31 どんぶり屋
向かった先は近くの丼屋。ご飯とおかずが一気にとれ、早くて安いと評判の店だ。冒険者相手の店なので小洒落た店よりもこういった量が多い店の方が喜ばれるのだ。
無人販売所で他人丼の食券を購入し、店員に渡すと一瞬で提供がされた。予め卵や出汁、具材を用意しているから乗せるだけで完成するのか。それなら大量生産しつつこの値段で出しても利益が出ると。薄利多売だな。
「何考えてんだ?」
「あ、いえ。特には何も」
何から話したらいいかわからなくてついどうでもいいことを考えてしまった。手持ち無沙汰になるとつい思考が飛んでしまう。
「最近は何か変わりがありましたか?」
従属獣用の生肉を食べるミツさんを眺めながら切り出す。
「最近は副マスの機嫌が地を這っててやばい」
「ヘルマンさんが?」
「マスターからの定期連絡が途絶えてるんだよ。極北大陸での活躍は聞こえてるから元気にしちゃいるんだろうが」
「……ヘルマンさん、マスターが大好きですもんね」
そうなのだ。暗夜行の副マスターであるヘルマンさんはマスターしか目に入っていない。
だからメンバーがどれだけ揉めようと暗夜行の運営さえ順調に進めば気にしない。ファジルさんが「大好き、ね」と含みを持たせて笑っている。
好意的に言って“大好き”という表現を使ったが、実態は心酔に近いだろう。
「でもマスターが心置きなく冒険者を出来るのも、ヘルマンさんあってのことですし」
「リテイナ、お前あんな仕打ちされておいてよく擁護出来るな」
擁護したわけじゃない。ただ事実を言っただけだ。それに関してはファジルさんもよく私とご飯を一緒に食べられるなと感じるけども。
「だってマスターですよ」
暗夜行のマスター、モルガナ・モルデンは“英雄”という二つ名でも呼ばれ、私を含め誰からも羨望されるような人だ。
何百年にも渡り数多の犠牲者を出したドラゴンの討伐や、部族間闘争でさえ両部族と交友を結び終結に導いたり。人間か疑わしいほどの活躍と経歴を持ち武力と人柄、どこをとっても憎めない人だ。
でも、クランの運営といった経営仕事が出来るかと言われれば絶対に無理。冒険者らしい冒険者なので。
「英雄のクランである暗夜行は一目置かれるクランじゃなきゃならねぇ。舐められるなんて論外。外からの見栄えさえよけりゃ内情がぐちゃぐちゃでも構わねぇ」
カツ丼をつつきながらファジルさんは呟く。
「副マスが暗夜行を運営してるのもダイスキなマスターを飾り立てる為で、俺たちなんて代えの効く部品程度にしか思ってないんだろ」
「それは……」
気まずい。正直否定できないどころが真実だと思う。
暗夜行は南部大陸でも五本の指に入るようなクランだ。他のどの王手ギルドよりも構成員の数は少ないが依頼の達成率や冒険者の平均ランクが高い。
クランであれだけギスギスと揉め事を起こしていた“白姫”スノウさんや“黒姫”ルーナさんだって外部の人間から見たら栄えある暗夜行の二枚看板だ。よほどのことがない限りヘルマンさんも咎めはしないだろう。
「次に帰ってきた時にでも、マスターに言わないんですか、内情を。いろいろと不満があるのでしょう。きっと話を聞いてくれると思いますが」
「言えるかよ。マスターはみんな仲良しのクランが好きなんだぞ。あの人が冒険者をする以外で頭を悩ませてる姿を見たくねぇ」
英雄に対する心酔から暗夜行の運営までしているヘルマンさんであるが、なにもマスターへ憧憬があるのは彼だけではない。
マスターを知る人間ほど拗らせているのだ。
だからマスターに近い暗夜行の幹部格の人間は醜態があれば全力で揉み消そうとするし、マスターには綺麗な部分しか見せようとしない。旅から久しぶりに帰ってきたマスターが見るのは皆で仲良く冒険者をしている姿だけ。
「私もマスターに直接言えませんでしたから、あなたに口を出す資格はありませんね。ランさんが居なければ私もたぶん、現状維持をしていたでしょうし」
「あー、お前はマスターに直接誘われたんだったか」
冒険者を辞めて、金に困っていた時。
暗夜行のハウスメイド求人を見つけて飛び込むとその先にいたのは世界を股にかける英雄様にしてマスターのモルガナさん。その後ろではヘルマンさんが選別するような強い眼差しで私を睨みつけていたっけ。
軽く話をして、そして『キミの力が欲しいなぁ!』なんて言われてしまったら頷くほかなかった。
結局マスターはクランにはほぼ居ないし仕事はどんどん増えていったんだけど。
「そうだ。リャオ、リャオ・ランだよ!」
思い出したかのようにファジルさんが声を上げた。
「何か気になっていることでも?」
「リャオが登龍一家子飼いになってるって噂」
「ただ掃除に行っているだけですよ。ついでに言うと、その業務も今日が最終日です」
噂に尾ひれがついて勝手に泳ぎ出しているようだ。
「はは、今度噂をみかけたら否定はしとくよ」
「助かります」
「リャオに対してはみんな同情してる奴が多いしな」
私はひとりで好き勝手生きるのが慣れているから別にいい。でも、ランさんを巻き込んでしまうともなれば話は別だ。
まだまだ私たちの醜聞が収まる気配は見えないけど、今後を考えなければいけないかもしれない。
「ルーナのやり方で良いって奴と、スノウに付く奴らで揉めててな」
「いいんですか。こんな話を部外者にして」
「だってお前、他に人付き合いもないだろ。うちの内情を知ってる噂を広める相手も居ない部外者は貴重なんだよ」
愚痴ぐらい言わせろよ、とファジルさんは項垂れる。失礼極まりない発言であるものの彼も疲れているのだろう。
「うちのクラン、たぶん長くないんじゃねぇかな」
「と、言いますと」
「ルーナはともかくスノウは新人だ。マスターへの感情はあんまり無ぇ。だからギスってクランがどうなろうが知ったこっちゃないだろ」
俺も次の所属先を探さねぇとな、とファジルさんは乾いた笑いを零していた。