【断章】7
ピンクのローブがトレードマーク。クランのイメージカラーも勿論ピンク。
キャフェイ・プノンセクは女性限定クラン心の鎖のマスターだ。
「悪いわね。今日で心の鎖は解散することにしたわ」
今日までは。
「そんな! お金が必要なんですか!?」
「それともまたあの女に」
捲くし立てるメンバーにそうではないと首を振ろうとして、痛みに眉を顰めた。
この痛みはリーテス・アリビオというくすんだ金髪の女の手によるものだ。今は名乗っている名も違うようだが、もうどうでもいいだろう。
心の鎖の破滅が決定付けられた時、その新聞を飾った女を見て動かずにはいられなかったのだ。
5年前、まだツェントルムを活動拠点にしていなかった頃。リーテスと刃を合わせた時には倒せたが今回は同じようにはいかなかった。
それどころか様子が少しだけ変わっていて驚いたものだ。
『リズを返せ』
そう言って銀の斧槍を片手に拠点へと乗り込んできた女。
勝手な話だ。一度加入させたメンバーは契約がある以上脱退させる訳にはいかないというのに。
1対1ならまだわからなかったが、連携の取れた他のメンバーが居る以上はリーテスという小娘など敵ではなかった。
それと同時にリズ・イーナスという人間についても語っておこう。
彼女はリーテスの幼馴染で親友だった。いつか故郷から出たいと語り合い、本当に二人で冒険者となった友達。
いつかは二人でクランを持とうと約束し、依頼に明け暮れていた。けれども多くの冒険者が上手くいかないように、彼女たちの夢は夢物語で終わった。
本当によくある話で、リズが男に騙されたのだ。その際に多額の借金を押し付けられ、二人で行っていたクラン開設の為の貯金も全て消えた。
そんな凡庸な理由で将来を語り合っていた少女たちは別れたのだ。
そうしてパーティを解消され、途方に暮れていたリズを拾ったのが心の鎖だった。
『なんでもします。友達にお金を返さないといけないんです』
そういってがむしゃらに依頼をこなしていた姿をキャフェイは覚えている。不幸だったのは彼女の実力が抜きんでていたからだ。
動けないメンバーも多く抱える心の鎖は常に金に困っていた。だから、ちょうどよく働きに働いたリズが依頼に休みなく駆り出されたのだ。
実際、彼女ひとりで賄えることも多かったしその判断は間違っていなかったとキャフェイは思う。1を取るか10を取るかという経営者としての話だ。
休みない仕事でリズが疲弊していたのはわかっていた。でも、それがどうした。クランの運営とその他大勢の笑顔の前にはたったひとりの不幸など関係のないことだ。
それにリズは文句ひとつとして言わなかった。友人を裏切り、男にも捨てられた冒険者だと噂が広まっていたから心の鎖以外での活動など出来るはずもなかったのだ。
それを彼女自身もわかっていた。
だというのに。
自分が友人の手を離したというのにリーテスは心の鎖に乗り込んできた。口を出すぐらいなら最初から手を離さなければよかったというのに。
外部の人間の口添えでクランを脱退出来るとわかれば当然舐められる。クランの規則は絶対なのだ。
心の鎖の動ける人間を総動員してリーテスを叩き潰した。
そうしたらまぁ手痛いしっぺ返しが来たという訳だ。
普通、荒事当たり前の冒険者ならば完膚なきまでに叩きのめされるとそこまで。負けた方が悪い。
なんならリーテスはリズと別れて以来はずっとソロの冒険者をしていたから頼れる場所もない。
それを執念だけで捻じ曲げた。動けるようになると誰にも気が付かれないよう、水面下で動き始めたのだ。
『俺たちの弱みを握って献金を受けようなんて』
『女性保護を掲げながら売春の斡旋をしてるんだって? そんなクランに資金を流すわけには行かなくてね』
『他のクランに圧力をかけて、わざと追放されるような女性を作っているのか』
売春自体はクランのメンバーが勝手に行っていたことだが、心の鎖が目を瞑っていたのも良くなかった。
尾ひれのついた噂が蔓延していた時にはお得意様ともいえる相手からの善意の献金を断ち切られていたのだ。
一緒の依頼に携わった冒険者との飲み会で噂話を流し、依頼主には世間話のついでに噂を広める。
そうして小さな噂はいつしか大きな渦となり、心の鎖が街に居られなくなるほどには大きなものとなっていたのだ。
陰湿で計画的な執念の果てに、リズを心の鎖が構っている暇は無くなった。脱退を許可せざるをえなかったのだ。
(今はリーテス・イーナスと名乗っているようね)
イーナスはリズの姓だ。となると、現在隣に居ないことも含めて碌な結末にならなかったのだろうとキャフェイは考える。
男女関係で揉めるのも金銭で揉めるのも、築き上げた友情が崩壊するのも。冒険者にとっては日常茶飯事なのだ。
リーテスとリズの間に起きたことが特別珍しいものではない。
事実、リズは心の鎖を脱退した後に病によって呆気なく死んだ。残されたのはリーテス独り。
その頃のリーテスにはもう冒険者を続ける理由が無くなっていた。ただ生活していくだけなら別に冒険者でなくても良かったのだ。
だから冒険者を辞め、心機一転名前も活動していた街も変えた。
辿り着いたツェントルムの街で見つけた求人、暗夜行のハウスメイドとして働き始めたのだ。
「……スター、マスター!」
キャフェイが物思いにふけっていると揺さぶられる。ついぼうっとしてしまっていた。
「お金が必要なんですよね。それなら任せてください! 私、男に貢がせてクランを3つぐらい崩壊させてるのですぐに集められます!」
「私も依頼主に貢がせてパーティから追放されたのでお金を集めるのは得意です!」
心配をかけさせたようでメンバーに囲まれていた。
とりあえず止めるように諫める。これでまた悪い噂が広まったら堪ったものではない。
「これはクランの負債よ。それなら私の負債でもある。だから今日でクランは解散、貴方たちは好きな所にいきなさい」
「負債なら返せばいいじゃないですかっ!」
ずいっとキャフェイの前に出てきたのは一番最後に加入したメンバーであるスノウ・プリメアだ。今まで依頼に出ていたはずだが、帰って来たのだろう。
痛ましい姿となったキャフェイに回復魔法をかけ傷を癒す。
彼女もリーテスに痛めつけられていたのだが、持ち前の回復魔法によって自身を癒して前線に復帰していた。
「暗夜行を抜けて、どうしたらいいかわからない私を助けてくれました」
ツェントルムでも有数のクランでもある暗夜行。前歴が偉大過ぎるが故にスノウは中々次の所属先が見つからなかったのだ。
クラン内での諍いの末に脱退したのだが、表向きには円満な脱退となっている。けれども、クランを運営する人間ならそんな話が存在する訳がないとわかっていた。
「どんな困難でも、みんなで力を合わせて頑張りましょうよっ」
本当にスノウが使える人間なら手放す理由がないからだ。
勢いで暗夜行を抜けたはいいが次が決まらないスノウは途方に暮れていた。世間をまだ知らない実力だけがある少女にとって世渡りは難しいものだったのである。
そんな時に心の鎖が声をかけた。
スノウの言葉に、他の面々も頷く。
暗夜行は実力主義。嵐の狩猟団は狩人が中心で心の鎖は女性限定といったようにクランはそれぞれ特性を持つ。
そういった特性を突き詰めると似たような主義を持つ人材も自ずと集まってくるというもの。
心の鎖には“他人の為にみんなで協力する”行為を苦とも思わない人間たちが集まった。それだけだ。