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リミット24――死が見える男――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第一章 誰か、中にいる。
9/70

5.開始

 漆喰の壁で作られ、浅葱(あさぎ)色の屋根に風見鶏が刺さった古風な家。誰の趣味だかは知らないが、落ち着きのある心地の良い外装だ。


 黒い塀で囲まれ、貝塚と書いてあるネームプレートの傍にあるインターホンを鳴らす。満喫する時間も取れないまま次に進んだ。


 事務所に訪れた主の声。両親が出ることもなかったようだ。浅霧と名乗ると、庭へと入る入口の扉が開き、石造りの地面を通って玄関へ。茶色の扉が開かれ、中から愛実の顔がのぞく。


「上がってください」

 中に入ると正面にある階段は見え、左側に掛けられているのれんの先に部屋がある。左手にある下駄箱の上底に造花が飾られ、その壁の側面に宇宙のパズルが刺さった画鋲に掛けられている。


 愛実の背中を追って二階へ。上がって正面の部屋を左に曲がったすぐにある二番目の部屋に三人で向かうと、愛実はノックをした。

「姉さん。この前話した件なんだけど。来てくださったよ」

 ノックの残像を感じられるほど、無音の世界が続く。


「ごめんなさい」

「いえ、気にしないでください」

 引きこもりだからこれくらい仕方ない。こちらとしても想定していないわけでもなかったので、決して社交辞令ではない気遣いをした。しばらく無言の空間が続いたので、浅霧はリビングの場所を聞いている。


 少々がさつな態度に抵抗感を抱く。気を悪くしていないかと愛実の様子が気になったが、変わりなく対応しているようだった。


 素直に受け取って不快に思われていない、と判断できるかは微妙だ。そのまま階段を降りて、のれんの奥の部屋――リビングへと向かう。


 入って正面にある四人分の椅子とテーブルがあり、右手にキッチン。左手にテレビとソファー。今の位置から死角になっているところを除けば、固定電話が置かれていない。


 スマホが出て、携帯電話でネットが使えるようになった万能な時代に固定電話はいらないのではないかと思ったことはあるのだが、案の定といったところか。


 愛実に「どうぞ」と言われたので、帆野と浅霧は椅子に腰を掛ける。そこはしっかりしているようだ。

(よくもまぁ、今まで怒られなかったな)


 待っている間、愛実は飲み物を用意しているようだったが、浅霧は部屋の周囲を見渡していた。流石にあったばかりの人に細かいことを言えるはずもなく、気にしないようにしてキッチンの方に目を遣る。


 すでに二杯分の、色から推測して麦茶らしきものを持ってこちらに向かっている。ふと、姉の面倒も自分で見ているのかということを想像してしまった。


 両親の存在も気になる。それはそれとして、コップをそれぞれ二人の手元に置く。用意したばかりの結露していない透き通ったガラスだ。その時に愛実と目があったため、どうぞという意図が込められた微笑みを見る。自然と心が和んで、会釈で返した。


 愛実は、浅霧の正面に位置する椅子に腰を掛けると、「どうぞ」と声を掛ける。周囲を見ている浅霧に、知らせているようにも感じられた。

「いただきます」

 コップを口元に持っていく。喉が渇いていたので丁度いい。やはり、麦茶だったようだ。


「この仕事はなんで始めたんですか?」

 愛実の質問に反応してコップに向けられた視線から替えるが、どうも視線が合った感じがしない。浅霧に聞いているようだ。意外にも興味を持たれているらしい。なんだか妙に嫉妬して、気を紛らわすように麦茶をさらに飲む。


 昨日、事務所で話してくれたような一階のbarのマスターとの関わりを話した。

「あ、そうだったんですね。電話して繋がったのは良いんですけど、いざ訪れてみると看板がないもので、少々不安になって」


「やっぱり、作った方が良いですか?」

「だと思います」

「元々、お客さんからの相談がなければなにもしないので、良いかと思ってたんですが」

「だとしても、あった方がいいと思います」

「参考にさせていただきます」


 それから身の上話が続くこともなく話が途絶え、秒針が聞こえてきそうなくらい淡々と時が流れていた。愛実はしきりに、二階の方へと視線を向ける。


「すみません。ちょっと待っててくださいね」

 様子を見に席を立ちあがった。

「アルバイトでもしてるんですか?」

「一応、ですね。といっても私自身、お酒は飲みません。基本的に話を聞くか、なにか食べたい注文があった時に配膳するとか、片付けとか、そんな感じです」


「へぇ、なにか作れるんですか?」

「マスターが。その間後ろに下がってるから、私がカウンターで立ってますね」

 立っているだけというのも中々しんどい気もしてきた。話しかけられれば良いのだが、その空気に耐えられるだろうか、と自分が仕事をしないのに考えてしまう。


 ふと、浅霧の現象を思い出す。誰かに避けられるという内容だ。

「その、避けられるって話をしてたじゃないですか、それ」


「まぁ、その辺は仕方ありません。慣れっこです」

「慣れっこって」


 そうは言われても、奇妙な能力も帆野自身も持っているため、その苦労は身にしみてわかる。強がり言ってる可能性はあるが、これ以上無駄に心配してもしつこいだけだろう。


 話が途切れたくらいで、二階から降りてきた。愛実と瓜二つであるのに、顔つきや目元、雰囲気などからどことなく違った人間のように感じた。姉の香奈なのだろうか。


「帰って。なに言われたか知らないけど」

 愛実の対応とは対照的だ。高圧的というか、敵対心があるというか。強引に挨拶に行けとでも言ったのだろうか。


「そう言われましても」

「愛実がでっちあげたんじゃないの? そうは思わないわけ?」

 言葉から察するに、姉に相談しているようだ。

 建前でもいいから考えたという旨を伝えようとした矢先、浅霧は迷いなく「はい」と答える。


「じゃあ勝手にして。最近、全然寝れてなくて。いちいち起こされてもたまったもんじゃない」

「妹さんに言っておきます」

「まぁ、聞けばありがたいんだけど」


 二階へ戻る。きつく当たられたもののわかってくれたのだろうと、少しばかり安心した。言い方は悪いが、家族以外とコミュニケーションを取っていないのだから多少は致し方ないのかもしれない。


「まぁ勝手にしろって言われたので、勝手にしましょうか」

 なにやら、浅霧の言葉が喧嘩腰のように感じた。直接的なものに関しては、耐え難いなにかがあるのだろう。否定や同情もすることなく、事なきを得ようと口を出さずに「そうですね」と軽く答える。ほどなくして、階段から下りる足音が響いた。


「姉が失礼いたしました」

 帆野が大丈夫な旨を伝えようと口にした時、「はい。帰ってと言われました」と丁度同じタイミングで逆の対応を浅霧がする。わざわざストレートに伝える必要もないだろう。


「ほんとにすみません」

「でも、帰りませんので心配しないでください。起きると思うので」


 愛実はホッとした様子でお礼をした。出来るだけ近くにいたいということで、先に部屋へと戻る。くつろいで良いとの許可をもらったのはいいが、どうにも落ち着かなかない。


 汚してしまってはとも思うし、だからと言ってこのまま茫然としているわけにもいかない。だが、浅霧は言われた言葉をそのまま受け取り、部屋を見回っている。途中で足を止めてスマホを見た。


 しばらくしてこちらに見遣る。

「霊能者の人、夜の八時半頃になっちゃうらしいです」

「今日ですか?」

「はい」

 浅霧は先ほど座っていたテーブルを表面にして、後ろ側にあるテレビの正面にあるソファーに腰を掛けた。

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