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22 胃袋を掴め

 広い屋敷、西側の畳掃除も終えた。進捗は全体の半分ほどといったところか。

 これなら1週間、更に掃除に手が届くだろう。廊下という廊下全てにワックスをかけるのもいいかもしれない。


「今日中に畳掃除も終わらせるか」


 なんて言ったものの。その前に、大切な仕事がもうひとつ。氷の魔石が完備されている冷蔵庫を開けると、いくつかの食材が目に付く。

 そう、昼食を作らなければならないのだ。

 米は既に大量に釜で炊かれたものがあるので、後は総菜だけ作ればいい。


「アンタそんなに作るのか」

「はい。二人分作るなら多少増えたところで手間はかわりませんから、皆さんでお召し上がりを」


 どうせ他の者たちでいつも同じ食事を食べていたそうだから多めに作ってもいいだろう。なに、総菜が少し増える程度だ。

 声をかけてくれた人はチンピラお兄さんのうちのひとり。名前は……なんだったかな。自己紹介された気もするけど一気に覚えられない。

 若いもん――要するに下っ端が屋敷の掃除や食事担当をしているらしいから、彼もそうなのだろう。

 必死に仕事をしているように見せて話しかけづらい雰囲気でも作るか。


「ここは調理器具や食材が多く揃っているのですね」

「ゴクタのアニキが趣味で料理してるからな。アニキが魔道具類も買ってくれてるし」

「あの人が」


 まったく人は見かけによらない。

 怪しい雰囲気はあるものの端正な顔をしたリスイさんは汚部屋の主だし、これぞ強面といったお顔の武骨なゴクタさんは料理が趣味ときた。


「アニキの作る飯は美味いんだ。最近、忙しくて出来てないみたいだけど」


 めちゃくちゃ胃袋鷲掴みしてるなゴクタさん。慕われようがすごい。

 今もアニキの料理はこういったところが美味しい、と話が続いている。ほどよく相槌を打ちながら私は粉を調合する。

 ここの食材は自由に使ってもいいし買い足してもいいと言われていた。


「なに作ってるんだ?」

「あっさりめの唐揚げを作ろうと思います。後は汁物を」


 棚を開けた時、様々な白い粉があって圧倒された。もちろん合法的な粉だ。

 使われているのは大きく“小麦粉”と張り紙された粉だけだったが、きっと他の粉はゴクタさんが料理に合わせて使い分けているのだろう。料理は極まると材料ひとつ拘りぬく所に行く。

 私はというと、料理が特別好きではない。

 でもクランで料理を作っていた時は時間との勝負だったから、こうやって粉を調合したり手間をかける時間が貰えるのは楽しいと思う。


「それなら大根切っとく。近所の畑やってる婆さんから貰ったんだ」

「ありがとうございます。他の仕事はよろしいのですか」

「アニキたちは今出払ってて、やることないんだよ……あの霹靂(プロティアン)の武術指南も俺のガラじゃないし」


 朗らかなギャングの御屋敷だ。ご近所付き合いも良好とは。

 近所の婆さんといっても、この地域に居を構えているのだからそれなりにご裕福な方だろう。

 お金持ちでも趣味で畑仕事なんてするのか。


 黙々と作業をする私に対して料理担当くんは多く話してくれた。たぶん沈黙が苦痛に感じるタイプ。

 並行作業は苦でないので手を動かしながら彼の話を聞く。おかげでいろいろとギャングの裏話も知れて面白い。役に立つかと言われると立たないだろうが。


 唐揚げの油をきりながら思うが、私が料理を作る必要はあったのだろうか。

 本当に普通の本に載っているようなものしか作れないし東方の、それも島国風の料理はあまり知らない。総菜だってゴクタさんが漬けている白菜の漬物があるし。

 味見をした料理担当くんが「カリカリで美味い」と二つ目に手を伸ばそうとしているのを止めつつ、盛り付けを行う。


「後で唐揚げのレシピをお渡ししますね」

「レシピ貰ったって同じ味が作れるわけないじゃん」

「作れますよ。手の常在菌が関係してるとか、特別なもの以外は料理なんて誰が作っても同じ味になります」


 この唐揚げだってあえて粉にダマを作ったものをまぶして揚げて、カリカリとした食感を付けているだけなのだ。材料も至って普通。

 夢がない、などと何を言っているのか。決められた材料と決められた方法で作れば同じ結果になるのが料理なのに。

 リーチさんたちに運んだらランさんにも渡そう。あ、それなら。


「すみません、この配膳をリャオ・ランに渡していただいてもよろしいでしょうか。残った分はみなさんで召し上がってください」

「わかった」


 配膳カートなんて便利なものはない。

 クランでは食べたい人間が皿を持ってくる度に自分でよそうセルフサービスだったので配膳は慣れないものだ。失礼が無いように気を付けよう。


「ご苦労様です!」


 突然料理担当くんがビシっと90度の美しいお辞儀を決めた。


「ラントもご苦労さん」


 厨房の入り口にリスイさんが立っていたからだ。私も同じようにお辞儀をする。

 やはりこの業界、上下関係が徹底しているのだろう。今更ながらこの料理担当くんはラントさんというのか。ずっと誤魔化しながら話していたが今度は忘れない様にしよう。


「若頭! なんのご用件ですか」

「用があるのはそこの姉チャン。エプルちゃんも一緒に食べるから盛ったって」

「畏まりました」


 どうしてエプルさんと一緒に食べる話になっているんだろう。とりあえず言われたまま同じように盛り付ける。

 あの子も食べるなら成長期だし多めでいいか。


「運ぶの手伝うで」

「若頭の手を煩わせんでも」

「お前は他に言われたことあるんやろ。そっちやり」


 ほら、と手を出すリスイさん。ラントさんたちに手伝ってもらっているとはいえお客様の手を煩わせるのもな。

 無難に自分の食事を運んでもらおう。リーチさんとエプルさんの分は私がやればいいし。


「リーテスさんの分は? 一緒に食べようや」

「私もですか」

「エプルちゃんも姉チャンと食べたいと思うで」


 適当に余ったものを摘まもうと思っていたのに。リスイさんはじっとこちらを見ているし仕方がない。

 ご相伴にあずからせてもらおう。


 汁物が入っているというのにお盆を揺らさずさっと持ち上げたリスイさんの後を追う。

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