34 生きとったんかワレ
ひとまず場所を移し、暗殺者? への事情聴取だ。主に休憩所として使われている屋根のある休憩所へと向かう。
ランさんたちには引き続き武術教室を続けてもらっている。サシで話し合おう。
「私はリーテス・イーナスと申します」
「知ってるわよ」
「私はあなたのお名前を知らないので」
「……アルネラ」
バツが悪そうであるとはいえ意外と素直に教えてくれた。こういう所に人となりが出るよね。
「ウェイクさんとは幻弓と呼ばれる冒険者のことでしょうか」
確かあの冒険者の名前はウェイク・ヒアードだったはず。二つ名でだいたい覚えているから名前がしっかりと合っているか分からないけど。
「まさかお亡くなり――」
「になるわけないじゃん! ウェイクさんが!」
「では何故仇などと」
紛らわしい。
余計な罪悪感を付けさせるような真似をしないで欲しい。では、本当になんで?
生きているのに襲われるなんて言いがかりも甚だしい。重大な後遺症でも残ったかな。
依頼の途中で負傷して無駄に生き残りどうしようもなくなるのは冒険者として珍しくない。きっちり死んでおいた方がマシなこともあるぐらいに。
「アンタのせいで、ウェイクさんはキャバの黒服やってんの」
「黒服」
「カス客冒険者だって相手にならないぐらい凄いんだから」
この子、密猟者のひとりかな。密猟者の幻弓ことウェイクさんが引き連れていた後輩、三人のうちのひとり。ゴクタさんにボコボコにされていたはずだ。
改めて見ると、誰だって彼女は美少女だと声を揃えるだろう。菫色のツインテールと意思の強そうな瞳。まだあどけなさの残る年頃だ。
こんな子ども相手にゴクタさん、容赦ないな。エプルさんの時もそうだったけど。
それにしても思いも寄らないところで近況を聞いてしまった。
「ぼったくりでもさせられているとか?」
「させられてないけど」
それならいいのでは?
冒険者は男が多いから、そういったお店はやっぱり人気で。それでいて、酒も入った脳筋の宜しくないお客様相手にする黒服は戦闘能力が必要となる。
街中なのに。
「まっとうなお店なら天職ではないのでしょうか」
「ぅう……ううう」
「泣かないでください。私が虐めているように見えるので」
冒険者相手の商売はよほどの強かさがあるか、力で黙らせられるだけの実力行使が大切だ。それならあの人は天職だと思うんだけどな。
黒服の怖いお兄さんにぴったりだろう。
「だって、キャストからモテモテになってるし……! 昨日だってみんなで焼き芋パーティする予定だったのに店の打ち上げにとられたし!」
「ご壮健で何よりです」
朗らかだな。みんなというのは登龍一家か、それとも元嵐の狩猟団のことか。
どちらにせよツェントルムの生活に馴染んでいるようだ。
「あんたさえいなかったらウェイクさんだってとられなかったのに!」
「見事な言いがかりですね。ウェイクさんの仕事ぶりが評価されたのだから仕方がないとは思いますが」
文句を言いつつも少しだけ下手に出る。するとアルネラさんはもじもじと俯く。
「それはそうだけどぉ。ウェイクさんが凄いのは当たり前なんだけどぉ」
なんというか。この子、いろんな意味でちょっと心配になるな。
いきなり大号泣したり怒ったり照れたり。ウェイクさんが心配する後輩のひとりというわけだ。後二人もこんな感じなのだろうか。
彼もまだまだ年若いはずなのに大変だ。殺されかけたとはいえなんだか同情する。
「だいたいの事情はわかりましたが、次は刃物を向けるなんて危ないのでやめてくださいね」
素早さこそあったもののアルネラさんの殺気や動きは読みやすいものだった。だから大した脅威では無かったのだが、刃物を向けられていい気はしない。
しっかりと釘を刺して置かなければ。
「もし、次にこのようなことをしたら――」
「したら」
