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【断章】3

 エプルの両親はたまに帰ってくる度、エプルに冒険譚を聞かせてくれた。そして最後には決まってこう言うのだ。


『冒険者はいいものよ』

『せかっく生まれたからには浪漫を求めないとな!』


 本当に?

 幼いながらもエプルは両親の言葉を信じられなかった。楽しそうな父母の話を聞くのは好きであったが、留守番をしている時間は大嫌いだった。

 両親が冒険者として依頼をこなしている間、エプルはずっと留守番をしていた。まだ幼い彼女には依頼の同行など許されなかったのだ。


 そして少し前から、両親はぱったりと帰ってこなくなった。両親の知り合いだという冒険者が気まずそうに“あいつらは死んだ”と告げるとさっさと帰ってしまったのを覚えている。

 そこからは水道の水やら両親直伝の食べられる草やらで腹を満たしていたが、遂には水道も止った。そうなると後は家を追い出されるまでの間も早かった。

 その日暮らし同然のエプルの両親は貯金などなく、払える家賃すらなかったのだ。なんなら親戚すらいない天涯孤独。


 とはいえエプルも物心ついた時から独りでいたので雨風さえ凌げる場所があればどうにでもなった。

 慈善事業として食事を渡してくれる人間が居たのだ。留守番をしていた時よりも食事だけでいうのなら好待遇だったかもしれない。

 ただ、悲しいのはこのご時世本当に慈善事業をしている善人なんて稀だったこと。


『今まで俺たちが渡したもんを食って来たんだ。今から指示する白髪の男を刺してこい』

『でも……』

『じゃあこれからどうするんだ!? 俺たちへの恩を忘れたのか!?』


 なにも命まではとらなくてもいい、ただサクッと動かなくしてこい。そう言われてしまえば頷くしかなかった。

 ただ害する相手だけを教えられただけで武器もない。だから目に入ったガラス片を握りしめて言われるがままに刺しに行ったのだ。

 決して善い行いではないとわかっていた。それでも、ただ命を繋いでいただけのエプルにはその指示を聞くしか生きる方法が無かったのだ。


 最初からエプルは使い潰される為に飼われていた。




 ――結果として。

 白髪の男は死ななかったし、現在エプルは満足気に海鮮チーズリゾットを食べている。


「美味しい!」

「ありがとうございます。でも、熱いのでゆっくり食べてください」


 手伝いと引き換えに厨房を借り受けられたのだ。材料は帰りの市場で買っていたのでリーテスはさっそく海鮮チーズリゾットを作成したというわけである。

 ツェントルムは内陸の街であるが冷凍魔法によって鮮度の良い海鮮が手に入るのだ。


「リーテスさん、おかわりしてもいい?」

「はい。そう言うと思ったので沢山作りました」

「私も!」


 商談が成立して余裕の出来た懐。今日は奮発して海鮮とチーズをたっぷりと買い込んだ。

 港よりすぐに冷凍魔法で凍らされたエピはぷりぷりと弾力があり、リーテスとて顔が綻ぶ。


「あのメニューはないのか?」


 食堂では他の冒険者がリーテスたちのテーブルを指差して聞いているが、ここは東方文化の宿屋止まり木。チーズリゾットは出てこない。

 リャオ・ランなんて昼から2品連続で同じメニューであるにも関わらず満足気に平らげている。


「リー姉、登龍一家って全員が家族なの?」

「どうでしょう。リーチさんとリスイさんには血の繋がりがあるようですけど」

「だって一家だよ。一家って家族ってことだよね」


 どう説明したものかとリーテスは悩む。

 登龍一家は2代目、つまりリスイの父親が早逝し組長が初代でもあるリーチへと戻っていた。だから血の繋がりはあるのだが、他の構成員には無い。


「東方の、それも島国のギャングは疑似的に親子に見立てて構成されるから」

「えっと?」

「家族のようなグループに家族のような名前を付けているんですよ」


 さっくりとしたリャオ・ランの説明をリーテスが更にざっくりと噛み砕いて説明する。なるほど~とわかっているのかよくわからない返事をエプルはした。

 納得したのだろう。


「血の繋がりが無くても家族なんだね」

「そうみたいですね」


 家を常に空けていたエプルの両親であるが、エプルと両親は家族だった。

 でも、それは血の繋がりがあったからで。親子だったから家族だと定義していたのだ。


「家族って言ってもいろいろあるから」

「いろいろ?」


 東方の少数民族出身であるリャオ・ランが注釈を入れる。

 彼は一族単位で固まった生活をしていた。隣を見ても向かい隣も目に付く所大体が親戚筋だ。近所の子どもはみんな兄妹みたいなもの。

 とはいえ“家族”といえば一緒の家に住んでいた人間を言う。


「家族って難しいね。何が家族なんだろう」


 リャオ・ランの家族の話を聞いて、しみじみとエプルは呟く。彼が言うように家族には様々な定義があるのだ。

 血の繋がりがあっても家族、無くても家族。一緒に住んでいても家族、住んでいなくても家族。


「リー姉は家族ってどんなのだと思う?」

「私、ですか。そうですね……」


 突然当てられてどぎまぎとしたリーテスは少しだけ考える。

 ちょっとリャオ・ランが何か言いたそう、というよりもハラハラとしていたが誰も気にしていなかった。


「支え合って、いつも助け合うものが家族なのだそうです」

「エプル!」


 客観的なリーテスに今度こそリャオ・ランがエプルを咎める。家族のかたちは様々。

 ということは、人によっては非常にデリケートな問題なわけで。


「ランさんありがとうございます。でも、そんな深刻なものではないので」


 何か重い想像をして気を使わせてしまった。そう気が付いたリーテスは慌てて否定する。


「私の家族は今もみんな仲良くやってるみたいですから。落ち着いたら、手紙のひとつでも書こうと思います」


 長らく会っていないだけで悪い知らせは届いていない。実家の稼業は順調なようであるし大丈夫だろう。リーテスはそう言って残りのリゾットを口に入れた。

 ほぼ両親の帰ってこないような家もあれば、家を出たっきり連絡をよこさない娘も居る。ただそれだけの話なのである。


「私は家族じゃなくても、リー姉とリャオ兄と居れたら呼び方はなんでもいいな」

「エプルさん……」


 ずっと独りの家で留守番するぐらいなら家族じゃなくてもいい。美味しいご飯を一緒に食べられる人が居たら、他に何も要らない。

 小さな疑問から始まった家族の話だったが、改めてエプルはそう思った。

 出会ってまだ数日しか経っていない。けれども一度手にした温もりをエプルはもう手放せそうにはなかった。


「ランでいいよ。呼び方」

「ラン兄?」

「ウン」


 そんな小さな子どもに絆されたのは、リーテスはもちろんリャオ・ランもだった。

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