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リミット24――死が見える男――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第三章 ドッペル、かっこいい
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18.不安の正体

 家の中は、綺麗に整頓されていた。入ってタイル状の黒い石の床、正面の壁に正方形のクジラの絵が額縁の中に閉じ込められていて、それが刺された画鋲から紐で吊るされていた。


 右手の靴箱に向き、鮫島の姿勢が低くなった。奥の方に右手を伸ばして、一枚の薄い紙を取り出す。家の中に体を向けたら、再び玄関の方に視界が移り、下駄をしっかりかかとをつけ、部屋の中を進んでいく。


 入って右手の台所に進むと、奥のトイレに進み、再びしゃがむ。トイレの右角――トイレタンクの真下にあたる場所に手を伸ばし、また一枚の紙を取る。


「帆野さん」

 声を潜めて、鮫島は言った。

「なにも言わなくていいので、聞いて下さい」


 トイレと台所を出る。玄関に近づき、玄関を背にして左手の通路を進んでいく。右の襖で囲まれているのは、部屋だろう。


「あなたにとっては、苦しい結末だと思います。早海さん……かなり、衰弱しています。気持ちが。私を見ると、凄く怯えてしまうので、話を聞くことも出来ませんでした。


 女の人から、なにかされたのかもしれません。呪物が保管されている一室は、地下にあるのですが、そこの近くに早海さんはずっと、数ヶ月間囚われ続け、呪物の怨念を直に聞き取っています」


 通路の突き当たりまで進むと、再びしゃがんで、紙を取る。右に曲がった。


「他の被害者の方は、どうなっているかは分かりません。ニュースで見る限り、PTSDにかかったというわけではないようですが……」

 概ね、小萱から聞かされたような話だった。


「……鬱に近い症状です。怨念とは、そういうものです。ですが……早海さんは、それとはおそらく違うと思います」


 地下に近づくにつれて、複数の魂を欲する捕食者の吐息、憎悪。老若男女関係なく、時代も()ることながら、言語の違いすら感じられるほど、悍ましいドロドロとした塊が近づいてくる。


 壁突き当たりまで移動すると、またしゃがんで紙を取る。地下に伸びる階段の前で、足を止めた。

「この先です。高郷さんを迎えてから入りますが、飲み込まれないように。どうか、あなただけは。出来ることなら、早海さんを助けてあげてください」


 黙って、それを聞き入れる。

(しかし……)

「喋らないでください。聞かれてしまいます。大丈夫です。皆さん助かります」

 事の詳細が気になるが、一瞬の隙を見せないために、細心の注意を払って考えだけでとどめた。


 しかし、不思議なのは、盗んだ当の本人は高郷であり、男性だ。男性を怖がるというのであれば、それは納得がいく。女性を怖がるというのは、どういうことなのだろうか。


 歩いてきた道を戻ると、下駄を履いて扉を開いた。

「準備できました。どうぞ」


 中に入っていった。高郷を先頭にして、前に粗里が見える。後ろに浅霧だろう。囚人を連行しているときのようにまでではないものの、縛られた紐の、背中側にある一本を握って、粗里は歩いていった。


 地下に近づくにつれて、あの声が聞こえ始めてくる。地下の部屋の入口の前、その天井にぽつんと一個、ランプが置かれているだけで、なにもない。


 部屋に入ると、部屋の外側にあるライトから、内側に侵入する明かり以外の光源が付けられていないため、現状はその付近しかわからない。


 それだけで把握するのであれば、クリアケースの中に、物が置かれているという状況だ。埃が被っている様子もなく、綺麗に掃除されている。右手のスイッチを付けると、全体が明るく照らされた。


 内部は、少しばかり物騒ではあるものの、コレクタールームと言わんばかりのものばかりだった。日本人形に絵画、銅像、手鏡や人骨のようなもの。


 列は左に曲がった突き当たりで止まる。

(また誰か獲物が来たぞ)

(あの女食えそうだな)

(あの男の生命力吸いてぇ)


 そういった悪意に満ちた感情の中に、早海の心の声は聞こえないが、扉を開く音は紛れていた。


 高郷と粗里が中に入り、割って入ろうとした浅霧を、鮫島は手で止める。

「私達は、ここで待ちましょう」


(琳! いるか!)

(俊? 俊!)

 名前を呼ぶだけで、それ以上はなにも言わない。その声に反応して、呪物達が感嘆の声を上げたが、意識から締め出そうと努力する。


「おい……俺の体はどこだ!」

 高郷が慌てて部屋から出てくる。

「……お前らがその気なら、帆野と早海ちゃんは一生帰ってこないぞ!」


 鮫島が声を発したその時、早海のつんざくような悲鳴が聞こえる。尋常ではなかった。こんな早海を、一度も見たことがない。


 呪物達の声が、気になって仕方がない。前の状況が重要であるはずなのに、聞き逃せなかった。


 高郷は、荒々しく扉を閉める。体がある状態で、部屋を隔てて、喋っているのと変わらない声量の違いではあるものの、聞こえないわけではない。


「そんな態度とっても良いのか?」

 帆野の視界が、右に大きく動いた。

「あなたこそ、そんな態度を取っていられますか? ここに閉じ込める準備はできています」


 恐らく、鮫島から浅霧に手渡されたのだろう。手に封印のための木箱が握られていて、それを見せつけていた。

「そう……なりますよね」

 浅霧は言う。

「はい。高郷さん、どうしますか?」


 そこで、全てを察する。

(……俺のことは構わないでください。二度と犠牲者を出しちゃいけない!)

「いいえ。二人を助けることを優先します。なにを言われても譲りません」

「ほう……? つまり、封じられたくなかったら、二人を解放しろと」


「はい」

「それだけじゃダメだよなぁ? わかってるだろ?」

「……わかってます。仕掛けもしっかり説明します」

 耳なし芳一の件を話す。


「体に描かれたインクは、単なる墨汁ですから、落とそうと思えば今からでも。ちゃんと、体に戻るように手筈は整えます」

(駄目だ……完全に終わった……)


 高郷を止められない。これが、不安の大元だったのだろう。そんなに上手くいくだろうか、なにか欠けてないだろうか。その欠けた部分は、この取引だった。


 考えてみれば、早海という囮がいる時点で、いくらでもそれを取引材料にして、自分が助かる道を残せる。こんな状況では、勝つこともできない。


 手の内が明かすまでをもして、早海を助け出す。こうでもしなければ、高郷からの了承を得られない。恐らく、浅霧と鮫島の会話からして、帆野が捕らえられた時に話したのだろう。


 高郷の先手を打ったこのチャンスは、助け出すことまでしか出来なかった。


「良いだろう。俺の体が見えたら、ちゃんと二人は元に戻してやる」

「帆野さんの体は、車の中にあります」


 そう言うと、粗里が部屋を後にして、鮫島が先に進んだ。

「高郷さん。早海さん……外に出してくれませんか?」

「わかった。また叫んでもめんどくさいからな」


 高郷が先に入り、クマのぬいぐるみの頭を掴んで、外に出た。

「手荒な真似はしないでください」

 早海の悲鳴。聞くだけでも、心が痛む。

「うるせぇんだよ!」


「目も隠してください。これ以上は、私も話しませんから」

「早くしろ」


 その要望は、聞かなかったらしい。早速作業に取り掛かるため、鮫島もこの部屋を後にした。

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