「あなた方の上司に言いつけます。そうですね、もっとモテモテになりそうな場所への栄転をお願いしておきましょうか」
ウェイクさんは困るかもしれませんが、と付け足しておく。たぶんだけど、リスイさんなら多少の無理は聞いてくれるんじゃないかな。
驕りではなく、ウェイクさんの相手をしたのは貸しになったはずだ。ランさんはカチコミに来たラクリマの相手もしていたらしいし。そのおかげというには大層かもしれないけど、登龍一家の人間は傷付けられていないのだから。
それにアルネラさんは末端とはいえ登龍一家の人間だ。下っ端の不始末は上に見てもらおう。いきなり理不尽に襲い掛かってきたのはあっちだし。
「……仕方ないでしょ。ウェイクさんを倒したのがどんな相手なのか気になったんだから」
「納得はしていただけましたか」
「ま、まぁ! あんたが強いってことはわかったからいいわよ」
どうだろう。私が強いというよりはアルネラさんが弱いという気がするけども。
本人に言うのは酷だろう。
「アルネラ! 遅いじゃねぇか。何か問題で――」
話し込んでいると、アルネラさんを呼びかける声がした。そしてその声が最後まで発さることはなく。
「ッヒ、アアアア!」
悲鳴が上がる。引きつったような高い悲鳴。
思わず耳を塞いでしまった。
「何なんですか」
「ウェイクさん!」
深緑色の髪の黒スーツの青年が腰を抜かして私を指さしていた。
……あの時の密猟者だ。となると、彼がウェイク・ビアードなのだろう。
「おま、お前! 死んだはずじゃ」
「死体を確認して初めて言っていいセリフですよ、それ」
わかるけど。大きな虫でも殺した筈なのに死骸が見つからない時って一番怖いよね。人間だって死体の見つからない時が一番怖い。
もしかしたら、そういった怖さを言っているんじゃないかもしれないけど。
「うるせぇな。爆発と崖に落ちた奴以外はだいたい死んでんだよ」
「ウェイクさん大丈夫です! この女生きてますオバケじゃないです! さっき触れました!」
死体の見つからないヒトコワ系じゃなくてゴースト系の怖さで言っていたか。
それにアルネラさんの触れましたは投げ飛ばした時だと思うんだけどそんな言い方をしなくても。
アルネラさんとウェイクさんは今も仲良さげに騒いでいる。このままでは埒が明かないと二人の間に割り込むことにした。
「ウェイク・ヒアードさんですね。噂はかねがね伺っています。アルネラさんに用があったのでは?」
「あ、ああ。リテイナーズ・サービスへの使いはどうしたんだ?」
「えーとぉ……そのぉ、」
すごい挙動不審にアルネラさんは視線を彷徨わせている。
なるほど、彼女はお使いできたのだ。リスイさん経由で何かリテイナーズ・サービスへの依頼だろうか。
今までも何度か至って普通の掃除の依頼を受けていたからそのひとつかもしれない。こうやって人を使って来たのは久しぶりだけど。
ここは私が話を聞いたほうがいいだろうな。
「私がリテイナーズ・サービスの代表を務めています。お話ならば伺いますが」
「お前が……いや、まぁ確かに。あの戦闘力なら……うん? リテイナーズ・サービスって掃除屋じゃないのか」
ごちゃごちゃとウェイクさんは考えているようだ。やはり掃除屋だと認識されているのは嬉しい。
勘違いされた後に気まずくなって辻褄合わせのように“じゃあ、掃除お願いします”と言われるのはなかなかに辛いものがあった。
こっちだって掃除として向かっているのに“じゃあ”といった態度をとられると気まずいのだ。リスイさんとは別口の依頼で何度か勘違いされたものがあったほどで。
「戦闘の心得があるだけの掃除屋ですので」
「お前、本当に傭兵じゃなくて掃除屋だったのか……でも、リスイの旦那が言ってた条件には合うな。アルネラがこんな感じだからせっかくだ、俺が話す」
何やら新しいお仕事の話のようだ。私は居住まいを正した。