40 炭火焼肉
じゅわり、肉汁の滴る音と共に肉の香りが広がる。
「リー姉、もういい? もういいよね!」
「はい、焼き加減バッチリ大丈夫です」
網の上に並べ垂れた肉をトングで掴み、エプルさんの皿の上へと乗せる。本当は自分で焼いた方が楽しいんだろうけど、机のエプルさんの身長的に火傷でもしたら大変だ。
薬味はオーソドックスにタレと塩やネギ。ワサビはエプルさんにはちょっと早いかもしれない。
「ランさんも、お肉焼けてますよ」
「ありがとう。リーテスさん、次はおれが焼くからもっと食べて」
「ではお言葉に甘えて」
サンチュにタレをつけたカルビと白菜のキムチを包み一口。いいお肉だからか油がこころなしかさっぱりしている。
美味しい焼肉屋はある程度値段を出せば味が並ぶけど、キムチだけは別だ。むしろキムチが美味しい焼肉屋こそがいい店だと思う。
「リーテスさんへの謝礼なのにおれたちも一緒でよかったの?」
「リテイナーズ・サービスへの謝礼ですから。それに、むしろひとりならこんな高級店無理です」
ここはツェントルムでも有数の高級焼肉店。しかも個室。
報酬として金銭とは別に、ヘンリー卿よりこの焼肉屋の優待券を頂いたのだ。しっかりと働いた報酬だけあって何時もよりビールも美味しい気がする。
ランさんは東方でよく飲まれている清酒だ。顔に似合わず意外とイケる口だな。
「それ、一口ちょうだい」
「駄目です。それに苦いですし、今飲むと大人になっても絶対嫌いになると思いますよ」
「そんなぁ」
普段、アルコールの類は飲まないようにしているが今日ぐらいはいいだろう。キメ細やかな泡を喉に流し込む。
「メルディ子爵だっけ。そこの依頼はもう終わり?」
「はい、筆頭執事の方が屋敷を汚していたクランを摘発したので」
「新聞に出てた心の鎖だよね。器物損壊と脱税とかで捕まったやつ」
保護されてクランに加入していた女性たちは大変だと思うが、言い逃れできないことをしでかしていたので仕方がない。
今まで彼女たちが捕まっていなかったのは被害届が出されていなかったから。屋敷を汚されてもロコさんが被害届を出していなかったのは、他の罪と一緒に一気に畳み掛けるためだ。
人の屋敷を汚す程度じゃ実際そんなに罪は重くならないし。
「ふふ、追徴課税もありますしクランとして再興するのは難しいでしょうね」
「リーテスさん嬉しそう」
「そうですかね? まぁ……個人的に気に入らないクランだったということで」
5年ほど前、まだ私が冒険者として活動していた程度には昔。友達が心の鎖から抜ける時に手を貸したのだが、そこのマスターから散々詰られたのだ。
大切なメンバーが抜ける以上は仕方ないけど私も人間、根に持っていてもいいだろう。
間接的にとはいえ思いも寄らないところで顛末が見られてスッキリとしていた。
「リー姉かっこよかったね! 白い人をモップでビュン! ってして」
「どこでそれを」
「ラン兄が新聞の切り抜き、見せてくれたよ」
「ランさん!?」
満足気な顔をして頷かないで欲しい。
牛タンが焼けたよじゃないんだよ。貰うけど。
「あの記事については忘れてください」
「嫌。ネギ塩牛タンもそろそろ焼けそう」
「あ、それください。エプルさんはもっと野菜も食べて」
「……コーンなら食べる」
今回の依頼で不本意な点があるとすれば――なんと、新聞デビューをしてしまったのだ。
スノウさんをモップでなぎ倒した瞬間の写真で。何やら私の知らない大きな力が働いたのか新聞の片隅の掲載であったのは助かった。
心の鎖に有利な記事を書こうとしていたあの新聞記者の男、心の鎖がどうあがいても摘発されるとわかると私の写真を他の新聞社に売り払っていたのだ。
「プリメアが心の鎖に移籍してたのは驚いたけど」
「私もですよ。これは主観なんですけど、スノウさんって女性が多い所ではあまり上手くいかないタイプだと思っていたので」
その、なんだ。男性に囲まれながらのほうが上手く動けるというか。
女性が多い場所だとどうも不和を生み出してしまうような印象があっただけに意外だったのだ。本気で私に怒っていたようだから心の鎖に愛着もあったのだろう。
今回摘発されたのは心の鎖だから、スノウさんにまで悪い噂がついているなんてことはあまりないだろう。むしろ利用された被害者だと世間からは思われるかもしれない。
なんせ今までの依頼料9割献金だとかいろいろと公表されて一般人からもドン引きされているし。
「すみません、ホルモンをお持ちしました」
心の鎖について話しているとノック音がした。追加のお肉だ。
「ありがとうございます。あと氷もお願いします」
炭火焼肉のお店だけあって、炎が上がると少々怖い。魔法で消火しようにも備品を壊したらそれはそれで怖いし。
あと全然関係ないけど、ハラミ肉ってホルモンの一種らしい。ずっと赤身肉だと思っていた。現にこのホルモン盛り合わせには入っていないし。
「あ、そうだ。白ご飯も……えっと、3つお願いします」
顔を見合わせて全員分のご飯を頼む。
せっかく焼肉屋に来たのだからお肉だけでもいいかもしれないと思うだろうが、やっぱりお肉と白米はこの上なく合うのだ。
決して油物で胃もたれしているなんて理由では無い。
そうして、私たちは火柱が上がるハプニングもありつつ楽しい焼肉慰労会を過ごした。
◆◆◆
店から出て、少しだけ冷たい夜風に当たりながら帰路に着く。久々のアルコールに少しだけふわふわと心地よい気持ちで歩く。
今まで飲み会の類はあまり好きじゃなかったけどこうやって親しい人しかいないなら良いかもしれない。なんてちょっとした価値観の変化を感じながら。
「あ」
「どうしたの、リーテスさん」
少し歩いて、違和感に気が付いた。
「ちょっと酔いを醒ましてくるので、先にエプルさんと止まり木へ帰ってください」
「大丈夫?」
じっと私の顔を見るランさんに苦笑する。私が気付くぐらいだから、彼が気付かない訳が無いのだ。
「大丈夫ですよ、すぐに戻るので。エプルさんも帰ったら歯磨きをするように 」
「わかってるよ」
ふたりの後ろ姿。手を繋いで止まり木へと向かう姿を見送る。
そして私は人通りの少ない道へと進む。
立ち飲み屋を目につく限り潜り抜け、酔っ払いが転がっている横を通り、暗い路地をいくつか経由。
――それでも違和感は消えてくれない。
覚悟を決める。もう、ここらでいいだろう。
酔っ払いすら居ないシャッター街の路地で私は立ち止まった。
ガギンッ!
やっぱり。
迫りくる鎖。絡みつかないよう注意して顕現させたモップで弾き飛ばす。
首を狙っているってわかっていたから軌道も読みやすい。
「リーテス・アリビオ! お前のせいで、お前がいるから私たちはッ!」
怒り心頭、いまにも刺し殺されそうなほどの怒声。
「お久しぶりですね。5年ぶりでしょうか、キャフェイさん」
相手は中年に差し掛かったぐらいの女性。幽鬼のようによれた髪と上質なピンクのローブが対照的だ。
私の所に来られても今回は本当に掃除をしていただけで関係がないから困るんだけどな。
彼女の名前はキャフェイ・プノンセクさん。心の鎖のクランマスターだ。
誤字報告ありがとうございます!とんでもない見落としをしていました!