27 お話
山の清掃作業で疲れて休んで。次に目が覚めた時には病院のベッドの上に居た。
「リーテスさん!」
私が目を開けたと同時に聞こえてくるランさんの声。どれだけ人の気配に聡いんだ。
一言たりとも私は言葉を発していないのに。
「リーテスさん、怪我して、運ばれてきて、」
「はい。多分ですが異常はありません」
私以上にランさんが動揺していた。この人でもこんなに取り乱すのかと少し驚く。
自分の身体を見て、病院着にぐるぐると巻かれた包帯だったが手も足も動くし大丈夫だろう。
ふと窓の外を見るとまだ明るい。影の形的に午前中だろう。なんて考えていると普通に部屋には時計があった。
うん、予想通り午前9時20分。
「えーと、まず今日は何日ですか」
「7日。リーテスさんは運ばれてきて半日寝てた」
ということは。依頼をこなしたのが5日で、移動に半日かかっていたとすると――ほぼ丸一日寝てたのか。
運んだのはゴクタさんあたりだと思うんだけど密猟者も含めて手間をかけさせたかもしれない。
「……お客様相手にやらかしました。すいません、減給かもしれません」
「そんなの別にいい」
せっかく働いてくれていたのに申し訳ないな。それも密猟者を舐めてかかっていなかったというと否定出来ないし。
少しばかりいろいろと心得があるから、出来る気になっていた。
今回は引き際を見誤った。勘が鈍っていたともいえる。
「ランさんの武術指南を受講する時かもしれませんね。私もしっかりと身体を動かした方が良さそうです」
「どうだろう。逆に変なクセがつくかも」
「では手合わせに留めておきましょうか」
「そっちの方がいいと思う」
いい案だと思ったんだけどそれもそうか。
動きが固まっているところに全く違う動きを取り入れられるのは一部の人間だけだ。私の戦い方は決まった流派なんてなく見様見真似でごちゃまぜな感じだ。
まず戦闘なんて普通に生活していたら起きないなんて話は置いといて。
「確かランさんのご実家って皇帝陛下の護衛とかも輩出してるんでしたっけ」
「強い奴と闘おうと思ったら皇帝を狙う暗殺者を待つのが一番効率がいいんだって」
「戦闘民族ですね」
東方大陸は皇帝に権力が集中している。だからその護衛や暗殺者はおのずと手練ればかりになるそうだ。
嫌な切磋琢磨だな。
「リー姉!」
「わっ」
ランさんと話し込んでいると小さな衝撃。エプルさんだ。
ぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。
「姉チャン目ぇ覚めたんや」
「リスイさん」
えぐえぐと鼻をすするエプルさんを撫でていると遅れてリスイさんがやってきた。お見舞いにランさんと一緒に来ていたらしい。
それにしてもエプルさん、なんとなく毛並みが良くなっている気がする。私が居ない間も登龍一家で可愛がられていたようだ。
「減給ってそんなんするわけないやん。治療費ものしとくで」
「それなら有難いんですけど。それで、あのやけに手練れの密猟者はなんだったんです。ゴクタさんやラントさんは大丈夫なんですか」
「一気に聞かんでや。順番に話すから」
何があったか、そもそもあの人たちは何だったのかは気になるところ。
内密だと言われるのも覚悟していたが教えてくれるらしい。
「まず、ゴクタは無事。二人とも疲れてるだけで元気やで」
「疲れているのなら元気ではないんじゃ……?」
「細かいことはええねん」
密猟者の数は全部で4人。ゴクタさんが追跡した3人は斥候の心得があったもののしっかりとボコボコに出来たらしい。
呪具を主体とする魔道士や対人慣れしていない者たちで構成されていたのだという。
そして時間は食いつつもラントさんと合流。3人ボコして縛り上げ、戻ってきたら白目を剥いて縛られている男とトラネコに囲まれて寝こけている私を発見したのだと。
「ま、そんでゴクタから連絡もろて何人か送って運んで来たんや。うちとて舐められたらあかんしたっぷりお話させてもらわなあかんやん」
うわぁ。ギャングとのお話って五体満足で居られるのかな。
「お話ですか」
冒険者も舐められたら終わり、みたいな業界だけどクラン同士の抗争になりそうなら冒険者ギルドが介入するし。
あ、でもそう考えると個人同士の喧嘩なら手足が吹き飛ぼうが最悪死のうがクランで解決してね! といった感じになるので変わらないかもしれない。
一般市民相手には警備隊も動くのだが冒険者身分になった瞬間、保護対象から外れるのだ。冒険者同士の揉め事は一気に治外法権となる。
まぁ常に(だいたい学もなく)暴力で語り合って増えたり減ったりしてる人種だから仕方ないか。
「何想像してんねん。普通のお話や」
「顔に出てました?」
「出とったよ」
だって、ギャングとお話なんて拷問の末に山中で骨になって発見されそうだし。
リスイさんが顔を手のひらで覆う。「冒険者並みの蛮族やと思われて悲しいわぁ。シクシク」なんて下手くそな鳴き真似をされても。
茶番もほどほど。すぐに乾ききった眼で先を言う。
「ワシらが手を加えるまでもなく全員虫の息になっとったし。特に姉チャンが相手したやつ、一番重症やったで」
私は手加減が出来る程に強くはないのだ。手加減は強い人間だけが使える特権なんだから。
それにどちらかというと虫の息にされた側だと思うんだけど。
ランさんも「流石リーテスさん」じゃないんだよ。
「エプルさん、少し席を外し……ランさんと、お昼ご飯を食べてきてください」
「えー!」
一緒が良いと慕ってくれるむず痒さを感じながらも首を振る。なかなか納得してくれそうにないがこうなれば。
物で釣ろう。
「何でもお好きなものをどうぞ。ランさん、後で共有しますのでお願いします」
「ウン」
「エプルさん、甘いものが食べたいです。私はベッドから動けないのでお土産をお願いします」
「……わかった」
渋々といった感じにエプルさんは納得してくれたようだ。
血生臭くなりそうな話を聞かせたくない。教育に悪すぎる。
それに話は長くなりそうで、突き合せるのも悪いし。