2.七つの人形の濃い物語
「七匹それぞれについての逸話が、本になって伝えられている?」
「はぁ。像と一緒に代々伝えられてきたものだそうでして」
なるほど。こりゃちょいとばかり珍しい……他所じゃあまり聞かねぇ話だわな。七匹のオーガがそれぞれ主役になった話があるってなぁ珍し……いや、ちょいと待った。
「……て事ぁ、七匹のオーガにゃそれぞれに名前があるんで?」
七匹のオーガの話だってぇから、化け物に丸呑みにされたチビオーガを、母親が腹ん中から助け出す話とかかと思ってたら、どうも違うらしい。七匹それぞれが主役を張った七つの逸話が伝えられてるってんだ。
……て事ぁ、七匹のオーガはそれぞれ独立した人格――人じゃねぇけどな――を持ってるって話になるわけで、だったら名前だって持ってんじゃねぇかと思って訊いてみたら、やっぱりその通りだった。
「名前に何かの暗号とかは無かったんで?」
「一応考えてはみたんですが……特にこれと言って思い当たる節は……」
子供の頃から耳に胼胝ができるほど聞かされてるから間違い無い――って、ご当主自信満々に言い張るんだが……俺ぁこの時点でおかしいと思ったね。
幾ら代々伝わってるからって、〝子供の頃から耳に胼胝ができるほど〟話して聞かせるってなぁ普通じゃねぇだろ? ご当主はそれが当たり前みたいに思ってるみてぇだが。
念のためにその逸話ってやつを教えてくれって頼んだら、娘さんの方が詳しいからそっちに聞いてくれって言われた。まぁ、俺も年代物・値打ちものの古本を苦心惨憺して読むよりかは、話を聞いた方が気が楽だ。
てなわけで紹介されたのがご当主の二番目の娘さんで、ジュディスっていう名前のお嬢さんだ。お貴族様のお嬢様にしちゃ活溌なお人柄らしくってな、髪なんかもこう男かってくらいに……とまで言っちゃあ言い過ぎかもしれんが、他のお嬢様方よりずっと短くしてたな。
そのジュディスお嬢様のおっしゃるには、七匹のオーガの名前は――
「この禿げているのがクリス、その隣で真面目腐ったような顔をしているのがヴィン、鍬を足許に投げ出しているのがチコ、優しそうな顔つきの子がベル、投げナイフを構えているのがブリット、金袋を掲げているのがハリー、皮肉な笑いを浮かべているのがリー」
――なんだそうだ。
で、それぞれに関する逸話ってやつもざっと説明してもらったんだが……まぁ、何つぅか濃い話ばっかりでよ。
幾多の戦を渡り歩いてきた兵隊崩れで、最後にお偉方の欲得尽くじゃねぇ農民からの嘆願によって、端金で命を張る事を決めたやつだとか。
無法者のくせにそんな生き方に見切りを付けて、手堅い生活に憧れてるやつだとか。
農民崩れの荒くれで、自分みてぇな無法者に怯えつつ生きなくちゃならねぇ農民にも、そんな農民を食い物にする自分みてぇな無法者にも、屈折した割り切れねぇ想いを抱いてるやつだとか。
逆に自分のような無法者は謂わば農民としての生き方から逃げ出した弱虫で、天気と土地を相手に辛抱強く戦う農民こそが真っ当な生き方、本当に勇気ある生き方なんだと、農民たちの子供を諭すやつだとか。
村人を護るために戦って、死ぬ間際までナイフを投げ付けようとしてたやつだとか。
ありもしねぇ埋蔵金の噂に踊らされて死んだ山師だとか。
今まで殺してきたやつらの亡霊に怯えて修道士の道を選んだが、最後には村人を護るために再び殺し合いに身を投じた元・賞金稼ぎだとか。
……まぁ、能くもこんだけ集めたなって話ばっかりよ。聞いてるだけで疲れちまった。オーガにしちゃおかしな話が多かったから、元は人間の話だったのを、オーガに焼き直したんだろうな。……何でそんな真似をしたのかは解らねぇが。
それぞれの逸話を聞いた限りじゃ、代々伝わる秘宝とやらに関わってそうなのは山師崩れの話くれぇだが……〝ありもしない埋蔵金〟ってなってるのがなぁ……
「ご先代が今際の際に握り締めてらした人形ってのは?」
「ハリー……山師崩れのオーガですわ。高く上げた両手に金袋を掲げててバランスが悪いせいか、この子だけ昔から転び易いんです」
「転び易い……ちょいと触らせて戴いてもよござんすかね?」