【断章】6
アルネラは元・嵐の狩猟団に所属していた新人冒険者で現・登龍一家のギャング見習いである。
三つ子の兄弟である兄、或いは弟の二人とはるばる田舎からオキデンスへとやってきた。田舎から出て身を立てようとすると、よほどの学歴があるか冒険者になるしか無かったのだ。
もちろんアルネラや兄弟に学歴はない。名のある学校に通えるほどの金が家に無かったのだ。
三つ子のアルネラであるが、上の兄妹と下の兄弟を合わせると自分たちを抜いても8人居た。貧乏子沢山といつやつだ。
それだけ子沢山なら金が足りないのも幼いながらアルネラだってわかっていた。不幸があるとすれば、親の愛情が均一ではなかったこと。出来ちゃったから仕方がない、でも捨て場所もないから育てるというような親だった。
そんな両親の元で後の方の生まれたのに加え、下には更に産まれ続ける兄妹がいた。いい歳をして楽観的で盛んな両親だったので仕方がない。
三つ子は上の兄妹に育てられたようなものだ。それも嫌々に。
育てられた事実には感謝している。だが、そんな環境で生まれ育ったアルネラたちにとって大切な家族は三つ子の兄妹だけだったのだ。
そんな彼女たちに変化が訪れたのは冒険者クラン、嵐の狩猟団に加入して暫くしてから。
嵐の狩猟団では見込みのある新人冒険者を加入させ、先輩冒険者が後輩を鍛え上げる制度をとっていた。その教育係に選ばれた相手こそ幻弓と呼ばれる冒険者、ウェイク・ヒアードだ。
どうせ他人なんて……と擦れた目で三つ子の兄妹以外を全く信じていなかったアルネラだが、ウェイクには懐きに懐いた。
だって、悪いことをして本気で怒ってくれるのも頑張ったら思いっきり褒めてもらったのも初めてだったのだ。それは他の兄弟も同じで彼、彼女らにとってウェイクは無条件で信じられる他人となった。
ウェイクによって文字を教えられたアルネラは呪具作成能力を見出され、他の兄弟もそれぞれ得意とすることを見つけた。
嵐の狩猟団はその名の通り、狩猟依頼を得意とするクランだったから、4人でパーティを組めばどんな依頼だってこなせた。
同時期に加入した新人冒険者でも一番早く三つ子はシルバーランクに上がったし、順風満帆な日々がずっと続くと思っていたのだ。
けれども、幸福な日々はそう長く続かなかった。
クランは悪名を振り撒いて解散した。
街中では後ろ指を指されまくり、ウェイクの『実家に戻って噂が収まるまでゆっくりするのもいいんじゃないか?』という言葉に従って戻ってみれば。
『あんたたちなんか知らない、この恥さらしが!』
なんて。周りから好奇の目で見られているだとか、お前たちの教育方針は他人を見捨てるようなものだと散々言われたらしい。
だからどうしてくれるんだ、と。嵐の狩猟団に加入した時は上機嫌でご近所中に触れ回っていたというのにこの手のひら返し。
ますます家族なんてものが信じられなくなった。付き添いのウェイクがあんまりな両親や他の兄弟の言い分に激高してくれたのだけが救いだった。
そうして後は4人で放浪して密猟して後は知っての通り登龍一家に身を寄せているというわけだ。
アルネラの声がタイルに反射して大きく響き渡る。
「ほんっとアルネスもアルネトも頭空っぽなの!?」
「その方たちはご兄弟でしょうか」
「そうよ!」
ここはメルディ邸の大浴場。東方文化に触れたヘンリー・フォン・メルディが邸宅に建設させたものだ。
呪具を作成し、疲れ切っていたアルネラを労りヘンリー卿がこの大浴場を解放したのだ。
冒険者なんて身体が資本の仕事。リーテスの身体にどれだけ古傷が残りまくっていようとアルネラは気にしない。が、湯船に浮かぶ柔らかそうなまあるい双丘だけは恨みがましく見ていた。
「登龍一家に絆されて、家族っていいなぁなんて何考えてんのかしら。そりゃ私だって拾ってくれたのは感謝してるけどぉ」
「何か不満でもあるんです?」
「ただ気にくわないってだけ。あんだけ手も足も出ずにボコボコにされたのに、みんな犬みたいにゴクタさんに尻尾降って」
