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26 SAVE THE CAT

 長物の扱いは得意な方、だと思う。基礎は子どもの頃に近くを立ち寄った冒険者に剣の持ち方を教えてもらった程度。

 それから荷物運びと言った冒険者の手伝い、もとい見習いをするうちいろいろな武器を触るようになって。

 一番手にしっくりときたのが槍。それも斧槍(ハルバート)をメインに使ってきた。

 何が言いたいかというと――モップだってハルバートと重心が似たようなものだから手に馴染むよね。


水よ、満ちろ( water) 水よ、地を這え(grovel)


 詠唱に合わせ、周囲に霧が生まれる。

 腕は僅かに痺れていてまだ本調子とはいかない。この山で多少なりとも活動していたのなら地の利はあちらになる。

 それなら、今できることは場を少しでも有利に持ち込むだけだ。


「こんな霧で目晦ましのつもりか!」

「どうでしょうね」


 霧は薄い。だから人を見失うほどのものではない。

 けれども。どこに何があるかを把握するぐらいは出来るのだ。この霧は私の魔力によって生成されたもの。

 だから他のもの――例えば足元に呪具(トラップ)を仕掛けられているのかはわかる。


 また矢が足元に突き刺さった。

 霧によって空気の揺れる感覚がしたから後方へ飛び退き躱したのだ。


「外してばかりですね」

「クソッ」


 矢が飛んできた逆方向へ走り出し、私はモップを突き出す。

 この霧の範囲内にいるものなら探知できる。人間程度の大きさのものが移動する感覚を探ればいい。


「お前、なんで!」


 木々の陰に居たのはフード付マントを羽織った男だった。

 顔はよく見えないが歳はあまり食っていなさそうだ。


「あなたこそ転移系の魔法か祝福(スキル)をお持ちのようで」


 密猟者の力は探知した限りだと移動系じゃない。

 繋がった線ではなく、点と点で空気が揺れた感覚。これは転移だ。


「どちらにせよ、転移は発動まで時間がかかるようですけど」

 

 魔力反応と物理反応、両方引っかかるから霧は便利なのだが魔力消費が激しい。

 さっさと片付けなければ。


「はぁあああ!」


 脳天を狙ったモップは弓柄で止められていた。でも、ここで手を緩めるわけにはいかない。


 突き刺す動きよりも叩き落とす動きでモップを操る。2打、3打と繰り返す。

 弓が軋む音がした。このまま叩き折ればいい。


「っ!」


 突然、密猟者が弓に込める力を緩めた。私のモップがいなされる。


「っふ!」


 密猟者がレッグホルダーからナイフを取りし切りかかってきた。

 頭を逸らし躱したものの頬の薄皮が一枚切れる。

 戦闘という戦闘は久しぶりだったから距離感を見誤ったか。


「ぐっ」


 一瞬の動揺を悟られた。

 密猟者の蹴りが腹に突き刺さる。


「っはぁ、あ」


 追撃として投げられたナイフを打ち落とす。

 しまった、距離を取られてしまった。

 相手の得物は弓。接近戦で仕留めたかったのに。衝撃で止まりそうになる呼吸を整えて向かい合う。


其れは(Like the )雨の如く(rain) 天より降り(Tears fall)注ぐ(in drops)


 森の中に謳うような詠唱が響いた。

 魔法とは想像力によってある程度の応用が効く。だから、詠唱が始まったとして何が来るのかわからない。

 詠唱を止めようと走り出す。


故に( Therefore) 逃げ場はなく(Dead end)


 詠唱の合間にも矢が射られる。強化された矢が木の幹を貫く。

 根元を消し飛ばされた木が勢いよく倒れて来た。避けている間にも詠唱は進む。


何処までも(Till death)付き纏う(do us par)


 間に合わない。

 天へ向かって矢が放たれた。


「よくもあいつらを……!」

「そんなに、お仲間が大切だったんで、すね」


 大きな魔力の渦が落ちてくる。

 身体ごと横へ転がり込むように避ける。

 一拍前まで居た場所に光の矢が突き刺さっていた。


「実体化魔法……!」

「殺す」


 最初に放たれた一射を除きすぐに矢の像は解けた。この矢は先ほど射た矢の分身だ。


落ちろ(plunge)


