25 手の鳴る方へ
森の奥では断末魔が響き渡っていた。もちろん密猟者の。
峰打ちでやってるよね? それでも鉄の塊で殴られたら誰だって死ぬと思うけど。ゴクタさんは死なない程度の峰打ちをしている……はず。
とにかく今はこっちだ。
「解除」
鎖を解くとトラネコを挟んでいる金具へと手を伸ばす。
「みゃう!」
「ッ!」
バチバチと腕が痺れた。ぐったりとしていたトラネコが起き上がり、電撃を浴びせて来たのだ。それにガッツリと引っかかれたおかげで血も流れ落ちる。
かなり魔力を吸われている筈なのに野生動物の力を甘く見ていた。ランさんがかけてくれた防御強化が無ければ倒れていたかもしれない。
「大丈夫か!?」
「少し、麻痺が残、ってい、る程度です」
回らない呂律もすぐに回復するだろう。じんと痛む腕を無視してトラバサミをこじ開ける。
「みゃあ!」
「あ、助けてやったのに礼もなしかよ!」
自由になった途端トラネコは一目散にかけていった。
それは仕方ない。相手は野生動物なんだから。生きるのに必死で、他のことなんて何も考えて――
「みゃあ」
なんか戻ってきた。
大きさからしてさっきのトラネコと同じ個体のようだ。私のスカートの裾を咥えてひっぱる。
「ちょっと、」
「どっかへ連れて行こうとしてるみたいだ」
そんな物語みたいなことある!? ふんばる私にトラネコは焦れたのか激しく鳴き出す。
本当に何かを訴えてるようで私も混乱する。
「わかった、わかったから! 付いて行くから!」
「みぃやあああ!」
引っ張る方へ足を進めるとようやく納得してくれたようで裾を離してくれた。その代わりすごい勢いで駆け出す。
あれだけ着いて来いと引っ張られたのなら、私も先になにがあるのか気になる。見失わないように必死に付いて行く。
ぎょっとした顔でラントさんも並走しているから彼も同じなのだろう。非戦闘員と言っていたが追跡は得意なようで、トラネコを見失いそうになる度に教えてもらった。
その先に居たのは――私を先導したトラネコよりも大きなトラネコと、恐らくはその子ども。小さなトラネコの幼獣が3匹。
他にも何匹かの成獣が檻に入れられていた。
「ラントさん。トラネコは第二種の保護魔獣です。売買は違法ですよね」
「ああ、ってアレは俺らがしたんじゃねぇよ!」
犯人は密猟者だ。辺りを警戒しながら檻へ近づく。
先ほど助けたトラネコが母猫に近づきみゃんみゃん鳴いている。このトラネコも他と比べると小さいから子どもかもしれない。
「こいつらも助けないと!」
「少しお待ちを」
檻に手を伸ばそうとしたラントさんを制する。この檻も魔力を吸収する術式がかけられていた。ここで開けるのは少し大変だ。
それともうひとつ。
「密猟者はゴクタさんが仕留めに行った3人だけなのでしょうか。失礼ながらあなたの索敵範囲は?」
はっとしたようにラントさんは黙り込んだ。
密猟者はこれだけのトラネコを捕獲するのだ。もっと大人数で来ている可能性があった。
ここまで来たらきっちりと掃除するしかない。
「罠が増える原因そのものを掃除します」
「なっ」
少なく見積もってもラントさんの索敵範囲は最低半径30m程度、だと思う。それなら密猟者に襲われる前に逃げられるだろう。
仕掛けてくる相手から非戦闘員を守ることと、非戦闘員を守りながら仕掛けにいくのとでは話が全く違う。それなら後ろを気にせずひとりでやった方が早い。
そういえば、ラントさんは(おそらく)ナイフを隠し持たされてびくびくしてたんだっけ。
リスイさんに依頼を受けた際、睨まれながら囲まれた時の様子を思いだす。
「あなたはゴクタさんに連絡を。私はここで待ちます」
「待つって、」
「ここに捕獲したトラネコを集めている以上、密猟者は戻ってくるはずですから」
密猟者が3人しかいなかったのならゴクタさんと合流して残りの呪具を解除して今日の仕事はおしまい。
それ以上に居たのなら、呪具もこちらに持って帰ってきてるだろうから密猟者ごと掃除しておしまい。
他の密猟者はゴクタさんが対処しているから、登龍一家が直々に制裁を加えるぞと追い払えばいいのだ。ゴールが見えると仕事とはやる気が出てくる。
「あんたは大丈夫なのかよ」
「最悪、なりふり構わず逃げるので」
遮蔽物の多い森の中。持てる全ての手を使えば逃げ切れると思う。
密猟者は山歩きのプロかもしれないが、私だってどれだけ山中で依頼をこなしてきたことか。薬草採取から山賊の捜索にいろいろやってきたのだ。
来た道を走り出したラントさんを見送り、トラネコの前に膝を落とす。
「トラネコさん、あなたも逃げなさい」
「みゃーん」
当たり前のように伝わらない。あれだけ賢く誘導してきたのだから思いが通じるかと思ったが、トラネコは檻の周りをうろうろしている。
野生動物と人類。思いの隔たりは大きい。
シュッパッツ!
風を切る音が響いた。
咄嗟にトラネコを抱きかかえて後ろへ飛ぶ。
あからさまに大きな音。これは牽制だ。
「み゛やあ゛っ」
「大人しくしろ!」
いけない、思わず口調が崩れる。こんな非常事態に暴れるトラネコがいけないのだ。
今いた足元に矢が突き刺さっているなんて非常事態でなければなんだというのだ。今のは威嚇射撃のようなもの。ならば、次は当てる気でくるだろう。
痺れる手に舌打ちが出そうになる。トラネコを離すとやっと逃げてくれた。
「登龍一家の人間か!」
周りの木々から声が響いた。反響していて声の出処はわからない。
「違います。けれど、彼らの依頼により山の掃除に来ました」
「クソっ傭兵か!」
「だとしたら何だと言うんです」
違うけどね! ただの掃除屋だけど!
「あいつら、ラクリマの殲滅の為に雇ってたんじゃなかったのかよ! こんな山の中まで!」
「あら。あなた方は無関係でしたか」
いったいどこからそんな情報が漏れているんだろう。ランさんはちょっとした有名人だし、大っぴらに屋敷へ出入りしていたから誤った噂でも広まったのかもしれない。
とはいえ少しでも長く会話を続けなければ。それだけ情報は増えていくのだ。矢が放たれた方向の先、密猟者はもう居ないのだろう。
今度はどこから来るかわからない。
「逃げるならどうぞご自由に。既に私の仲間が、3人ほど仕留めたましたよ」
「なっあいつらを!?」
あー、仲間意識が強い感じか。こういった場合、さっさと仲間を見捨てて逃げるのが生き残る上では賢い選択だ。
だから逃げてくれると思ったのに下手を打った。まるで私が悪党のような言い方をしてしまった。
「隠れんぼがお上手なこと。あなたのお仲間はすぐに見つけられたのに」
今のところ声はひとつ。場所は気配を攪乱されていてわからない。
「ただじゃおかねぇ!」
密猟者というものは頭に血が上りやすいのだろうか。ともかく、挑発でもなんでもして引きずり出せばこちらのもの。
モップを握りしめ、神経を研ぎ澄ませた。