一家でも他の者と交流を築いている兄弟の中、アルネラだけが馴染めずに取り残されていた。彼女はどんな環境でもウェイクとほどほどに居られたらそれでよかったのに。
ゴクタをはじめとして下っ端から上まで。NO.2という立場でありながら一々自分を気にかけてくるリスイですら煩わしかった。なんなら組長であるリーチですらも。
「私だけがこうなってるの、バカみたい」
「情緒不安定ですか」
「うるさいわね。塀全部を呪具にしたから魔力もスカスカで疲れてんのよ」
アルネラ14歳、多感なお年頃なのだ。
今までウェイク以外に心を開いていなかったはずの兄弟たちが登龍一家月末お好み焼きパーティに参加している。そこへ参加できるだけの余裕をアルネラは持ち合わせて居なかった。
苦笑してウェイクが取り分けてくれたお好み焼きを食べはしたが、他の兄弟たちのように自ら焼いて笑って具材ごとに交換だなんて出来なかった。
「一家の人間が思春期だからって生ぬるい顔で笑っているのも腹が立つわ」
「リスイさん以外の幹部はそれなりのお歳ですしね」
「ずっとこうしたいわけじゃないのよ。でも、今更どうしたらいいかわからないし……」
心身ともに疲れ切った中、アルネラは誰にも言っていない本音を零していた。裸の付き合いで気が緩んでいるともいいう。
そこへ落ち着いた雰囲気で尚且つ過去、冒険者をしていたという共通点のあるリーテスが居れば話さずには居られなかったのだ。
今回のメルディ邸への依頼だって、ずっと登龍一家の中では息が詰まるだろうという思いやりで派遣されているとアルネラだって薄々気が付いてた。
「ずっとこのままなのかしら……ずっとこうやって、私だけが子どもみたいに駄々捏ねてる感じになるのかしら……」
「うーん、あまり気にしなくてもいいと思いますよ」
「どいうこと?」
裸の付き合いで気が緩んでいるのはリーテスも同じで、ここは大人として経験談を話す。
「私も家族というコミュニティに馴染めなかった人間ですから」
「あんたが?」
はい、とリーテスは肯定する。
冒険者という荒事をしていただけ古傷と共にあって引き締まった身体をしているが、顔だけみると小奇麗なメイドそのものである。それもしっかりと家庭を築いていそうな感じの。
アルネラはリーテスの意外な言葉に驚いた。
「私自身のことでもないのに辛いときは苦しみを分かち合って助け合え。家族は一蓮托生、だから支え合えって言われても馬鹿らしくて。家族なら無条件で信頼できるし愛せるなんてイカれてますよね」
「……え、えぇ」
穏やかに笑いながら湯船に浸かるリーテスにアルネラはちょっとだけ引いていた。大人の経験談は少しだけ生々しかったのだ。
「子供の駄々なんて言いますけど、私なんて家を出てからこの歳になっても家族のコミュニティに属せる気がしませんから大丈夫ですよ」
「なにが?」
何が大丈夫なのか全くわからなかった。相談相手を間違えたかもしれない。アルネラは少しだけ後悔した。
「無理に馴染もうとしなくてもいいんですよ。いざとなれば――そうですね、登龍一家が嫌になったら離れる手助けぐらいはします」
「えっとぉ」
「心配しなくても街から街への引っ越しとか、身分をうやむやにして見つからないようにする方法だとか、教えますよ」
登龍一家に身を寄せる一因となったリーテスである。だから、少しぐらい面倒を見てやるか、という気持ちだった。
嘘偽りない親切心だったのだ。何度も言うが裸の付き合いで少々気が緩んでいた。それでいて相手が真っすぐな少女ともなれば頼れるお姉さんで居たかったのだ。
「いろいろ聞いてくれてありがとう! 私だってちゃんと話してみるわ! 教えてくれた掃除のやり方とか使って一家で出来ることからしてみるもの!」
「そうですか。小さなきっかけで案外どうとでもなるものですからね」
満足そうに微笑むリーテスを見て、アルネラは決意を固めた。少しだけ本心を出して登龍一家の人間に歩み寄ってみようと。
さもなくば行きつく先はこの外面だけはいい大人になってしまうのだから。
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