 今度は私に向けて矢が射られる。

 モップで撃ち落とすよりも回避する他ない。これは当たる当たらないの問題ではないのだ。

 物量で攻められればどうにもならない。


「ちょこまかと動きやがって」

「殺される気はありませんから」


 矢筒にはまだまだ多く残っている。消耗戦には持ち込めなさそうだ。

 一方で私の魔力もそこまで残っていない。霧を解除するのは悪手。

 隠れられたらそれこそ何処から攻撃がくるかわからなくなる。


落ちろ(plunge)


 一節の詠唱でまた矢の雨が降る。

 詠唱から発動までの動作を記録(マクロ化)しているのか。白兵戦も出来る魔道士は厄介だ。

 それでも相手は弓使い。多少ナイフも使えるようだが、接近戦に持ち込んだ方がいい。

 回避しながら密猟者へ迫る。


 まずいな。密猟者と聞いていたから何処ぞの猟師崩れが出来心で手を出したのかと思っていた。

 こんなに対人戦慣れしているなんて聞いていない。これは冒険者による魔獣だけを想定した戦い方じゃない。

 魔獣だろうが人間だろうが関係ない。相手を殺す為の戦い方だ。


「ああ、もう!」


 幾度か目の矢群を回避しながら密猟者へ近づいていた時、それが目に入った。

 矢群を避けず、打ち落としにかかる。

 モップの表層を魔力によって覆い即席で強化する。


「ぅあ゛、あああ」


 痛みに倒れそうになる身体を叱りつけ足に力を込める。

 頭は守り抜いた。串刺しにされるようなヘマはしていない。

 それでも矢が腕や太腿、体のいくつかの肉を抉りとった。


肉よ、修復しろ(heal)

  

 回復魔法で止血だけは済ませる。ここにきて意識混濁で失血死になったら目も当てられない。


「優しい傭兵だな」


 忌々し気な声が浴びせられた。


「あな、たは、女性相手に……酷い、人ですね」


 だって、後ろにトラネコの檻があったんだから。避けたら最悪そっちに当たるし。

 否定しているだけの余裕は無いがそもそも傭兵じゃない。


「みぃ!」

 

 よかった、檻の中でトラネコたちは縮こまっているが一射とて向かわなかったようだ。


「抜かせ。なにが女性だ」


 大丈夫、まだ意識ははっきりとしている。まだモップを掴む手は緩まっていない。まだ足は動く。

 己を奮え絶たせ前を顔を上げる。

 ――あ。

 密猟者の後ろ。その存在に私は気が付いた。


「フシャーーー!」


 雷撃が密猟者へと襲い掛かる。トラネコが密猟者の腕に噛みついた。

 運でもなんでもいい。隙ならばなんだって使う。


「トラネコっ!?」


 走りながらモップを地面に突き刺す。モップの柄を支えに反発力を味方につけて跳ぶ。

 モップにはしなやかさが欠けているが勢いぐらいはつけられる。


「はぁああ!」


 勢いのままに両足で密猟者の顔面を蹴りぬく。さっきのお返しだ。

 地面に着地と同時に両手でモップの柄をしっかりと握った。よし、トラネコは既に離れている。

 ぐらついている密猟者の頭をモップの先で叩きつけた。


「ぐあっ」


 やっと地に伏せた密猟者の首をモップで押さえつける。

 こういった戦い方が出来るあたり、ハルバートとモップはやっぱり似ている。本来の使用用途とはかけ離れているけど。


 マントの下は想像よりも若い男のようだ。ランさんよりは少しばかり年上だろうか。

 彼が目を回している間に拘束させてもらおう。あと腕も折っといた方がいいかな。両足は駄目。自分の足で歩けなくさせたら輸送が面倒だ。蛮族みたいな考え方だけど仕方ない。

 またこの人に暴れられたら今度こそ殺されるかもしれないし。

 ハンドタオルで手首をギチギチにしとこう。


「にゃおん」


 収納鞄(アイテムボックス)から何枚かハンドタオルを出しているとトラネコが密猟者の上に乗った。

 何が起こるか予見した私はぱっと手を離す。


「ぐぁああ!」


 トラネコが電撃を浴びせたのだ。

 もしも近くで感電している人間が居ても触れてはいけない。自分まで感電するから。


「ぁああああ!」

 

 少々眺めの電撃に悲鳴が響く。

 流石に密猟者は気絶していた。死んでないよね?

