないのかと聞いた所『同時に複数人を視る鍛錬だから大丈夫』だと言っていた。人間、強さがある程度上をいくと何を言っているのかわからなくなるのかもしれない。


 最近はランさんのおかげで若い冒険者から冷たい視線を貰うのも少なくなってきた。そもそも、噂はよっぽど悪質じゃない限り賞味期限が早いのだ。

 私たちのようなよくある脱退に関しては常に似たような話で埋まっていく。


「ラン兄に用事?」

「はい。エプルさんにも話す内容ですが、二度手間になるので一緒に話してしまおうと」

「なになに! なんの話?」

「大した話ではないので期待しないでください」


 そんなキラキラした目で見られても絶対がっかりするから。ただの業務連絡なんだけどな。

 ちょっと良心がチクチクするから降誕祭のお菓子の話も追加しとこうかな。むしろそっちがメインでいこう。

 特別なお祭りなんだから、お菓子も砂糖とバターたっぷりで身体に喧嘩を売ろう。といろいろ予定は立てたものの先の話よりも前に朝食だ。


「ともかく朝ご飯にしましょう。そろそろランさんも戻るでしょうし」

「うん!」


 今日のメニューは確か、鮭ハラミとシジミ汁だったはず。肌寒くなってきたこの季節、暖かいものが身に染みる。


「なぁ! なぁああ!」


 朝ご飯に想いを馳せているとかりかりと足を引っかかれた。


「すみません、すぐに用意するので」


 いけない、ミツさんの朝ご飯を忘れていた。大罪だ。

 魔獣用のキャットフードの上にささ身を3切れ。朝なので量は控えめだ。カリカリとしたフードだけど、ささ身をトッピングすると何となく美味しそうに見えるから困る。

 つまみ食いしたエプルさん曰く食べられなくもないらしいけど。食レポはともかくミツさんのご飯をつまみ食いするのは辞めるようにしっかりと言い聞かせた。流石にミツさんが不憫だ。

 いや、わかるよ。人が美味しそうにモリモリ食べてるものって食べたくなるよね。


 満足気にささ身を食べるミツさんに留守を頼み、部屋から出る。


「朝ご飯食べに行こうよ!」

「走ったら危ないですから」

「バッチリ受け身とれるから大丈夫! ラン兄に思いっきりびゅーんって投げられても平気だもん」


 本当に何してるんだろう。思いっきり投げるの思いっきりの強さを聞いておかないと。

 素手で大岩を砕ける人間の思いっきりなんて危なすぎる。自分がちょっとした兵器である自覚を持って欲しい。


「今からご飯?」

「お帰りなさい。はい、今から。ご一緒にいかがですか」

「行く。タオル置いてくるからちょっと待って」


 そしてランさんも合流して穏やかな、いつもよりちょっとだけ遅い朝食。

 つやつやとした鮭ハラミにほかほかのご飯。シジミ汁も美味しい。シジミは下処理がしっかりとされているので不快な砂の食感もない。


「リーテスさん醤油いる?」

「頂きます。エプルさんは漬物もきっちりと食べるように」

「狼だから野菜とかいらないし」

「狼は雑食性でもあるそうですよ」


 依頼という依頼も今日は無いので他の事務でも片付けるか、なんて思っていたんだけど。

 予定とは綺麗に進まないものだ。




「貴方達がリーちゃんのお友達なのね。昔からあまり友達を紹介してくれなかったから嬉しいわ」


 とまり木のダイニングにはランさんとエプルさん。そして――


「もういいでしょう」

「何言ってるのよリーちゃん。久しぶりに会えたのに」

「だから、その呼び方も辞めてください。お母さん」


 お昼に差し掛かったころに現れたのはフローラ・アリビオ。

 私の母親だ。

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