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17 キャリアアップ

 午前中はエプルさんの服やら日用品を買いに行っていた。

 ちなみにエプルさんと私は今日から二人暮らしである。ランさんの隣の部屋に運よく空きが出来たので借りることにしたのだ。

 流石に交代していたとはいえ何週間もランさんをソファで寝させるわけにはいかない。それに一人用のベッドだってエプルさんとなら一緒に寝ても狭さはあまり感じないし。

 なんとなく寂しそうなランさんだったが、彼は故郷から離れて暮らしているのだ。独り暮らしの寂しさだって感じていたのだろう。


「リー姉、これ全部出来たらまた張りに行くの?」

「はい。その時にはおやつも買いましょう」

 

 出掛けるついでに張り付けた広告も剥がしていた。流石に“貴方の手足”のままじゃ具合が悪い。

 とはいえ既に刷ってしまった分はもったいないので手作業で修正している。

 エプルさんの初仕事は“貴方の手足”と書かれた文字を塗りつぶして、上から“リテイナーズ・サービス”へ書き換える作業である。初めて覚えたであろう文字がこれとはちょっと申し訳ない。


 私は今回の仕事の経費やら帳簿付けをしているので、こういった単純作業でも大変助かる。

 あと呼び名も一緒に住む以上はよそよそしいので違うものを提案したところ“リー姉”が採用された。私にも弟がいるが、あまり歳も離れて居ないので新鮮だ。


 コンコン

 部屋にノックの音が響く。はい、と声を上げると「俺や」と帰ってきた。いや、誰や。

 相手は何となくわかるんだけど。さすがにその一言は如何なものかと。とにかく部屋のドアを開けた。


「いきなり来てすまんな」

「いえ、元から今日の午後にいらっしゃると聞いていたので。まさかゴクタさんがいらっしゃるとは思いませんでしたけど」


 みんな大好きお給料の受け渡しである。若い子――チンピラお兄さんたちに持ってこさせるものだと思っていたが、訪ねて来たのはまさかのゴクタさんだ。

 相手が相手だけにふっかけすぎない程度に、とはいえ危険手当込みでそれなりに請求させてもらった。一家族が一月生活できる程度の金額を。

 だって、ねぇ。汚屋敷に呪具だけでも死と隣り合わせなのに。それでいて武力抗争に突っ込まれたのだ。


「ほら、確かに。後から安すぎたとか言われても払わんからな」

「言いませんよそんなこと」


 あら? もう少しふっかけても良かった感じか。でも駆け引きを間違えると反社相手は後が怖いし。

 それにしても紙袋で渡される現ナマ。かなりの“圧”がある。


「せっかくいらっしゃいましたし、お茶でもいかがですか?」

「ああ、他にしたい話もあるから頼むわ」


 社交辞令で言ったつもりだったが、なんとお茶会が開催されてしまった。ここは忙しいので帰るわ、が正しく繋がる言葉ではないのだろうか。

 でも言ってしまったものは仕方がない。ゴクタさんを部屋に招く。


「あ、その人、」

「ん? あん時のお嬢ちゃんか」


 せっせと職務に励んでいたエプルさんの耳と尻尾がピンと伸びている。殺されかけた相手だから仕方がない。

 ランさんは今、鍛錬を兼て止まり木の薪割りバイトをしているから部屋に居ない。でも合鍵は預かっているから避難していてもらうか。

 穏便に済む考えを張り巡らせていると、歩み寄りを始めたのはゴクタさんからだった。


「悪かった、俺も仕事やから。せや、飴ちゃんいるか?」

「……いる」

「これで仲直りやな」

「うん」


 歩み寄りって言うか。エプルさん、食べ物に釣られ過ぎでは?

 知らない人から食べ物を貰っても付いて行くなと後でしっかりと言い聞かせよう。そもそも、欲しいと思わないぐらい日頃から食べさせるべきか。

 でもそうしたら栄養バランスがなぁ。とにかく要注意だ。


 この部屋には借りて来たポットが常設してある。

 エプルさんの分は少しだけ冷まして、紅茶を3つ分淹れる。

 あ、この部屋には椅子が二つしかなかった。私はトランクケースの上に座ればいいか。縦にするといい感じの高さになる筈。

 止まり木は前の客が勝手に家具を持ち込んだりしているので部屋によって設備が地味に変わっていたりするのだ。


「ほんまにそれでええんか」

「見苦しいかもしれませんがお気になさらず」


 お前マジか。そんな顔をゴクタさんにされた。

 いいんだよ、これで。座って話をするなら近場のカフェにでも連れて行って欲しいものだ。……でもカフェと強面スカーフェイスのゴクタさん。絶望的に似合わないな。

 

「リー姉、私かわるよ」

「いえ、エプルさんはそのままお仕事をお願いします」


 なんて思いやりのある子なんだろう。エプルさんの思いやりが身に染みる。

 こう、やってもらって当たり前みたいな感性がない対応をされると新鮮なのだ。


「そんで話ってのは、あんたらに依頼したい仕事があってな」

「依頼ですか?」

「登龍一家本家の清掃や。来週から来てくれ」


 本家て。

 若頭の別荘の次が本家はキャリアアップしすぎだ。まだ若頭の別荘ならアレだけど、本家まで行ったら深淵だろう。


「申し出は有難いのですが、予定が立て込んでおり辞退させて頂きたく思います」


 こんなの断る一択だろう。


「先に金の話しよか。報酬は前金でこれや」


 小切手が手渡された。

 見ないようにしよう。目がくらんでしまう。


「リー姉、これってたくさん?」

「それは……」

「せやなぁ、1年毎日ステーキ食えるぐらいやな」


 ステーキ! と興奮しているエプルさんは微笑ましい。が、ちらりと確認するとむしろ牛一頭買えそうなぐらいある。

 損益を計算し始める思考を必死に押しとどめなければ。


「アニキん()めっちゃ綺麗にしてくれたやろ。だからな、俺らは姉チャンに頼みたい思たんやけどあかんか?」


 あんたらの力が必要やねん、と。

 そんなに? お金は謝意や誠意にと、わかりやすい気持ちの見せ方だ。

 それがあんなに渡されるなんて、本当に必要とされてるみたいで。


「畏まりました。……予定を調整いたします」


 報酬に目が眩んだ訳じゃないから! ちょっと頼られて嬉しくなっちゃっただけだから!

 だから「助かるわ」と言いながら生ぬるい視線を向けないで欲しい。

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