35 人は見た目が9割
説明回
洗練された調度品がなら煌びやかな一室。印象は煌びやか、であるが纏まりがあり派手といった印象は無い。
ただ趣味の良い想像を絶するお金持ちの部屋ってこんな感じなんだろうなぁと思うものがそのままここにある。
「――委細承知いたしました。不肖の身ながらリテイナーズ・サービス、誠心誠意あなたの手足となる召使を努めさせていただきます」
膝折礼をした私を見たアルネラさんがぎこちなく同じように続く。私の膝折礼も見様見真似でやっているものなんだけど、劣化コピーの更に劣化コピーになりそうでちょっと心配。
そんな彼女もメイド服を着ていかにも可愛らしい新米メイドといった風貌だ。誰も冒険者だったとは思いもしないだろう。
新しい派遣先はまさかの大豪邸。あの日、ウェイクさんが伝えたお仕事とはこのお屋敷の清掃だ。なんでも、屋敷の主と交流のある登龍一家からメイドとして女性を派遣することになったらしい。
しかしながら登龍一家から派遣できる適任はアルネラさんだけ。そして彼女は、屋敷の主からの依頼においては適任であったがメイド業務が心もとない。だから一応プロの掃除屋である私が呼ばれたわけだ。
「ぐへ、ぐへへへ」
「旦那様?」
次の雇い主はその……ちょっと外見に個性のある方だった。でっぷりと肥えた腹と薄くなった頭部の金髪。太ましい、いや、丸い。
ともかく言い方は悪いが下々の人間が想像する悪徳領主、悪徳貴族のような容姿の方だ。
彼の名はヘンリー・フォン・メルディ卿。メルディ子爵家の三男で、人材派遣事業をはじめとして流通なども手掛ける経営者だ。
そんな彼が突然笑い出し困惑する。
「失礼。我が主は女性にあまり免疫がございませんのでご容赦を」
「いえ」
すぐさまフォローを入れるのはヘンリー卿の執事、ロコ・インデックスさん。
ヘンリー卿とは対照にスラっとしたイケメン、という言葉が似合うがとにかく胡散臭い。
影でヘンリー卿を操っていると言われても信じてしまいそうだ。ヘンリー卿はリスイさんの学友でロコさんはその後輩。あの人の友達、個性が強いな。
「ひとつ、質問をしてもよろしいでしょうか」
「ぁぁ」
旦那様、声ちっさ。
「正当防衛さえ成立してしまえば、多少の荒事は構わないということですね」
「そりゃ向こうがヤル気なんだから当たり前でしょ」
雇い主の前であるのに口を挟んだのはアルネラさんだ。これは……リスイさんも心もとないと思うかもしれないな。でも田舎から出て来たばかりの冒険者あがりに礼儀を求めるのも酷な話だ。
そんな思いでアルネラさんを眺めると睨みつけられた。まだ私に対する警戒心はそのままのようだ。
「ええ、正当防衛であれば構いません。拡大解釈をしようとも」
「待て、出来る限り穏便に……」
「何を生ぬるいことを言っているのですか我が主。一度わからせて差し上げなければ奴らは調子に乗り続けますよ」
大丈夫かな。さっそく意見が割れているようだけど。あとやっぱり旦那様よりもロコさんの方が強い圧を持っている。見た目は旦那様だって貫禄があるのに。
リスイさんから渡された手紙にもしっかりと旦那様へのフォローが書かれていたっけ。
『ほんまめっちゃええ奴やから! 嘘やないからヘンリーのこと悪いようにせんとって。あ、ロコの方は雑にしといてええで』
あの公園で襲撃して来たアルネラさんであるが、リスイさんからの依頼内容の手紙をしっかりと持っていた。
「その人ん家を汚す心の鎖とかいう団体を潰しちゃえばいいじゃない」
「ええ、法に伴って潰す準備を進めております。ですので、僕が証拠集めをしている間の屋敷管理をお願いします」
今回の依頼内容は屋敷を汚す団体をいなしながらの清掃活動となっている。
人の家、それも貴族の屋敷を汚す団体なんて存在が居るのか? なんて思うけど。世界は、というよりツェントルムは広い。そんな治安が終わっている団体だって居るのだ。
私たちは裏口から入ったのだが、それでも門には卵がぶつけられていたり落書きまでされていて酷いものだった。
「でも心の鎖の奴ら、なんでこんな子どもみたいな嫌がらせしてるのよ。バカじゃないの?」
