表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リミット24――死が見える男――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第三章 ドッペル、かっこいい
66/68

17.浅霧の決断

 頭と心が腐りかけてきた。それこそ、身体が植物人間になるように、心までが植物人間になりそうだった。生きているのか、死んでいるのかわかない。供養してほしいという幽霊の気持ちもわからなくはない。


 世界や人に執着し続けても、誰かに認識されることもなく、ただ永遠と過ごし続けるのも、そういう意味でもまた、恨みを募らせそうだった。


 扉をバタッと閉める。

「やったぞ! ドッペルゲンガーの魂を捕まえた! ここまで気持ちいいものはない! 生きてて最高だああああああ!」


(ああああああああ! うるせえええええ! 殺す!)

「頑張れ頑張れ」

 エンジンを掛け、また車が出発した。次に帰るとしたら、高郷の家だろうか。結局、浅霧や粗里が、帆野を見つけてくれることはなく、ここまで来てしまった。


 家に連れて行かれ、勝負には負ける。帆野は、ラブドールに閉じ込められる。ずっと誰かに犯される日々。それだけで先の未来が真っ暗だった。

(もういっそ、殺してくれ……)


 車が停止して、また頭を掴まれた。スマホに送られてきた写真に映る、高郷の家。石の塀に囲まれ、焦げ茶色の横に広がった平屋。


 古風な建物だが、屋根は瓦でできてはいない。平らになっているが、材質はここからでは確認できない。


 塀の入り口は黒い鉄の扉でできており、両開きの左の扉を奥に押して、建物の中に入ろうとするが、その場で足が止まった。


(な、んだ……)

 高郷の心の声が聞こえる。何があったというのだろうか。ドアノブを握ったところで止まっている。扉の前で立ち止まっている。


(よし、いまだ!)

 粗里の心の声。高郷は、後ろを振り返り、頭を掴まれた帆野も、高郷と同じ方向を見る。浅霧と高郷が、大きな網を持って襲いかかろうとしていた。


 高郷は思わず、後ろに下がろうとするが、後ろには動けない。 

(お前ら、何をした!)

 まるで、誰かに縛り付けられたかのように、その場から動かない。


「ぐあああああ!」

 高郷は、声を上げる。頭を持ったまま暴れるので、視界が激しく動く。やがて高郷が手を離し、視界が真っ暗になった。誰かが持ち上げたらしく、その正面を向ける。浅霧の顔が映った。


(これ、俊君かな……)

 体を持ってくれている。心配しているような顔が映っていた。ここまで間近に見られたことがなかったため、少しばかりドキドキした。


 やがて視界がそのまま下がり、至近距離でジーパンを履いた浅霧の太ももが映る。

(本当は、私が奪われたかもしれなかったんだ……私が、ここで……)

 浅霧の心の声が、伝わってくる。

(後で、ちゃんと言わないとな……)

 自分のせいで、と浅霧なら思っているだろう。

 

「私達の魂は取らないんですか?」

 この視界では、その違和感に意識を奪われて聞き取りづらいが、無理矢理にでも聞くしかない。

「なんだと?」


「結界って、本当に効くんですね」

「俺の家にそんなことしたのか? 許さねぇぞ!」

「まぁ、それでも無理矢理入るものかと思いました」


 鼻息を荒くしている高郷。

「どうしますか? 今回は絶対に離しません」

「へ、へへへ……こんなことどってことねぇぞ……」

「もしかして、誰かが自分が奪った状態だと、二人目を奪えないんじゃありませんか?」


「うるせぇ、今に見てろ……?」

「図星ですか。賭けに勝ちましたね。あなたの負けです」

「うるせぇって言ってんだろうがああああああ!」


 扉を開く音が聞こえる。

「終わりました」

 鮫島の声だ。

「おい、早くしろ。死んでしまう……! どうにかできるんだろ?」

 呉の声もする。恐らく、ドッペルゲンガーのことでこちらに来たのだろう。


「お前は……!」

 状況の把握が上手く出来ない。高郷がそういったことだけは理解する。

(あああああ……前がよく見えない……!)

