44 染み抜き
ぐだぐだな告白があったからといって別段私たちの関係が変わるものでもなく。病院に行ったあとは普通に止まり木へと帰った。
関係が変わらない、というには語弊がある。一応恋人という名前がついたのだ。ただ態度が全く変わらなかっただけ。
ランさんは最初から、どんな間柄であっても変わらない態度で私に接していただけなのだ。
なんならエプルさんに報告して「え、今までコイビトじゃなかったの!?」と逆に驚かれたぐらい。ちょっと距離感を見誤っていたのかと今更ながら恥ずかしくなった。
「どうするかな……」
そして今私が頭を悩ませていることはと言うと、そんな惚れた腫れたではなく。
唸っているとエプルさんが首を傾げた。
「他の服じゃダメなの?」
「駄目ではないんですけどずっとメイド服を着てたせいで他の服は落ち着かないんですよね」
服がない。日常生活と仕事も含めた服が。
キバキに折れた腕だってエルシャ先生の“メチャクチャ痛いけどすぐに治るコース”によってほぼ完治している。
ただ、あまり無茶は出来ないのでもう暫く掃除屋は休ませてもらっているけど。
「特にエプロンはワンピース以上に着まわしていたので今日着る分すらないですね」
ここ最近の戦闘で服はボロ切れと化していた。身体なら多少の無茶をするとすぐに治るのに服はそうもいかない。
そして今朝、朝から飲んだくれている冒険者同士の喧嘩に巻き込まれた。その結果が頭から被った赤ワインによって染みがべったりと残ったメイド服だ。
「エプルさん、ミツさんが服の上に乗らないよう見張っていてください。すぐに戻りますので」
「どこ行くの?」
「ランさんか女将さんに焼酎を頂いてきます」
せめて今日着る分の応急処置だけしておこう。メイド服ってエプロンが無かったらただの黒いワンピースなんだけどやっぱり落ち着かない。
ワンピースだけだと善くない本性がまろび出そうになるというか。服も込みでキャラ付けなのだ。
たぶんだけど、ランさんの晩酌コレクションの中に焼酎があったはずだ。部屋を出てすぐ右隣を訪ねる。
「おはようございます」
「どうしたの、リーテスさん。なんか珍しい雰囲気だけど」
「エプロンをしていないからですね。いきなりなんですけど、焼酎あります? 少し頂けたらと」
「わかった。どれがいい?」
久しぶりに足を踏み入れたランさんの部屋。
シンプルで散らかっている印象は全く無いんだけど、そこかしこに保存食系のおつまみやリンゴなど日持ちする食べ物があって面白い。
晩酌コレクションも部屋を彩るひとつだ。
「ごめん、手軽に呑めたらいいからイイ奴ない」
「いえ、服の染み抜きに使うだけなので一番安い奴で。すぐに何かしらの補填はしますから」
とは言ったものの。どれが安いのかわからないし、ランさん基準の安いもわからない。
味だけで選んでいると思うんだけど全部高そうだ。「これが安いかな」と手に取ったボトルも全く安そうに見えなかった。
「せっかくですがやっぱりすいません。女将さんからとりあえず酔えればいい用の焼酎を頂いてきます」
「なんで」
「ランさんがしっかりと食に拘るタイプだったのを再確認しただけです。たかだか染み抜きに使えませんって」
隣の部屋だからと横着したのが悪かった。普通に安い適当な奴を一杯買ってこよう。
「これ、持って行って」
「ですから」
「それで補填ちょうだい。一緒に服買いに行こ」
ずいっとボトルごと押し付けられる。ランさんから発せられる圧に私は頷くしかなかった。
「リー姉大変!」
「エプルさん?」
そんな話をしているとエプルさんの叫び声。ランさんと顔を見合わせて急いで戻ると。
「他のワンピースも猫毛だらけになっちゃった……」
「エプルの服も買いに行こっか」
攻防をしていたのだろう。エプルさんもミツさんの抜け毛まみれだ。
「みゃあ」
そしてミツさんはというと。私の僅かに開かれたトランクケースの中に押し入って満足気に寛いでいた。
絶賛トラネコは換毛期。コロコロが手放せないこの頃。
「……すいません。エプルさんはコロコロ作業をお願いしてもいいですか。トランクケースの中は帰ってからするので」
「はぁい」
「おれも手伝う」
元々は赤ワインの染み抜きだ。赤ワインの染みは時間との勝負。
いろいろと諦めて、ランさんの上質そうな焼酎を使わせてもらおう。
「それ、本当に抜けるの?」
「一応は」
白いエプロンに付いた赤ワインの染み。誰かを殺めたような色になっていた。
ただでさえこの宿は冒険者が多いのに勘違いされる要素として強すぎる。
「タオルも買わないとな」
収納鞄からタオルを2枚とりだし、一枚をエプロンの下に敷く。このタオルにしてもこの前燃やしてしまったので残りわずか。新しく買わないと。
赤ワインの染み抜きは焼酎を使うだけで他の染み抜き作業とあまり変わらない。要は特別なことなど一つもないのだ。
エプロンの染み部分に焼酎をかけ、もう一枚のタオルを被せる。あとはとんとんと叩いて布に移していくだけ。
「赤ワインの染みって厄介なんですよね」
「でもだいぶ薄くなってるんじゃない」
エプルさんの背中の毛をコロコロしながらランさんが覗き込む。タオルにはしっかりと染みが移っていた。
「そうですね。後は普通に洗濯したら綺麗になりそう」
「よかった」
洗ってから乾燥魔法で乾かせばなんとかなるかな。ワンピースだけで出歩いてもいいんだけど、やっぱりぞわぞわするし。
とはいえ5年間パジャマとメイド服の往復だけしてる女ってそれはそれでどうなの? と思いはすれども。
「他の服を見てみるのもいいかもしれませんね」
女は度胸。慣れだ。
最初にメイド服を着た時だってちょっとそわそわしたんだから逆もまた然り。むしろ冒険者として活動していた時は軽鎧やドレスもその場に応じて着ていたのだ。
あの頃を思い出せ自分。
「乾かしたらみんなでデートだね」
「デッ!?」
突然ぶっこまないで欲しい。
「出かけるのってデートじゃないの」
「それはそうなんですけどね!?」
涼しい顔でデートなんて言われるとちょっと焦ってしまう。
「私も付いて行っていいの?」
「来ないの? みんなでデートしたいのに」
「行く!」
朗らかなエプルさんとの会話。ランさんは意味をわかって言ってるのか急にわからなくなってきた。
ミツさんもこちらを見ていたが私が顔を向けると逸らされた。そしてそのままごろごろと私の服の上を転がる。
これは留守番をするから話しかけるなという意思表示だろうか。実は最近、ミツさん人語を理解している説も濃厚になってきている。
「いい感じの服を買った後にどこかご飯屋さんでも行きましょうか」
私の提案に二人の目がキラキラと輝いた。
こういった所はわかりやすくて助かる。