19.完
粗里に頼んで、裸の高郷の体を風呂まで運んだ。帆野を持った浅霧は、亡骸さながら横たわる帆野の体の前で、正座になって座る。
自分の体を見るというのは、中々不思議な感覚だった。あまり気持ちのいいものとは言えない。鏡で見るより存在感がある。
対面にある、ゲームに出てくるようなモンスターのぬいぐるみに袖が伸び、その袖が引かれる。やがて、帆野視界が凄く低くなった。床にでも置かれたのだろう。
今度は、こちらに袖が伸び、視界が暗闇に覆われた。やがて、五感が全て復活する。体が硬く、寝すぎた後のように鈍痛が広がっている。手を握ったり開いたりするが、やはり少し動かしにくい。
生きる実感が、ようやく復活する。
ゆっくりと上体を起こそうとしてる時、浅霧が肩を支えてくれた。
「ありがとう……」
自分の声を、ようやく発せられる。
口がまだうまく動かせなく、声も少しかすれていた。
「次は、早海ちゃんだな。約束は守るから安心しろ」
高郷を睨みつけた。
「おぉ、怖い怖い」
高郷は、歩き出す。粗里が後ろをついて歩いていき、しばらくして二人で戻って来る。縄をしっかり縛られた状態で戻ってきたので、少しばかりは信用できるだろう。
恐らく、一度自分の体にでも戻ったのだろう。クマのぬいぐるみを持った。
「行くぞ」
帆野は、浅霧と鮫島に肩を支えられて立ち上がる。外に止められていた、高郷の車に乗って、目的地の病院に向けて出発した。
・ ・ ・
まだ明かりはついている。カーブ上の道路になった、膨らんだ近くに病院の入り口があり、地下駐車場に向かう右手にある通路を下り、開いているところに車を止めた。
体を縛られた人間が一階受付を通るというのは、中々なリスクが高い。高郷に俯いてもらえれば、顔は見られる心配はないが、それはそれで怪しさはある。
考えて末に、地下駐車場についているエレベーターから乗り込むことにして、入院している五階のボタンを押した。
扉の上の数字が順に点灯していき、五階に近づくにつれてエレベーターの速度が緩やかになっていく。扉が開き、五人は出る。粗里と高郷は、エレベーター近くにある椅子に腰を掛け、浅霧と二人で受付に行く。
「こんばんは、面会ですか?」
「はい。早海さんの……」
「お名前よろしいですか?」
それぞれが二人の名前を言う。
「また来てくださったのですね。どうぞー」
看護師に頭を下げ、三人を呼んで、早海の病室に入る。看護師のおかげで、清潔に保たれていて、髪もしっかり切られている。
「早く戻せ」
帆野は、高郷に命令した。寝たきりの早海に近づき、四人は距離をとる。袖が伸び、腕が下ろされた。
「これで目覚めるだろう。今すぐじゃないだろうがな……目覚めるまで、ここにいるか? そう時間は掛からないだろうが」
「当たり前だ」
粗里に向き、帆野は言う。
「ありがとうございました。鮫島さんも」
「家まで送って、しっかり体に入ったことを見届けてから、離してくれますか? 一応念の為」
「おいおい、そんな事をしても意味ないだろう? いつでも能力は使える。いつでも出来る。ここで離れても変わらないだろ?」
「あんたは黙ってろ」
粗里と鮫島は了承して、この場を去った。
・ ・ ・
あれから、数十分が経過している。浅霧には事の詳細を伝えて、外で待ってもらうことにした。目が覚めることを期待して、帆野は中で待つことにする。
(頼む……目を覚ましてくれ!)
そんな不安と期待の中、ゆっくりと目を覚ました。
「琳? 琳!」
視界がこちらにずれた。
「しゅ……ん?」
扉が勢いよく開かれる。反射的にそちらに目を向ける。
「浅霧さん! 駄目だ!」
「早海さん!」
早海は、怯えた目をして、逃げるように後退し、ベッドから落ちる。全体に聞こえるほどの悲鳴を上げた。慌てた様子で、数人の看護師達が駆けつけていた。
しかし、全員女性で拍車をかけた。
「すみません! 出ていってくれますか!」
と、浅霧を睨みつけ、帆野と浅霧は半ば強引に押されながら部屋から出た。
「俊! 俊! 助けて! いやああああ! 来ないでえええ!」
「落ち着いてください? ゆっくり、深呼吸」
「助けてええええ! 俊!」
帆野は病室に入り、早海に駆け寄った。
「大丈夫だ。な? やっと戻ったんだよ」
胸に顔を埋め、服をがっちり掴んでいた。背中を優しく撫でる。
なにがあったと言うのだろうか。鮫島は、女性からなにかされたのではないと言っていたが、そうなると、気になることがある。
(またあの女、叫んでる)
(あの女がなにかしたんじゃないか? くっくっく……弱ってる今なら、殺せそうだぞ?)
(あの男……私達を大事にしてくれるのは良いけど、変な女を連れ込んだよ)
呪物たちの反応。この言葉が、誰を指しているのだろうか。もう一人いる。この事件には、まだ続きがある。まだ終わっていない。




