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【断章】4

ストック分は出来るだけ毎日投稿したいところ

 固いベッドの上で青年は目が覚めた。

 起き上がろうとして、指一本動かせない。あんなことをしでかしたのだから当然かと、青年――ウェイク・ヒアードは結論付ける。


 彼は南部大陸の西にある都市、オキデンスの王手クラン嵐の狩猟団(ワイルドハント)に所属する冒険者だ。その活躍は幻弓(インフィニート)という二つ名を聞けば誰だって彼の顔と名前がすぐ合致する程には知れていた。

 ランクはプラチナで、斥候として主に森林地帯での活動を得意としている。歳若くしてクランの中でも主戦力に数えられていたほどの人間である。

 という過去形を持つ。


(ここはどこだ?)


 辺りを見渡すと何処にでもあるようなアパートメントの一室。お世辞にも綺麗とはいえない。

 掃除が行き届いていないという意味ではなく、単純に古くてボロいのだ。


「あっ起きとる!」


 開いた扉の音。目を向けると年若い男と目が合った。男は急いで何処かへ駆け出す。

 きっと自分をここに連れて来た者を呼びにいったのだろう。

 そこでウェイクは一つの疑問が浮かび上がる。


(何故生きている?)


 嵐の狩猟団(ワイルドハント)が解散して、次の所属先もなく。

 後輩三人と各地を彷徨った挙句に何処か遠く、自分達を知らない人間が居る場所へと向かう為の資金調達をしようとしていた。

 その資金調達先がギャング、登龍一家の管理する山での密猟だった。


(あいつらはどうなった)


 結果として登龍一家に雇われたであろうメイド服の女と、捕獲しようとしていたトラネコに手痛いしっぺ返しを食らいこのザマだ。

 ギャングは何よりも尊厳を大切にする。だから登龍一家が直々に管理する山で狼藉を働いた自分が生かされている意味が分からない。

 理由として考えられるのは、見せしめぐらいだ。けれども治療はされているようでますます意味が分からなかった。


「おはよ、起きたって聞いたけどまだまだ本調子や無さそうやな」


 ぐるぐると悩んでどれほど経っただろうか。着流しに白髪の男が部屋へと入ってきた。

 さきほど目が合った男がぺこぺこと頭を下げている様子からそれなりの地位にいるものだとウェイクは察する。


「お前は……」

「リスイや。そんでワシ、登龍一家の若頭」


 若頭とは組織の実質的なNo.2だ。

 思ったよりも大物が出てきてウェイクは訝しむ。


「何の用だ」


 見せしめとして殺すのなら下っ端にやらせればいい。

 所有している情報は共に密猟を行った後輩たちと共有している同じものしかない。


「喋れるみたいで良かったわ」

「話す以外に出来なくしてるんだろ。厳重な拘束だな」

「え? 拘束なんてしてへんけど」


 身体が全く動かせないと言ったウェイクにリスイは苦笑する。

 そこで初めて自分の状態を聞いた。


「頭蓋骨及び顔面骨折、脱臼、あと腕は筋断裂で骨も罅入っとるで。ついでに感電の影響で身体の指揮系統がイカれてるみたいやな」

「……重症だな」

「スーパードクターに診せたったんやから感謝してな。身体動かへんのはもうすぐ治る思うで」


 外科手術及び回復魔法と薬、さまざまな手を使って今の状態となったらしい。リスイ曰く、この街には贔屓にしている腕利きの医者が居るのだと。


「随分と丁重な看護じゃねぇか」

「それほどでもあるわ」

「先に目的を言え」


 理由なく救われるというのは恐ろしいものだ。

 見せしめに殺す為だとしても、あんな状態から治療されるのは()()()()()()