「浅霧さん?」

 鮫島が言った。


「そのぬいぐるみ、私にくださいませんか?」

「え?」

 手を持ち上げて、覗き込む。自撮りのように、どんどん浅霧から離れていき、鮫島に体を掴まれた。正面が、前に向けられている。


「私が聞き取れますので、しゃべってください」

(え? あ、これでいいんですか?)

「はい」

 どうやら、会話が成立しているようだ。先ほども聞こえていたのだろうか。高郷は当然、反応もしていない。


 網にかけられ、縄に縛られた顔のない人間は、そこに立っている。浅霧に持たれた後、粗里が縛り上げたのだろうか。その奥に、呉がいた。もう全身が透けている。


「なんとか言え!」

 呉がそう叫んで、高郷の前に立つと、顔がないことに腰を抜かして、悲鳴を上げた。

「な、なんだこいつは! 化け物か?」


 今度は嘲笑うわけではなく、高らかに笑い声を上げた。

「なにがおかしいんですか?」

 と、浅霧は言う。


「呉さんよ……助かりたくはないか?」

「助けてくれるのか?」

「良いぞ。その代わり、ほどけ。それが条件だ」


「誰が受けますか? そんなこと」

 浅霧の言うことは尤もだ。いくら、誰かの魂を持っている時に盗めないとは言え、どこかに収めてしまえば、また誰かの魂を奪える。


「お前! まだ俺のことを恨んでるのか!」

 呉は、浅霧を叱責する。

「あなたのことは大嫌いです! でも、そんな個人的な恨みだけじゃないです。今回は……」


「何度言ったらわかる! 俺は、日本を支える人間だぞ!」

「あなたのような人は何百人といます! 自惚れないでください!」

「相変わらず、大人に向かってなんだその口の利き方は!」


 手を挙げて殴ろうとするが、粗里がそれを止める。

「流石にそれは許しませんよ?」

「喧嘩してるところ悪いんだが」

 と、高郷は言う。

「いいのか? そのうち死ぬぞ? 俺は、呉議員を救える」


 呉は、高郷の両方を掴んだ。

「本当か?」

「呉さんの魂は透けてる。ドッペルゲンガーに成り変わられようとしてるんだと思うが、どうする? 呉さんに、俺の持ってるドッペルゲンガーの魂を戻せば、影は戻り、あんたの魂は一つになる」


(そんなことに乗るな!)

「てめぇは黙ってろ!」

 確実にこちらを向いて、高郷は言った。

「どうしたのですか?」

 鮫島は、優しく語りかけてくれる。

(そんなことを言って、騙そうとしてるだけだ。そんな確証もないこと……)


 魂の輝きは、今の状態でもわからない。この周囲の人間の心の声や、ここにいる人間の、特に呉の心の声は顕著に聞こえる中、なんとかこの会話に意識を絞って聞いているが――恐らく、それは高郷にしかわからないのだろう。


「嘘なんかつくか。ちゃんと返してやるさ」

「返したら、あなたは能力を使えてしまう」

 鮫島はそういった。


「じゃあ、こうしよう。俺が魂を奪うときは、基本的に相手の体をどこでも、直に手を触れた時に取れる。変な動きをした時に、そこの霊能者にでも教えてもらえ。ちょっとでも怪しい動きをしたら、除霊でもなんでもしろ」

「だからと言って、縄を外すことと天秤にはかけられません」


「じゃあ変更だ。せめて、この結界を解いてくれないか?」

「そう言って、体に戻りたいだけではありませんか?」


「体に戻ったら、この能力は使えない。ただの生身の人間だ。四対一で、勝てるわけもないだろ? な?」

 心の中で、呟かないように必死にこらえる。

「どうしますか?」


「……応じるのは構いませんが、早海さんと帆野君も、戻してくれませんか?」

 と、浅霧は答える。

「なにを言ってる! そんな欲張りが通用すると思ってるのか? 呉と帆野どっちかだ!」

「そんな……早海さんは?」

「諦めろ。当たり前だろ。俺をこんな風にしたんだからな……」


(高郷……琳を戻してくれ。俺は良い)