「馬鹿だからですよ」
今回の依頼の根幹である心の鎖という団体についても説明しておこう。
この団体は女性だけで構成された冒険者クランだ。そして女性保護を掲げながら活動をしている。
クランから追放されたり冒険者として路頭に迷い、行き場の無くなった女性をクランメンバーの一員として加入させ保護している。
ここだけ聞けばいい話なんだけどなぁ。
「私の容姿が金豚悪徳貴族なばかりにすまない……」
「何を言っているのですか我が主! 高潔な貴方が悪徳であったことなど一度としてありますか! それに素敵な個性を蔑ろにする発言はおやめください!」
「ロコ……」
声がちっさい旦那様に代わってロコさん、声でっか。
そして旦那様、ご自身の容姿を気にしていたようだ。あまり容姿に関する話題はしないようにしよう。心のメモに要注意事項として残しておく。
「我が主のしていることは至って健全な人材派遣業務です。路頭に迷った女性を適正の職場に案内することのどこが悪いのでしょう」
「だが心の鎖の方々は屋敷に卵を投げる程に憤慨しているだろう」
「あれは自分のシマを荒らしやがってクソ……いえ、自身の利権を侵犯されていると思い込んでいるだけです。よほど我が主の方が世の為になっているというのに」
なるほどね。ロコさん、この人わりと口悪いな。言い直したけど言い直せてない。
話が逸れたが、心の鎖というクランはただの慈善団体じゃない。世間一般的な目で見ると慈善団体なんだけど。
「私の知る限り、あそこのクランは依頼料の9割徴収されますからね。活動資金の為にメンバーを増やそうと躍起なのでしょう」
「9割って、嵐の狩猟団だって4割だったわよ! ……ひとりがめちゃくちゃ働いて支えられてたのもあるんだけど」
心の鎖は女性を保護し、クランメンバーとすることで活動費用を賄っている。
だから、人材派遣事業によって使える女性が流れてしまうと困るのだ。誰だって好待遇の仕事に流れるもの、なればこそ流出先を潰そうとしている。
その為にヘンリー卿の女性受けの悪い容姿を利用した。醜悪な悪徳貴族に売り払われる女性を守る団体として心の鎖は彼の屋敷に嫌がらせを行っているのだ。
「リーテスさん、何故そこまで詳しいのですか。僕が調べても、内情をメンバーの方は口を噤んで教えて頂けなかったのに」
「あ――……昔、友人が引っ掛かりまして。個人的に良い感情は抱いていませんね」
あそこは行き場が無くなって後にも先にも行けなくなった女性を加入させている。あとは駆け出し冒険者の世間知らずとか。
久しぶりに再会した友達がそんなクランに引っかかっていた時はとにかく驚いたし、焦った。脱退はさせられたんだけど、冒険者をカモにしているクランだけあって泣き寝入りだったのだ。
潰せるものなら協力はしたいんだけど、私に出来ることは特に無いのがもどかしい。
「その方からお話を伺うことは出来ますか」
「すいません、もう亡くなっているので……」
「失礼。けれどもリーテスさんのお話から既存メンバーへ揺さぶりをかけようと思います」
ひとりが口を割ったと思えば、不満を抱えている者の結束も乱れるだろう。
あとは被害者の証言だけ揃えば法的に処罰できるらしいから、このお屋敷での勤務は短くなるかもしれない。
このお屋敷のメイドたちは心の鎖の嫌がらせが酷く、危険が伴うので休職中なのだ。とはいえ屋敷の状態を美しく保たなければならない。
だから危険があっても活動出来る元冒険者のアルネラさんが友人のよしみで派遣され、私にも声がかかった。
屈強な男性が応戦したのでは世間からの心象も悪い。でも、相手が同じ女性なら。アルネラさんのような少女とただの掃除屋である私が相手なら、悪いのは一般人に嫌がらせをする冒険者クランだろう。
一方的に因縁のある相手だ。事態が落ち着くまで気を抜かずに尽力しよう。
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夜道で用水路に落下したりして沈んでいましたがテンションブチ上がりました。