 命は軽い。治療するコストと殺害するコストでは後者に比重が傾くことだってあるのだ。


「起き抜けで悪いけど、今から面接しよか。ワシらと気が合うか知りたいだけやから気軽に答えてや」

「……面接? 落ちたらどうなる」

「ちょっと死ぬだけやから後のことは心配せんでもええよ」


 死んだらそれまで。後のことは何も考えなくていい。

 だから心配せずに答えろとこの男は言っているのだ。


「なるほどな」


 よくある話だ。

 登龍一家は嵐の狩猟団(ワイルドハント)に所属していた冒険者を引き入れようとしている。クランやギルドから干された冒険者が()を見つけるのは難しい。

 行きつく先は流れの傭兵か、ギャングの子飼い。もしくは野党か。なんにせよ底辺であるに変わりない。


「普通に脅迫じゃねぇか」

「合わんかったらワシら舐め腐ってくれた分の落とし前付けてもらうだけやし、腹割って未来のこと話そうや」


 人間同士の戦も多い他の大陸において傭兵は立派に職業として成立しているが南部大陸は違う。

 南部大陸では強力な魔物が多く、生息域も広い。人間が争っていて生きていける環境では無かったのだ。

 だから冒険者と呼ばれる職業が重宝された。魔導機器が登場してからは魔物が体内に持つ魔石の需要によって更に冒険者が必要とされるようになった。

 一方傭兵はというと――需要が無かったのである。


(ま、どうせ見つかったら死ぬ覚悟は出来てたんだ。捕まったのは誤算だったが)


 南部大陸において傭兵とは、主に冒険者が雇うもので下働きと同義。何にもなれなかった者が最後に行きつく仕事。

 感覚としては足りない人間の一時的な穴埋めであり、商会などが利用する派遣従業員に近い。護衛が必要であれば対人専門の警備会社がある。傭兵は冒険者としての身分すらなく、冒険者以上にいつでも切り捨てらる。

 待遇にもよるが、冒険者崩れからギャングの子飼いになった方がマシな場合だってあるのだ。


「じゃ、まずひとつ。嵐の狩猟団(ワイルドハント)ってクランのメンバー虐め抜いてたらしいやん。幻弓クンも?」

「否定はしない。黙って見てただけだ」


 いきなり核心から話が入った。

 かつてウェイクが所属し、解散したクラン嵐の狩猟団(ワイルドハント)はオキデンスでも名のあるクランだった。

 だが、栄誉あるクランは非人道的な運営実態が発覚し解散へと至った。非人道的で、あまりにもずさんな運営をしていたのだ。


「悪いやっちゃなぁ。なんでそんなことになったん」

「さぁな。マスターの目に偶々映った実力もあってイイ奴が効率的に搾取されたんだろ」


 たったひとりを馬車馬の如く働かせ、死の直前まで追い込んでいたのである。被害者はクラン外の冒険者や近隣住民との交友があった為に憔悴した様子から助け出され、事態が発覚。