 息はあるから大丈夫だと思うけど。


「トラネコさん、あなたには助けられました。ありがとうございます」

「にゃーん」


 野生動物と人類。

 共通の敵がいたら手を取り合うことも出来るのだと始めて知った。


「うっ」


 ゾクっと急な寒さが駆け抜ける。


「疲れたな」


 久しぶりに無理をした。


「みゃお」

 

 傷をぺろぺろと舐めてくれるのは有難いがザラついた舌が逆に傷口を刺激する。


「みゃ、みゃ」

「痛いです」


 執拗に傷口を舐めるトラネコの顔を遠ざける。抗議の鳴き声が上がるが、そもそも野生動物って何の菌を持ってるかわからないから怖いし。

 魔力も血も垂れ流しすぎて疲れた。ゴクタさんは3人を相手にしているようだが無事だろうか。

 こんな対人慣れした密猟者が他にも居て堪るかという話なんだけど。


拘束(lock)


 ハンドタオルを密猟者の腕と足に巻きつけ固定する。腕を折るのは流石に良心が咎めたので関節だけ外しておいた。

 痛いと思うけど、私だって身体中の肉を抉られたのだからお相子だろう。

 判断力にしろこの密猟者の男は冒険者でいうゴールド以上の実力はありそうだ。

 猟師崩れの密猟者かと思ったが呪具の扱いなどを考えるに冒険者崩れかもしれない。


 さて、次は。

 檻に囚われているトラネコたちを先に開放しておこう。幸いこちらはあまり厄介な術式は組まれていないようだ。

 すぐに扉を開けられる。


「みゃあああ!」

「みゃあ!」


 檻を開けると一目散に逃げていくトラネコ。

 そして私と共闘したトラネコと再会を喜ぶ母トラネコとその仔猫たち。

 苦労に見合うかわからないけれど少しだけ良いことをした気分で清々しい。


「うぐ、」


 応急処置はしたとはいえ傷口がまた痛み出した。

 戦っている時は興奮していたのか脳から良くない汁がドバドバ出て痛みが遠のいていたのだろう。自分から仕掛けておいてなんだけど掃除屋の域をこえているな。

 治療費ついでに危険手当ぐらいは付いたらいいのに。


「みゃあ」「みゃおん」「みぃ」「にゃーあ」


 木に背を預けているとトラネコ一家が集まってきた。

 なに!? よくもこの愚かな人間め的なやつ!?


「痛っつ!?」


 一斉に電撃を浴びせられるなんてことはなかったけれど。トラネコ一家がじょりじょりと傷口を舐め上げていく。

 だから痛いって! 自分の舌のザラつきを知らないのか。この毛玉たちは知らないんだろうな。


「ひぎぃっ」


 猫の舌のザラつきって肉を削ぎ落す為のものじゃなかったっけ!?


「死ぬ、って」


 トラネコは見た目こそ猫だが、魔獣であるし家猫よりいくばくか巨体なのだ。

 こっちはそれなりの怪我なのに洒落にならない。


「はぁ、ぁ、あ……」


 トラネコ一家が満足した頃には更に満身創痍となっていた。今までのどの怪我よりも辛かったかもしれない。

 ちょっとした拷問だ。


「みゃあ」


 仔猫が一匹腹の上に乗ってきた。こうしている分には可愛らしいんだけども。

 一匹乗ると他の仔猫も腹や膝に集まってくる。最終的に母猫や共闘(?)した猫までぴとりとくっついてきた。

 あ、これ危ないかもしれない。ふかふかとした毛皮と温もりに強い眠気が襲い掛かる。


「少しだけ、少し休むだけだから」


 誰に言っているのかわからない言い訳の中で私の意識は微睡の中落ちていった。

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