48 下水道掃除
スライムという魔物が居る。
ぷるぷるとした身体で動きに愛嬌があり、子供のペットとして人気の魔物だ。
とはいえ人気のペットともなれば相応の闇も存在するわけで。
「はぁ!」
三代目のモップで核を打ち抜く。スライムは核さえ壊してしまえば討伐出来るのだ。
「えい!」
ボール程度の大きさのスライム、その核をエプルさんも木の棒で潰す。
ちょっと遠くではランさんが珍しく自前の武器――トンファーを持ち出して巨大化したスライムを討伐していた。
直接触りたくなかったんだろう。
「掃除屋っていうか、これ冒険者ギルドに回されるような討伐依頼じゃね?」
掃除依頼、下水道のスライム除去の依頼を受けたリテイナーズ・サービス。そこへモルガナさんが付いてきたのだ。
なんと残りを有給で過ごすので暇なのだと。借金奴隷の癖に凄く恵まれている気がする。
リテイナーズ・サービスも有給制度を導入しなければ。
「あくまでも掃除屋で冒険者の活動じゃないんだよな、これ」
「冒険者ギルドだと下水道にスライムが繁殖した経緯を説明しないといけないじゃないですか。だから秘密裏に処理できる私たちが呼ばれたんです」
ここは下水道。といっても、雨水を貯めて川に流す為の水道で汚水が溢れているわけではない。
濾過装置も起動しているので水は綺麗なものだ。
「ってことは、いいとこの坊ちゃんが下水道にペットのスライムを逃がして大繁殖させたとか?」
「ノーコメントで」
「昔そんな依頼やったわオレも。駆除を止めてくれって泣きわめく子どもと抑える両親でド修羅場だったな」
一度飼ったペットは最期まで面倒を見ましょう。さもなくば末路は悲惨なものだ。
大繁殖したスライム。今は無害だがこの先どうなるかわからない。下水道が溢れかえってしまっては大変なことになる。
スライムに罪はない。罪があるとしたら容易にペットを逃がした人間だ。それでも人の営みを害する恐れがある以上は排除しなければならない。
なんて言っても。スライム自体は数が多いだけで強敵ではないので楽な仕事だ。
それに正直なところ、スライムは全く可愛らしいと思わない。だから可哀想だとも思わないのだ。
口止め料も含めて美味しい依頼だった。
「明日暗夜行に帰るのはわかりましたけど。あなたはどうしたいんですか」
「どうって?」
「マスターが不在の方が多いなんて新参少人数クランでしか聞いたことがありませんよ」
「不都合があるのか?」
めちゃくちゃ業務量が異常なほど多かったです、なんて私の愚痴はいったん置いておこう。問題はそこではない。
一応同じ結論に行きつくんだけどハウスメイドなんて添え物よりも大切なのは冒険者当人たちだ。
「事実、私たちが脱退していたなんて暗夜行の内情を知らなかったでしょう。内側がどうなっているのか知らないままでいるつもりですか」
久しぶりに帰ってきては歓迎されているモルガナさん。たぶん、暗夜行の人間関係といった内情はその辺の憧れの目を向けてくるような一般人と変わらないんじゃないかな。
5年ほど面倒を見てもらった義理だ。辞めた時の惨状はアレでも言えるなら言っておこう。
外部の人間になった以上は気まずさも何にもない。
「……キミが他人の事情に口を出すなんて珍しいなぁ」
「そうでしょうか。これでも暗夜行に所属していた時はいろいろと気にかけていたつもりですが」
「仕事だからだろう」
確かに、それはそう。ずっとギスギスしっぱなしなのも働く上で気分が悪かったし。
今となってはモルガナさんが暗夜行に寄り付かなくとも関係の無い話だ。でも、気になったからつい口を出してしまった。
うごうごと蠢くスライムの核を潰しながら思い当たることを話す。
「私も少しだけ周りを見る余裕が出て来たようです」
「いいねぇ恋は人を変えるってやつか」
「ああ、なるほど。これが恋なんですね」
「は?」
なにが“は?”だ。自分から言い出したくせに。
でもモルガナさんのおかげで自分の気待ちに名前がついた。ランさんのことは好きだ。それでいて離れ難いと思う。
それを客観的に見て私が恋をしているというのならそうなんだろう。
「あーやめだ、やめ。なんでオレみたいなおっさんが恋バナなんてせにゃならん」
「自分から言い出しておいて。それにおっさんの自覚がおありのようで」
「今のナシ!」
顔を覆ってモルガナさんは項垂れた。なんでこの人、私たちの仕事についてきたんだろう。
邪魔をするなら帰って欲しい。
「今からでも暗夜行に帰ればいいのでは?」
「帰る、なぁ」
一文無しだろうと暗夜行の人間はモルガナさんを笑って受け入れるだろう。仕方の無い人だと。
たぶんモルガナさんが帰っている間は不和も起こらないと思う。彼の存在そのものが緩衝材となる。
「暗夜行もデカくなっちまって」
「いいことじゃないですか。何か問題でも?」
「オレはただ、帰る家が欲しかっただけなんだよ。それがいつの間にかクランを開設するって話にまでなっててなぁ」
どこか遠くを見るようなモルガナさん。そんな姿を見たのは初めてだった。
これでも暗夜行のほぼ創立時からハウスメイドとして働いていたのだ。拠点を新規購入することになったのでその管理をして欲しいという仕事内容だった。
目的が初めから逆だったなんて思わないだろう。普通は皆、クランという組織を持ちたがるもの。まさか、拠点の為にクランが出来ていたなんて。
「ま、キミの言う通りだ。帰ったらいっちょ話合ってみるよ」
そう言い切ったモルガナさんはどこか憑き物がおちたようなすっきりとした顔をしていた。
こんな話、クランメンバーには絶対に言えないだろうし溜め込んでいたんだろう。
「これでもマスターなんだ。知ろうともしねぇであいつらの面倒なんて見れるかよ」
「面倒を見る気はあったんですね」
「当り前だ――」
言葉が途中で途切れる。
ぶくぶくと湧き出た大きな影にモルガナさんはあんぐりと口を開ける。もちろん私も。
水路から半透明でぷるぷるとした塊が這い出て、みるみるうち天井まで届くほどの高さとなる。
とんでもない巨大スライムが現れた。