30 冒険者窓口環境科
役所は平日といえども常に混んでいる。向かった先は冒険者窓口、環境科。
人は多いし窓口が沢山ありすぎてとにかくこういった役所関係は面倒だ。
「51番の方~」
書類を提出するとまた書類確認の待ち時間が発生する。
再度私の番号が呼ばれるのもそれなりに時間がかかった。とはいえ呼ばれてしまえば手続きは一瞬。
「はい、ミツちゃんのご登録承りました」
「ありがとうございます。登録証、確かに受け取りました」
ミツちゃんというのはこのトラネコの名前だ。個体識別名が必要だと知り咄嗟に名付けたのだ。
見た目がミツバチっぽいし色もハチミツっぽいな、なんて安直な名前。でも所詮は名前。
動物にしろ人間にしろ、個体が識別出来るならよほど奇妙なもの以外はなんだっていいだろう。他は呼びやすいことも重要なぐらいで。
「許可証は常時持ち歩かなくても結構ですが、再発行にお時間がかかるので紛失にはお気を付けください」
受け取ったカードには第二種保護魔獣使役許可証と書かれていた。
許可証やら免許証やら何かと守らなくてはならないものが多いのだ。特に冒険者は危険なものを扱う機会が多い分そういった決まり事に雁字搦めだ。
国の騎士様なんかはそういったものが免除されているのに。
同じ命を懸けているのにちょっと不公平だと思う。一般人からすると、暴力が意思を持って歩いていたら怖いのはわかるんだけど。
「紛失しないよう気を付けます」
命のやりとりを極限状態でこなしながら運が無かったり弱い人間から淘汰される冒険者業界。
生き残った人間はちょっと狂ってるなコイツみたいなのがそこそこ居るのだ。だから和やかに冒険者を捌いている役所の受付には素直に尊敬する。
「ありがとうございました~」
そんな余談はどうでもいい。窓口から出て、少し広いベンチに座る。ミツさんに挨拶だ。
挨拶という一番最初の基本が出来ない人間は何をやっても駄目なのだから。
「ミツさん。改めて、よろしくお願いします」
「にゃ」
……返事したな。私が目を合わせて声を出したから反応して鳴いただけだよね?
ミツさんは扱いとしてはペットとなんら変わりないのだが、書類上は私の従属獣となっている。もちろんいくら電撃が放てるとはいえ戦わせる気は全く無い。
そもそも掃除屋が戦闘行為をしている事態がおかしいのだ。山から付いてきちゃったのだからミツさんが飽きるまでは面倒を見よう。
「よくもまぁ大人しく従属魔法をかけられましたね」
「みゃあ」
本気を出せば一般市民なら殺せる魔獣なのだから仕方がない。役所で契約魔法を結んでもらった。
もしも突然人を襲うような暴れ方をした場合は従属契約魔法の呪縛によって私が止められる。この魔法、元は奴隷の反乱防止魔法だったらしいから術式を調べると闇が見えるんだよなぁ。
現在の法律では人間相手の使用は禁じられているが、実は今も裏社会では借金奴隷にかけられていたりするらしい。
「首輪か腕輪か。私の所の子だと分かりやすいものを買いに行きましょうか」
「みゃあ!」
「もしも山に帰りたくなったら外していただいても構いません」
「……みぃ」
言葉が通じていないとしても関係ない。この説明は私が納得する為のものだ。
こうして話して自分自身にも納得をさせている。状況の整理は人によっては紙に箇条書きをしたり、いろいろとある。
私の場合は声に出した方が整理しやすいというだけ。
「踏まれたら大変ですからまた抱き上げますね。……成体になったら持ちあげるのが大変そうですね」
「み゛~!」
登龍一家に顔を出しておこう。一応世話になったわけだし。
「リテイナ!」
ペシペシと叩かれているのを宥めてミツさんを腕に上げる。すると後ろから声がかけられた。
相手の方へ向き、確認すると暗夜行の冒険者。
「リャオと傭兵になったって聞いちゃいたが調教師まで始めたのか」
「傭兵にはなっていません。事業としてはランさんと掃除屋を始めました」
彼は何属の獣人だったか忘れたがクリーム色の髪と大きな耳が特徴的な剣士のファジルさんだ。ランクは一般冒険者にとっての最高位であるダイヤ。
元同僚との遭遇に動揺を悟られないように「お久しぶりです」と挨拶をする。
「ファジルさんはどうしてここに?」
「誰かさんが辞めてくれたおかげで書類提出の使いっ走りだよ」
「わざわざあなたが来なくても」
「書類を間違えずに提出してさっさと帰れる人間が少ないんだよ」
あぁ……と遠い目をする。身体を動かすことが大好きな冒険者。基本的に彼、彼女らは書類仕事に向いていない人種なのだ。
役所で正解の冒険者窓口にすっと辿り着けるかどうかも怪しい。
ファジルさんはそういった仕事が出来る方の人間だった。
「その節は悪かったな」
「いえ」
心からの謝罪かと言われると、どうだろう。たぶんだけど何とも思っていないと思う。会話に必要そうだから謝罪を口にしただけ。
彼は悪い人ではないのだが、事なかれ主義なのだ。揉め事があれば大事になるより先に納得してやり過ごす。相手に非があろうが異論も唱えない。
ムードメーカーになれずとも必要最低限の潤滑油になるような人。個性の強いパーティメンバーを纏め役としては必要な存在だ。
「奢るからさ、昼飯でもどうだ」
「せっかくのお誘いですがミツさんを連れているので……」
「ここいらは冒険者向けの店も多いんだ。従属獣ぐらいは入れるさ」
しまったな。仕事を理由に断ればよかった。でも近況報告がてら、と言われてしまえば頷くほかない。
なにも暗夜行の全員が私たちの悪い噂が振り撒いているとは思っていないし、全員が信じているとも思っていない。だから三カ月近く経った今、元職場がどうなっているのかは気になったのだ。
向こうも私たちが気になるみたいだし、お互いに野次馬をしても許されるだろう。