39 コミュニケーション
冒険者という連中は何かと暴力で解決しがちだ。価値観たる宗教もバラバラ、それでいて学もなかったり。
そんな冒険者たちの価値観は強さこそが正義だというものに自然と集約される。
暴力が正義だなんて野蛮にも程がある。……それでも冒険者業界に長く居た私自身、そんな単純な所が嫌いになれないでいた。
前置きが長くなったが何が言いたいかと言うと――向こうが先に手を出したんだから、正当防衛として私の言い分を聞いてもらおう。
野蛮だと言われようが相手との共通のコミュニケーションツールとして暴力が在るのならそれでいいじゃないか。
モールス信号や手話が専門外の人間には何を言っているかわからないけれど、使っている当人達にとっては便利なものであるように。
「ちょっとリーテス!?」
「流れ弾にご注意を」
モップ片手に私は走り出す。
「向かってくるなんて反省のない人っ!」
「あなたこそ痛い目を見たら、どうかお引取りを」
距離はざっと10m程度。
ならば身体強化を使えば一瞬。ランさんのような神がかった強化付与は出来なくとも、自身を少しばかり補助するぐらいは出来る。
身体を魔力で覆う。並行してモップも同じように魔力で覆う。
「なっ」
まさか私が無抵抗でやられると思っていたのだろうか。スノウさんが驚嘆の声を上げた。
「はぁ!」
魔法は搦手の追加術式が無い限り、より強い力があれば打ち消せる。
光弾だってモップに魔力を通してしまえば叩き切るに苦労はしない。
「我を庇護せしモノ 慈愛の輝き 放て」
驚いたようにスノウさんが詠唱し、新たな光弾を生成するが――遅い。
そして私のモップを避けようと動くがそれさえも遅い。
ピカリ。一瞬、光がチラついたが気にしなくてもいいだろう。
「ぎぃっ」
横薙ぎの一撃によってスノウさんを地に叩き付ける。彼女は優れた回復魔法の使い手だから多少痛め付けても問題ない。
傷んだ分だけ治せばいいんだから。
「せいっ!」
でも、今はまだ治させないけど。手加減しながらスノウさんの腹をモップの柄で突く。
「ひぐっ」
彼女もアルネラさんと同じだ。呪具作成や回復魔法の使い手であるように優れたところがあろうとも、対人戦経験が少ないのだ。そんな相手なら私でも相手をするのに困らない。
いろんな意味で先輩として助言ぐらいはしておこう。
「あなたは中途半端なんですよ。魔道士なら前衛がいる前提の動きをすること、もしくは自衛に務めること。そのどちらかです」
スノウさんは以前、ルーナさんに前衛に対して負担をかけるなと言っていたけど。ルーナさんは被弾が多いとはいえ戦い方自体は間違ってはいなかったと思う。
回避する必要のない立ち位置で敵の攻撃は前衛が集め、その隙にルーナさんが焼き尽くす。理には叶っているのだ。
「魔道士とて前衛に参加してもいいとは思います。ただし、それによって他の人間が守る範囲が広がるのであれば一考しなければなりません」
以前聞いた話では、スノウさんは前衛の方と一緒になって戦っていたようだ。
回復魔法も届きやすいし、一見いい戦い方のように見えるが……それで前衛の負担が増えたらどうしようも無い。
ただでさえ魔道士は詠唱による隙が生まれやすい。
あのランさんだって付与魔道士としてパーティに組み込まれた際には後衛に務めていた。自己強化をメインとしていたランさんにとって他人のサポートは慣れないもので、しっかりと周りを見て役割がこなせるように下がっていたのだ。
「どうして、私が正しいはず、なのに。誰かを……傷付ける悪い人に、」
「あなたの価値観に合わせると、地を這っているあなたこそが間違っている」
スノウさんはまだ世間知らずの少女といったところ。故郷から出てきて、強いものが正しいなんて冒険者の価値観に染まりながら周りの人間に肯定されてきた。
だから暴力に訴えかけるなんて安直な手を使ったのだろうが相手が悪かったと思って欲しい。
「リャオさんも唆して、悪い貴族さんの仲間になって……何が、したいんです、か」
「少々誤解があるようですが。私はただ、穏やかに生きていけたらそれでいいんです」
なにしろ私は賢しいので。
暴力だろうが知識だろうが口だろうが使えるものは全部使ってやりたいように出来たらいい、と思う。
「それで。欲しい絵は撮れましたか?」
向かいの家の木への視線を向ける。
「っ、どうして」
生い茂った木から声が上がる。
迷彩魔法が外れ、風景を紙に転写する魔導機器――カメラを携えた男が狼狽えていた。
「あら、本当に居らしたんですね」
「鎌をかけたのか!?」
「いるとしたらこの辺りだろう、と思っただけです。誰も居なかったら恥ずかしかったので助かりました」
ありがとうございます、と笑いかける。この男は心の鎖が差し向けた記者だろう。先程の戦闘時、スノウさんの魔法とは別にキラリとした反射光にもしかして? と思ったのだ。
筋書きとしては正義の鉄槌を下すスノウさんの記事か、それとも……
「私が一方的に痛めつけた様な記事を書くのならどうぞご勝手に。これでも冒険者証は捨てていませんので」
「メルディに雇われた冒険者ということか。どのみち悪徳貴族に与する者だろう!」
「中立な記事が書かれるとしたら、ただ冒険者同士のよくある諍いになるでしょうね」
実はギルドからの依頼を紹介される以外にほぼ意味の無いと思われるような冒険者証、こういった暴力事件にはとてつもなく強いのだ。冒険者であるというだけである程度の諍いは印象が変わる。
冒険者と一般人の諍いなら冒険者が悪いし、冒険者と冒険者なら喧嘩両成敗といった感じ。これが私ではなくヘンリー卿の雇った屈強な傭兵や騎士だったら少女を虐める権力者の図が完成したんだろうな。
まぁ、冒険者なんて普段から増えたり減ったりしてる連中だから仕方がない。
「スノウさん、あなたは勝っても負けてもいいように書かれていましたよ。心の鎖にとってあなたの正しさはどうでもいいものだったんでしょう」
思い込んだら一途というか、ちょっと思想が強い所はあるけど。スノウさんも一応かつての同僚だ。
それでいてまだまだ世間を知らない年頃。今後の為にもチクチク言葉ぐらいはさせて貰おう。
「そんな、はずは。だって、心の鎖の人たちは私が正しいって。暗夜行で意地悪を言われた私を仲間にしてくれて」
「何を信じるかはあなた次第です」
たぶん、だけど。
暗夜行にはずっとルーナさんのやり方でパーティを回してきた人達がそれなりにいる。前衛と後衛の役割を徹底的にこなすやり方を。
そんな人達が後衛も前衛に任せ切りではなく前に出るべきだというスノウさんを咎めたのかもしれない。
期待の新人として囲まれていた彼女にとっては不本意だっただろう。
「それでは、お引取りください」
スノウさんが抜けたとなれば、暗夜行の運営は安定したのだろうか。……もう、私には関係ないことだけど。
「あなたはどうしますか?」
ともかく事後処理だ。
カメラを抱えたまま固まっている男に微笑んだ。