28 三人工
病室を出ていく二人を見送りながらリスイさんが口を開いた。
「あの子もともとラクリマの犬やろ。遠ざけても今更やて」
「自己満足なのでお気になさらず。それで、結局あの密猟者たちは何だったんですか」
断片的に密猟者から聞き取れた情報からはラクリマと無関係。
状況を整理しよう。
調べた限りでは、登龍一家とラクリマファミリーは互いの縄張り争いで抗争の末ラクリマが退いた。そして今はそのお礼参りに来る残党狩り。
まぁ間に呪具を贈ったり贈られたりといろいろあったのだが。
このぐらいしか知っている情報はない。
「あれな、ただの火事場泥棒」
は?
「そんな三下じみたこと。対人慣れして転移技持ってて白兵戦も出来る弓兵で魔道士ですよ。あの実力なら誰かしら雇い主が居るのでは?」
「って思うやん。でも真相はワシらの目がラクリマに向いてる間に山ん中でトラネコ獲っとるだけやったんよ」
そんな、本当に? 個人の犯行ってこと? 捕まったら何されるかわからないギャング所有の山で密猟なのに。どこぞの組織ぐるみの犯行だと思うだろう。
それでなくてもあの実力、冒険者としても傭兵としても引く手数多だろうに。
「所属してるクランが解散した冒険者崩れやて」
「その可能性は考えていましたけども。わざわざ密猟なんてしなくても良さそうなのに」
「クランが良くない解散したら、よっぽど実力ないと次の所属があんま決まらんって姉チャンはようわかっとるやろ」
個人が良くないクランの抜け方をした場合はもちろん、クランそのものが解散しても当然悪い噂は立つ。
内部の事情がわからない外野にとって、解散の原因かもしれない危険因子を加入させる訳にはいかないからだ。
「少なくとも実力はあるようでしたが」
「いうて、4人纏めて加入さしてくれるクランがどんだけあるかっちゅうことやな。しかも他3人は無名の新人」
「あー……。絆強そうでしたからね」
聴取した内容によると、食うに困って可愛い後輩と日銭を稼ぐために密猟者になったと。
軽い気持ちで行った山のお掃除がまさかこんなことになるなんて。余計に疲れた気がする。
「ま、リーテスさんのおかげであの“幻弓”とその後輩クンたちを登龍一家に引き入れられたから助かるわ」
「幻弓って確かオキデンスのプラチナ冒険者ですよね」
「せやで」
「クランは……あー、嵐の狩猟団か」
所属していたクランの名前だって聞いたことがある。ツェントルムと同じぐらいの大きな街にあるとんでもなく悪名高いクランだ。
ずっとクランを支えていた人を無報酬で働かせ、孤立させた挙句に追放したとかいう。
それも他のメンバーがマスターに同調してひとりを搾取し続けていたとか。他のメンバーの装備費用まで出させていたとか。心身ともに壊して働けなくなった瞬間、逆に迷惑料を取ろうとしたとか。
数ヶ月前、ついにその悪事が白日の元に晒されて解散。私が知っている嵐の狩猟団の噂はこんなもの。
それならうん、幻弓さんはともかく他も次が決まらないのも納得する。離れた街の私が知っている程度には有名で経歴が傷だらけなんだから。
「密猟者の次はギャングって、冒険者崩れの進路として状況は一切変わってませんね」
とはいえ居場所のない人間にとって与えられたそれはどれ程のものだろう。しかも自分たちに非がある喧嘩を売った後で、殺されてもおかしくない状況だったのに。
登竜一家は恩を売りつつ戦力を獲得、どちらにとっても悪くない話ではあるんだろうけど。
「ワシら、家族は大切にするのに酷い言われよう。それよりも……怒った?」
どことなく気まずそうなリスイさんに首を傾げる。怒ったとは?
「姉チャンが殺されそうになった相手を一家に加えたわけやし」
「まさか。私の仕事は山のお掃除ですから、掃除さえ出来れば他は関係ありません」
リスイさんが一瞬フリーズした。すぐに動き出したけど。
「あはっ、リーテスさんやっぱ傭兵向いとるよ。今からでも転職せん? 高うで雇うで」
「結構です。私は召使であり掃除屋なので」
何故こうも傭兵を推されるのか。
それにしてもあの密猟者――名の通ったプラチナ冒険者だったかぁ。道理で一筋縄じゃいかない訳だ。
あの時、トラネコが襲いかかってくれなければ本当に殺られてたな。
「あ、これ忘れんうちに渡しとくわ」
報酬に対する内訳の書類だった。そういえばほぼ仕事も終わりだったな。私はあと1日様子見で入院だけど、屋敷の掃除はほぼ終わっていたし。
残りはランさんが通ってくれる。
「これ、治療費込みだとしてちょっと多くありません?」
「そうでもないで」
まさか口止め料的な。
後で揉めても嫌なので確認はとっておこう。口に出さず、察しろというような交渉はしない方がいい。
「二人工の7日間で請求をしていたはずですが」
この前の迷惑料だと受け取ったが、そもそも前金だけでも破格だったのだ。
プラチナクラスの冒険者を取り込めたとしても、あくまでも結果論。
「せやからエプルちゃんおるやん。あの子含めて三人工、やろ」
あの子は付いてこさせただけ。やることがないのも退屈だろうから草むしりなどはお願いしていたが……
けれどもリスイさんからしたらしっかりと働いていたらしい。物怖気もせず、元気よくしている姿は短い間であっても人気者となっていたのだとか。
「うんうん、やりがい搾取はあかんよ。それにリテイナーズ・サービスとは今度とも御贔屓にやっていきたいし」
「……肝に銘じます。ありがとうございます」
「今度はちゃんと掃除屋としてワシも宣伝しとくわ」
こういうところは真面目なんだな、と反社組織の若頭というレッテルを抜きにして見直した。
【合同レポート リャオ・ラン&エプル】
リーねえが居ないあいだ、イオくんといっしょにおそうじたくさんしたよ。
ゴクタくんの作ったたまごのおかしもおいしかった! エプル
リーテスさん、お身体は大丈夫でしょうか。不肖ながら留守を預かりました。
昨日の夕方、ラクリマ・ファミリーの者たちが屋敷に押し入ってきましたが皆無事に鎮圧することが出来ました。
こちらのことは心配せず、治療に専念してください リャオ・ラン
【Re:合同レポート リーテス】
エプルさんもたくさんおしごとをしてありがとうございます。リスイさんが大変ほめていましたよ。
たまごのおかし、私もこんど作りたいと思います。
ランさんにも心配をおかけしてすいません。当初の予定よりも長くかかってしまいました。
その間のエプルさんも見ていただきありがとうございます。
あとラクリマの方たちが来たと始めて知りました。ランさんの強さに関しては心配していませんが、それでも無事でよかったです。
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