 王手クランの運営がそのようなものでは示しがつかないと行政からも厳重に絞られたのだ。

 小規模クランが解散することは多々あれど、国からの依頼も受けるような王手クランの不始末だけあって南部大陸中に醜態が響いた。

 面白おかしく書きたてられたゴシップ誌も含めて。


嵐の狩猟団(ワイルドハント)幻弓(インフィニート)いうたらツェントルムのワシらでも知っとるから大変やったやろ」

「やったことに変わりはねぇから仕方ないだろ。実際アイツは過労死しかけたんだ」


 言い訳など出来ない。結果だけが全てだ。

 ただ、思うところがあるのなら。


「俺と一緒に居た三人は何も知らねぇんだよ。嵐の狩猟団(ワイルドハント)の醜態とは無関係だ」


 まだ少年少女の域をでない後輩たち。恐らく、クランの中で何が起こっていたかすら知らなかったはずだ。ウェイクが関わらせないようにしていた。

 マスターに何か言って次に目を付けられては堪ったものではない。何も知らないまま冒険者をさせていた。


「何も知りませんいうても、世間から見たら悪徳クランの一員やであの子ら」

「無事なのか」

「最初は満身創痍でもめげずに暴れてたけど、こっちで幻弓クンのお世話してるって話したら大人しなったよ」


 わかりやすく人質である。


「そんで今まで何しとったん」

「傭兵の真似事でその日暮らし。でも、流石は指折りのクランだ。元嵐の狩猟団(ワイルドハント)の称号は何処に行っても付きまとったさ」


 最初は上手くいく。でも、何処からか嵐の狩猟団(ワイルドハント)の人間だと噂が広まるのだ。


「幻弓クンひとりやったら身軽やったやろ」

「出来るかよ。あんなクランでも面倒見るように言われたのは俺だぞ」


 ウェイクひとりで行動するならまだしも、4人で行動するとなれば話は別だ。

 田舎から出て来たばかりでまだ右も左もわからない少年少女など、すぐに食い物にされてしまうだろう。後輩たちを置いて好きに生きるなど出来なかった。

 冒険者は学がない者も多いし、他の生き方など知らないのだ。


「あいつらの故郷にも醜聞は広まっててな。帰れる家もねぇ」

「ワシの知り合いにもクランと揉めて冒険者ギルド干された奴おるけど大変そうやったしなぁ」

「慰めはやめろ。そうそう居て堪るか」


 とは言ったものの、やけに身のこなしが対人慣れしていたメイド服の女を思い出す。

 メイド服の冒険者など目立ちそうであるもののそんな話は聞いたことが無かったが。ツェントルムの中小クランならそんなものだろうかとウェイクは考える。


 余談ではあるがあの場に居た人間がリーテスではなくリャオ・ランであったのならば。

 噂に聞く“女に唆されて暗夜行(ナイトウォーク)を裏切った霹靂(プロティアン)”だと繋がっただろう。

 そういった意味ではハウスメイドとして顔の割れていないリーテスは幸運だった。


「噂が噂を呼んであることないこと広まってる。だからいっちょ一稼ぎして他の大陸に渡ろうとしてた時、お前らに捕まったんだよ」


 人々は冒険者が好きだ。

 それは冒険譚に限った話ではなく。ただのゴシップであろうと面白ければなんでもいい。そしてクランは冒険者を加入させる際の判断材料として客観的な評判も取り入れる。

 何処に行っても後ろ指を指されて居場所など無かった。


「他に聞きたいことは」

「せやなぁ。幻弓クンいくつ?」

「23だけど……」


 突然の年齢確認にウェイクは驚く。

 不思議に思いながらもそのまま素直に答えた。


「やっぱ年下か。年上でも関係なかったけど、今日からワシの弟分な」

「は?」

「よろしくなウェイク。後輩クンらはそのまんまキミの弟分でええやろ」


 登龍一家は家族としての形態を持ち、組織を運営しているのだとリスイは言う。

 つまりは居場所のなかった冒険者に新しい居場所が用意されたのだ。


「待て、あいつらはギャングになるなんて、」

「あの子らはキミのオマケやから。悪い噂みんな忘れたぐらいにまた冒険者やればええやん。それまで飯食わしたるから」

「……いいのか」


 ええよ、とリスイは笑う。


「まだ使えんのに捨てられるって勿体ないやん?」

 

 二つ名もあり、名も顔も広まっているウェイクはともかく後輩たちは無名だ。噂さえ収まってしまえばまだ冒険者として活動出来る。

 悪い話ではなかった。


「よろしく頼む。悪いな腕が上がらないんだ」


 ふっと笑ったウェイクの手をリスイは取る。痛みに眉を顰めたが気にせずにぶんぶんと握手される。


 それは登龍一家にとっても。

 冒険者のランクとは戦闘能力の高さだけで決まるものではない。

 依頼をどれだけ迅速に達成出来たか、依頼主と円滑な取引が出来たか、場に合わせた最適な判断をこなし討伐をこなしているかなど総合的に判断される。

 プラチナランクの冒険者ともなればある程度の指揮能力もあり頭も悪くない。人材としては保証されきっている。

 そんな人間に恩を売りながら組織に加入させられるのだから治療費だって安いものだ。


「派手にやられてもうて」

「俺からも質問だ。あのメイド服の傭兵女はどうなった」


 登龍一家の傭兵に見つかり、三人が仕留められたと聞いて頭に血が上ったのだ。

 そのまま逃げればよかったのに。けれども後のことなど、どうでもよかった。日々の生活から後輩たちを拠り所にする程度には追い詰められていた。


「傭兵……うん、ギャングやったら傭兵雇う方が普通やもんな」

「どうした?」


 だから冷静に、全力で殺しにかかった。森林活動はウェイクの得意とするところ。山に自生していた植物から毒を精製し矢に塗りこんでいたのだ。

 放っておけば体中に毒が広がり壊死するものだったはず。あの場で適切な治療が出来るとは思えない。


「あの子な、キミ縛った後にすぐ眠ったみたいやわ」

「……そうか」


 傭兵の命は冒険者以上に軽い。

 雇い主にとって冒険者も使い潰すものであるが、傭兵は冒険者以上に道具としての位置づけが強いのだ。


「もふもふに囲まれて寝心地は悪なかったんとちゃうかな」


 それなのにリスイは伏し目がちに肩を震わせる。

 この男に近しい人間だったのかもしれない。ウェイクの胸を僅かな良心が針を刺した。

 結局のところ彼も、まだ物事を割り切れない年頃の青年だったのだ。


 後日、リーテスとばったりと出会ったウェイクが乙女のような悲鳴を上げて腰を抜かすのは別の話。

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