 ケタケタと笑う。

「いい度胸してるじゃないか。良いぞ。わかった。呉と早海のどっちかだ!」

「きゅ、急になにを言ってるんですか?」

 浅霧は動揺している。


「うるせぇ! 早海ちゃんと呉のどっちかだ! 良いな? じゃないと、このまま取引はおじゃんだ。全員破滅!」

「そんなことはどうでもいい! 俺を助けてくれ!」


 呉は、見るからに動揺している。それもそうだ。こんな条件で、呉を見捨てないわけがない。

「金に困ってるんだろ? 億という単位で上げても良いぞ?」

「億か、そいつはいいや」

「だろ? すぐに用意する」


「断る! というか、断固拒否する」

「なに?」

「俺にもプライドがあるんだよ。そんな負け犬の悪あがきみたいに頼まれちゃあ、お前の言うことは聞けないな」


「てめええええええ!」

「さぁ、浅霧。お前が決めろ。簡単だろ? こいつに恨みがあるんだろ? な?」


 浅霧は、答えない。帆野の中に、一抹の不安がよぎる。恨みを抱えていたとしても、呉と早海の命が同じであるという認識を持っているのだろうか、と。

(いや、違う……そうじゃない……)


(私は……)

 浅霧の心の声が流れ込んでくる。

(早海さんとこいつなんて、そんなの比べなくても決まってる。でも、ここでスパッと選んで、後々後悔しないかな? 恨みがあるとは言え、この人を殺すことになる。ちゃんと覚悟を決めて、決めないと……)


(そうだ……浅霧はそういうやつだ)

(お父さんのことがあったとしても……)


「浅霧。お前の親父に会ったぞ?」

 と、高郷は言う。

「えっ?」

(なにを言う!)

「浅霧越郎、お前の親父じゃないのか?」

 浅霧は、なにも答えない。


「俺に頼んできたんだよ。今の今までずっと浮遊してた。相当悔しかったんだろうな。たまたま話を聞いたら、どうやら呉さんの秘書をやってたそうじゃないか。それからだ、これは金になりそうと思って、こいつを脅したのは。


 詳しく教えてくれたさ。復讐させてやろうかとも言ったが、あいつは″誰かこの事件を暴いてくれれば、私は本望です″って。


 相当の正義感の持ち主だ。それまで消えるつもりはないだろうな。そこの霊能者さんが、供養をしたところで受け入れないだろう。


 あぁ、最後にこんな事も言ってたな。娘に伝えて欲しい、と。父親らしいこと出来なかったこと、自分の正義感を優先したこと、そんなことをずっと悔いていたな。後、母親についてのことも言ってたが……仲良くしてくれとかなんとか」


(きっと……お母さんのことが嫌いなの知ってて、それで、仲良くしてって意味で……)

 浅霧の心に響いた声が聞こえる。追い打ちをかけるようにして、感情的に身を任せようと伝えたのだろうか。相手の考え方までわからない。


「私は……」

「おいやめろ!」

 呉は、膝から崩れ落ち、土下座をした。

「俺が悪かった! 頼む!」


 先程よりも影が薄くなっている。そろそろ潮時なのだろうか。

「決まってるでしょ! 早海さんを選ぶ!」

「てめええええええ!」

「よし決まった! 取引成立だ!」


「やめろおおお!」

 呉は、この世界から消滅した。断末魔でさえ、余韻を残さず、プツリと。まるで、ヘッドホンのプラグを抜かれたかのように。残ったドッペルゲンガーの魂はどうなったのだろうか。それを、心の中で言った。


「まだ感じますね。けど、これは世に放つことは出来ないでしょうね。呉さんが元々持ってる悪道を、理性の効かないドッペルゲンガーが引き継いでる感じがしてます。そんなものをあなたは抱いてて、平気なんですか? 高郷さん」


「この体で俺の中にいるときは、一切の行動が効かない。制御も簡単だ。早く案内しろ」


「その前に、帆野さんを」

「きっちり体を確認してからだ。そうだろ?」


 まずい、と思ってしまった。この状態では、早海も帰ってこない。この先どうすれば良いかと、焦りが生まれる中、帆野を持った鮫島が、高郷の家に入っていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