3.5.予知ビデオ 後編
そう言われて試しにファイルの日付を確認する。しかし、想像する愛実の気持ちに反して今日の七時ぴったりになっている。
より一層、なにかしらの編集を施してこの未来の日付が加えられたのかもしれない、という疑いが強くなった。当然それを愛実に問う。
「そんなはずは」
そう言って強引に自身へと画面を向ける。
「編集なんかしてません! 私の部屋の前にカメラが落ちていたものですから、それを拾って映像を見たんです。
信じてください! 私はそんなことできません! そもそも友人にメールで送ったんですよ? じゃあ私の友人がいじったとでもいうんですか?」
帆野は訝しげに浅霧に見遣るが、本人はとりあえず信じているのだろう。
「わかりました。信じます。最初から話を聞かせてくれませんか?」
と浅霧が答えると、安心したのか前のめりになった体を元に戻した。
「えぇっと、夜寝る前だったんですけど、部屋に戻ろうとしたら突然床にカメラがあって。カメラなんか使ってませんでしたし、姉がそんな悪戯をする人ではないので、すごく不気味でした。中のデータを確認したら、この映像があって。不安になって誰かに相談したくなって、友人に話したんです。その後、パソコンにファイルを起こして、それを送って。
その映像ファイルを見ようとしたら、友人が動画の名前自体が文字化けしてたって言ってて。なりすましでウィルス送ったんじゃないかって心配してきたんです。一度、私に確認の電話が来たので確かです。私が送ったことを確認出来たから、見てもらったんですけど。
そしたら、私の友人が”barで変な事件を扱ってる人がいる”って聞いたから、こうして連絡してみたんです」
(文字化け)
文字化けという事実もまた、重なって異様だと思った。なんらかのバグが発生してるとも言える。ともあれ、ここに訪ねてきた流れとしては特別変わって不自然に感じなかった。
「そういう経緯だったんですね」
浅霧が頷く。
(だとすると)
もうこれは、怪奇的な案件と考えるのが必然だろう。そう思いはしたが、心にまだ抵抗感はある。編集されたという可能性がどうもぬぐい切れない。
「ビデオって見れますか?」
と、浅霧が問う。
「カメラですか?」
「はい」
「えっと」
一応は持ってきていたみたいだ。それはそうかもしれない。自分の部屋の前に落ちていたカメラとなれば、お祓いの意図があるかは知らないが、持ち込んで安心したくなるのも理解できる。茶色のしっかりとした皮のバックを弄り、中からカメラを取り出した。
「すみません、お手洗いお借りしてもよろしいですか?」
「どうぞ。出て右側の扉にあります」
愛実が立ち上がったその時だった。視界が膨張し、目の奥がキュッと痛くなるような感覚。例の能力だ。愛実の体から滑っと霊体のようなものが抜け出し、歩いてる様子から右足を前に出して停止する。その姿から重なるようにして、霊体が演技をした。ボサボサで生活感のない女性が、背の低いガラステーブルに座った。
しかし、急にノイズのようなバグが発生。体に切り込みを入れてバランスを崩し、波を打つ。女性の目が真っ黒になり、洞穴のように口を大きく開たり閉じたりを繰り返す。口を閉じた時と開いたときの二コマで表現され続け、やがて突然テーブルに横たわる姿が映し出された。
終わると同時に目の辛さを覚え、ほぐすように瞬きを繰り返し、目頭を強く押さえる。目を開いたときには、愛実の姿はそこになかった。脱力した体をソファーの背にそのまま身を任せる。
今までにない死の予言。バグがあるからあの映像と同じと断言できるか怪しいが、概ねそうと言えるだろう。予想もしない自体の中、浅霧はカメラに夢中らしい。目の前を撮影している。
「浅霧さん」
「どうしたの?」
「見えちゃった」
「え?」
浅霧と目が合う。
「貝塚愛実さんで」
「でも、映像ではお姉さんなんですよね?」
「そうですけど、見えた以上は妹さんってことになりますよね」
「そう、ですね」
双子であるために見分けがつかないため、愛実に姉と言われてすっかり姉の香奈であると思ってしまった。しかし、あの映像の身なりの乱れっぷりは同一人物とは到底思えない。
仮に同一人物だと仮定した場合、この部屋は愛実の部屋ということになる。しかし、それではなぜ自分の部屋と言わず、姉の香奈と言ったのだろうか。引っかかる。
嘘を付いたにしては、何故嘘を付く必要があるのか。単純な間違いというのはあり得ない。何十年とずっと過ごしてきた部屋だろうからだ。引っ越したばかりであったとしても、さすがに間違えることはないだろう。
巡らせていた思考に浸っていた意識が、ビデオカメラを閉じた音で現実に戻された。
「特に異変はありませんでした」
(なんのことだ?)
浅霧が帆野に顔を向けてしばらくしてからパソコンへ戻し、SDカードを挿入。
(カメラのことか)
「そうですか。じゃあほんと、なんで撮れたんでしょうね」
「うーん、怪奇現象じゃないですか? 考えても仕方ないですよ」
「それでいいんですか」
「それよりも、どう助けるかを考えなくてはならないですね。例の男が現れるかもしれないですし」
「そうですね」
とは言ったものの、どうも落ち着かない。本当にそう判断してもいいのだろうか。そんな単純な話なのだろうか。
すると、トイレから帰ってきた愛実がソファーに座る。
「なにかわかりました?」
「こちらの方で調査したいので、カメラをお預かりしてもよろしいですか?」
「それじゃあ」
「そういうことになりますね。もちろん、私達が見張っておきますので」
ホッとしたのか、強張っていた顔が緩んだ。
「ありがとうございます」
深く頭を下げた。
「では、早速よろしいですか?」
「え?」
不意を突かれたのか、帆野とは反対に浅霧は驚いている。愛実は目をぱちぱちとさせていた。
「警護です」
「警護、ですか?」
予告では明日であるはずだが、今日起きるかもしれない。死ぬという事実だけを切り取ってみれば、不安に思う気持ちを理解できたが、浅霧は映像の時間を信じ切っているらしい。
自身の能力は経験上から言って明日であることはほぼ間違いなのだが、その説明をするわけにもいかなければ、したところで信じてもらえるかどうかも怪しい。
「いやいや、その時間の通りだと思いますか?」
「はい」
「素直に受け取ってもいいんでしょうか。私としては、死ぬってことが分かった以上、時間通りと受け取れないんです。
もしですよ? 仮に、なにか気が触れて自殺が早まったとしたら。私一人で阻止できるかどうか。一人でも多くいてほしい。どうかお願いです。お金は出しますから」
浅霧と顔を見合わせる。帆野は抵抗感なく了解するのだが、浅霧は素直に受け取るだろうか。
「二十万ほどでどうでしょう?」
どうやら、具体的な料金を聞いてないから動かないと思われたらしい。が、少々この金額は弾みすぎではないだろうか。
「いや、ちょっと多すぎじゃないですかね? さすがに私としては、受け取るのに少々気が引けるというか」
気が引けた気持ちをそのまま口にする。
「助けていただくんですから、安いくらいです」
まさか、数十万にも及ぶとは思いもしなかった。これでは逆にプレッシャーがかかってしまう。確実に助けられるという保証はない。もちろん金額で弱気になるほどであるのならば、人の命など預かるものではないが、そうは言ってもやはり多い気がする。
一応、助けられなかったときの保険を掛けておくべきか、そんな汚い発想が頭の中を過った。といってもろくなものが思いつかない。渋々ではあるものの、香奈に対する助けたいという思いはそのくらいの物という気持ちを理解して、その金額で依頼を引き受ける。