42 慈善事業
私の戦意が萎んでいくのを感じたのかランさんの拘束から解放される。
対人の武術を専門としていただけあって彼の人体理解は凄い。痛みは無いのに拘束が振りほどけないどころか力すら入らないんだから。
「遅いから探した」
今気が付いたけどランさんの息は少しだけ乱れていた。探させてしまったのだ。
最悪こうなるだろうなとわかっていたから、周りを巻き込まないように人気のない場所を選んで自分一人で綺麗さっぱり片付けて帰るつもりだったのに。
言い訳を考えているとランさんが口を開いた。
「コレ、殺すの?」
いつもと変わらない調子で言った。コレとは言わずもがな。
改めて死を突き付けられたキャフェイさんの顔が恐怖に歪む。
冷静に戦闘をしていたとはいえ、戦闘時と日常で同じ判断が出来るとは限らない。どれだけ戦闘中に死を覚悟しようが、いざ普段の生活で死にかけると恐ろしさを感じるように。
「そうですね。後で報復されても面倒なので」
「それならいくら人目に付かなくても街中は駄目。登龍一家の山、借りる?」
倫理観があるんだか全く無いんだかわからない発言。
幸運にもそういう用途で借りられそうな山がある環境ってなんだかな。
「えーと、冒険者同士なら喧嘩で相手が死亡しても捕まるなんてことはないんですよ。一々捕まえてたらキリがありませんから。まぁ事情聴取は受けますけど」
そうなの? とランさんは驚く。
これも世知辛い冒険者事情のひとつ。
「冒険者に人権なんてものありませんから」
「東方だとちゃんと証拠隠滅しないと捕まったよ。あ、でもこの場合は正当防衛になるのかな」
冒険者には人権が無い。比喩でもなんでもなく無い。
冒険者は人種とかそういうのを飛び超えて冒険者だというモノとしか言いようがない。他の大陸では人種差別で人が死んだりするって聞いて驚いたな。
「一般人ならともかく南部大陸では正当防衛という概念すら薄いですね。死んだ方が悪い。少なくとも法に守られていません」
税金やらいろいろと一般人よりも免除されているのは法に守られていないからなのだ。討伐依頼の対象である魔獣に返り討ちにあったり崖から転落死したり死因には事欠かない冒険者。
だからこそ冒険者ギルドやクランの結束といった自治意識が強い。仲間がやられれば報復するよう、互いに監視し合うことで法としている。
「それで暗夜行が広めた噂が回るのも1日だったんだね」
「南部大陸の冒険者事情は他の大陸よりも特殊だと言いますからね」
とは言いつつもランさんもだいぶ南部の冒険者に染まっている気がする。
止めてくれた理由が“殺人犯にならないように”じゃなくて“捕まらないように”なあたり何というか。
「あと、登龍一家に借りを作りたくないので」
そんな話をしていると私も疲れて来た。
いろいろと極限状態だったからやられた以上は後腐れが無いように始末を付けようと思ったけどそれでは駄目だ。普通じゃない。
冒険者であるなら人が死ぬ事態も普通だけど、今は冒険者カードを持っているだけで掃除屋なのだ。私が汚してどうする。
荒事はエプルさんに話せる範囲までにしなければ。
「キャフェイさん、街の破壊活動について報告させていただきますね」
改めて辺りを道を見ると壊れた電灯にボコボコになった道。それなりの被害だ。冒険者同士の喧嘩でも壊した当人が弁償責任を負う。
人権のない冒険者だが、不始末はきっちりと己の手で片づけさせられる。お役人はお金の回収に関してはとんでもなく早いので怖い。給付は遅いくせに。
よかった、私の得物がモップで。派手に石畳を砕いていたキャフェイさんと違って私が壊した所なんてない。
「私はあなたを殺しません。だからあなたも私を殺すとかやめませんか」
「ひぃっ」
警戒心を抱かせないように緩く微笑む。かくかくとキャフェイさんの首が揺れた。……登龍一家の山を借りる、の辺りで可哀想にとても震えていたんだけど。
5年前は実力勝負を挑んで半殺しにされたけど、こうやって腰を抜かしたキャフェイさんを見るとあの時よりも小さく見えた。
「わかった、わかったから命だけは」
「はい。だから同じように私の命も助けてください」
不自然に傾いた首のままキャフェイさんが立ち上がる。負けた方がいそいそと帰る、実に冒険者らしい結末だ。
けれども今の私は冒険者じゃない。だから一言添えなければ。彼女の後姿に声をかける。
「あなたの活動自体は素晴らしいものだと思いますよ。誰かを助けるにはお金が要るのも当たり前で、何処にも行く宛てのない人達にとっては救いだったと思います」
追放されたり再起不能になった冒険者なんてお荷物もいいところだ。やり方が汚くても心の鎖はその受け皿にはなっていたのだ。
心の鎖が女性限定のクランで、その稼ぎ頭で使える冒険者がヘンリー卿の人材派遣事業とカチ合ったのが嫌がらせの理由でもある。
「5年前もお前がブチ壊したくせによく言う」
「利害の不一致が起きたんですよ。そこはお互い様でしょう。……お互い、落としどころを見失ったとは思いますけど」
友達を脱退させようとして、キャフェイさんは首を振ってくれなかった。力ではどうにもならなかったから私は卑怯な絡め手を使った。
お互いにヒートアップしてしまったのだ。
冒険者は舐められたら終わり。だからお互い後に引けなくなっただけの話。
「リズにはお前が居た。可哀想じゃない女は心の鎖に居る資格がない」
「はい?」
「だから脱退を許したんじゃない。追放したのよ」
吐き捨てられた言葉に何も言えず、黙っているしかなかった。
暗い夜道へと去るキャフェイさんを見送る。
「酔いはもう醒めた?」
「ええ。酔っぱらって、我ながららしくないことをしました。止めてくれてありがとうございます」
酒が入ると歯止めが効かなくなって駄目だと私は笑った。
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