47 英雄
ちょっとこっち来い。
そう言って手招きしたモルガナさん。心配そうに見るスタッフの横を通り、バックヤードに連れ込まれていた。
「リーテスさんの知り合い?」
「一応ランさんが所属していた暗夜行のマスターですよ。一応」
そういえば、見事にすれ違いすぎてランさんはマスターの顔をみたことがないんだったか。しかもモルガナさんは“恥ずかしい”なんて理由で写真や姿絵がNGな人だし。
冒険者にはあまり有名になると逆に活動が面倒になったりするので、そういう人もまぁ居る。
「マジで? キミ新入りか」
「リーテスさんと一緒に辞めたから違う」
「え、リテイナさん辞めた!? 暗夜行を!?」
思っていた以上に驚かれたな。モルガナさんは私たちの顔を交互に見て、更にエプルさんも見て。
少しだけ唸ってから気まずげに声を出した。
「まさかデキ婚で辞めたとか……」
「こんなに大きな子どもがいるわけないでしょう。人種すら違いますし」
「じゃあなんで辞めたんだよ~オレに一切報告もなく」
我、マスターぞ? などとほざかれても。
大男のぶりっこは全く可愛くないな。
「あなたに手紙を寄越してもまず返事なんて来ないでしょう。私たちの脱退はヘルマンさんの許可を得ているので」
「えぇ……お別れ会とかちゃんとやったか? 生活も困ってないか?」
盛大なお別れ会はやったといえばやったけども。主に私が背負い投げをキメたり。
困りごとに関しても解決したのでまぁいいだろう。改めて、マスターの元に脱退の話が欠片も伝わっていなくて驚く。
きっとスノウさんの脱退も知らないのだろうな。
「マスターってこんな感じだったんだね」
「このおじさんが英雄なの?」
「おじっ」
純粋なおじさん発言に固まるモルガナさん。子どもって残酷だよね。
とはいえこの人、見た目こそ若々しいけど何十年も活躍が続いているので実年齢は謎だ。不老不死なんて噂もあるぐらい。
でも長命人種だってそこらを歩いているのだから年齢なんて気にしなくてもいいだろう。
「それよりも、どうしてこんな所で料理人なんてやってるんですか。半年以上前、極北大陸に向かってから暗夜行への連絡が途絶えたと聞いていますが」
「ちょっと深い事情があってだな」
普通クランマスターが半年以上も連絡が途絶えるなどありえない。
なんならマスターともなれば依頼へ向かうよりも受注など依頼主とのやり取りや指揮の為、クランに控えているような存在だ。
深い事情と最近流行りのバイキングで働いている理由が見当たらない。
「極北大陸の帰りにな、冒険者カードごと財布を無くして……借金奴隷になったんだよ」
「なったんだよではないでしょう」
つまりは一文無しになってどうしようもなく。依頼を受けて金を得ようにも得られず。知り合いすら居ない。
食うに困った末借金奴隷へと身を落としたのだという。
南部大陸では奴隷といった人身売買が禁止されているのだが、例外がある。それが借金奴隷だ。
借金を建て替えたりして主人が変わったりはするものの要約すると、金が返せないなら身体で返せという制度なのだ。
「それでツェントルムの人間に運よく買われてな。戻ってこれたんだ」
「それならさっさと暗夜行に戻ればいいじゃないですか。自分ぐらい余裕で買い戻せるでしょう」
「それがなぁオレのご主人様、めちゃくちゃイイ人で。聞けば経営してるレストランが傾いてるっていうだろ」
「まさか……最近経営を持ち直したのって」
ニカっとモルガナさんは気持ちのいい笑顔を浮かべた。
そうだ、この人はやろうと思えば何でもできるのだ。戦闘に野営に魔法に調理に。
私が器用貧乏だとするとモルガナさんは器用富豪。数カ月前からの音信不通とバイキングレストランのリニューアルオープン。
見事に時期が一致していた。冒険で培った知識や技術をフルに活用したのだろう。
「ここにいる他の方たちはあなたの事情を知っているんですか」
「だーかーら、ここじゃオレは借金奴隷のモルさんなんだよ」
「誰もあなたの正体を知らないということですね」
借金奴隷という身分でありながらも他の店員たちからは心配そうにみられていたし、ここでも慕われているのだろう。
そういう人なのだ。モルガナさんは。
一カ所に留まらない癖に旅の先々で慕われていく。なんなら心酔すらされる。
拠点へ帰らない癖に暗夜行が運営を出来ているのはヘルマンさんが動いているのもあるけど、それ以上にモルガナさんのカリスマで成立しているのだ。
「それで、返済の目途は付いてるんですか。お金なら払える人を呼んできますけど」
むしろモルガナさんを買う権利を巡って余計に暗夜行がギスるかもしれないな。でも私には知ったこっちゃない。
流石に借金奴隷としてここに置いておくのもアレだしどうしたものか。
「借金は先月で返し終わってるんだ。でも、まだ残って欲しいって言われたら名残惜しくてなぁ」
「とりあえず暗夜行に連絡しておきますね」
いくら良くない脱退をしたとしてもマスターを見つけたというなら悪いようにはされない筈だ。
なんだったら感謝さえされる気がした。
「まてまて!」
「何ですか」
「ヘルマンに怒られるだろ。連絡はちょっと待て。もうすぐしたらちゃんと戻るから」
連絡が途絶えたら怒られるという教訓はちゃんとあったのか。
白けた目で見ているとモルガナさんはおもむろにランさんへと身体を向けた。慎重さがあるものの腰を落として視線を合わせる。
そしてキリっとした顔で言い放った。
「元暗夜行なんだろ。キミの所に泊めてくれ!」
「絶対嫌」
初対面でほんと距離の詰め方がエグいよなぁ。
それとランさんも絶対嫌ときたか。東方でも活躍は聞いているだろうに。あの英雄のお願いをこうもばっさりと断れるのも凄い。
「頼む、冒険者カードも金も手元に無いから他に泊まれる場所がねぇ! 今の下宿所から出られないんだよ!」
「公園とかおすすめ」
「何が悲しくてツェントルムに戻ってまで野営せにゃならん」
2日だけでいいから! とモルガナさんは引き下がらない。給料の支払いまで手元に仕える金が無いのだという。
その給料日が2日後というわけだ。英雄のぐだぐだな姿をエプルさんに見せたくなかったな。
そっとエプルさんを背に下がらせているとモルガナさんと目が合った。
リテイナさん! とぐいぐい前に来る。
「指一本触れんから泊まらせてくれ! 部屋の隅で丸まってるから!」
「素直に暗夜行に帰ればいいじゃないですか」
「マスターが一文無しとか恥ずかしいだろうが」
これだけ必死に頼み込んでおいて恥って概念あったんだ。正直あまり泊まらせたくはない。
でも恩を売れるのは大きいんだよなぁ。悩んでいる私にイケると踏んだのか更にモルガナさんが近づく。
「魔導機器好きだったよな。ほら、この前ゾージルシからテスターの依頼も受けたんだ。そのコネで最新式のなんか買ってやるか――いだっ!」
悪い交渉を持ち掛けられそうになった直前、モルガナさんが止まる。
びきびきと音がしそうな程に強くランさんが肩を掴んでいた。
「おれの部屋に泊まればいい」
「マジで、っていうか肩の手をどけてくれ」
「近い。リーテスさんから離れて」
「だから痛い!」
ひと悶着あったものの、こうしてモルガナさんはランさんの元へ身をよせることになった。
とは言っても私の隣の部屋なんだけどこれ。