16.魂のありか
まるで、全く変化のない定点カメラをつけた画面をじっと眺めているようだった。陽の光から見て、もう十六時から十八時と言ったところだろうが、時間の感覚すら麻痺している。
体内時計という概念があるくらいで、魂だとそれすらの感覚がわからないまま、感情だけがその間を認識している。幸い、次回で判断できる情報があるだけ良かったと言えるのかもしれない。
最悪だった。視覚と聴覚があるものの、その他の感覚はないので、まるで拷問を受けているかのようだった。心が腐る。生きた心地がしない。これだけで、こんな感情になるとは思わなかった。
(あぁ……助けてくれ……)
「音を上げ始めたか?」
(うああああああ……)
「こんな話を知ってるか? 感覚遮断実験。五感すべてを遮断された被験者がいたんだよ。目隠しをされ、動けないように縛り付けられ、手には筒のようなもので包まれ、目隠しをされる。排泄と食事以外はベッドに寝かせられ、それで生活した人間はどんな風になるか。
精神に異常をきたしたんだ。幻覚を見るようにもなる。まぁ、お前は魂だがな。心で聞けるものだけが頼りになる。完全に狂うことはないだろう。今までの連中はみんなそうだった。殺してくれと叫ぶやつもいた。そのケアは、当然ちゃんとしたがな。
全く……なにも分かっちゃいない。俺は殺人鬼じゃない。誰がどうみてもわかるだろ! どいつもこいつも……」
興奮した様子で、ぶつぶつと愚痴をこぼしている。
「ま……早海ちゃんだけは、狂わなかったがな。あいつは強いやつだ」
(早海のことはなにも言わないでくれ……)
「お前はちょっと早すぎるな。そんなに音を上げられても困る。誰かの体が欲しいか?」
心を殺して、それには答えなかった。
「頑張れるじゃないか。その調子だ。ただ、それだけだとつまらないから、もうちょっと教えてやろう。最近になってな? 早海ちゃんがおかしいんだ。死にたい、死にたいと言うようになった。
俺は手荒く扱ってないのによ……どうした、助けてやるよと言っても、なにも話してくれない。まるで俺が悪者みたいに言うもんだから、イライラしてな?」
(聞きたくない……今は……)
「つまらんやつだ」
深い溜息をつくと、しばらくして、顔のないジーンズと黒色のフード付きジャンパーに、ボロボロのスニーカーを履いた人間が出てきた。
帆野に正面を向いているようだが、顔がない。
「そろそろか? しょうがない……本当はもっと安全にやりたかったが」
(なにをするつもりだ?)
「決まってんだろ。ドッペルゲンガーの魂を捕まえに行くつもりだ。脅しておびき寄せて、安全にやろうと思ってたが……可哀想になぁ。帆野、これが現実だ。お前のことなんか、誰も大事にしちゃいない。心の奥底では、みんなお前のことを嫌ってる」
(馬鹿を見るのはお前だぞ)
「言ってろ言ってろ。その状態じゃ、なにを言っても説得力はない」
(はぁ……なんで、こんな目に……)
「覚悟しておけ? ドッペルゲンガーを魂を取ったら、お前はラブドール行きだからな」
(本気であると思ってるのか?)
「あいつの心の声が聞こえた。もっとも、人らしい感情など聞こえなかったが。単なる獣だよ。次の目的と場所を呟いては、行動するだけ。聞いてるだけでもおかしいやつだとすぐに分かる。
それに、お前……刑事と電話してただろ。ドッペルゲンガーって答えてたしな。本当はしっかり確かめたかったが、一度しかチャンスがないんじゃ、それも出来ないからな」
高郷は左に動いて、帆野の横に立つと、視界が浮遊した。視界が真っ暗になることはなく、上がった視界は下に下がり、ブランコのようにグラグラと動く。
帆野が入っている、人形やぬいぐるみのようなものが、頭を掴まれて歩いているのだろう。心底、気分が悪くなった。酔うという感覚はない物の、雑に扱われているのは、これほどまでに嫌だとは思いもしなかった。
・ ・ ・
廃れたビルの一階に止めてある、車の後部座席に雑に投げられる。天井を仰いだまま固定された。心の中で伝えようとしたが、どのみちそんな言葉は届かないだろう。高郷にとって、帆野の魂の輝きなど、興味もない至って普通の物なのだろうから。
車の唸り声。一定のテンポでガタ、ガタっと動くところを聞く感じからして、高速に出たのだろうか。閉じ込める算段で、帆野か浅霧の魂を抜くつもりだったのだろうから、ぬいぐるみを最初から閉じ込めてくれればよかったものを、行きの時のそれをしなかった。
未だ抜けることのない、高郷への警戒。いちいち何故何故と考えても、あまり意味がないのかもしれないのだろうが、不安がそうはさせてくれない。心が揺さぶられ続け、かき乱される。
しかし、そこまで大雑把な性格をしていて、村の時の事件に負けたというのは、無性に癇に障る。そこまで衝動的な性格なのであれば、なにかミスやほころびがあってもおかしくないはずだ。
そもそも、現場に出向かなければいかないその状況そのものが、死神が紛れ込んでいるかもしれないというヒントになったのかもしれない。
あの時は、そんなことも一切考えなかった。とにかく、あの村から脱出すること、ゾンビから逃げて儀式を終わらせること、塩染から依頼されていた犯人探し等々――そちらに意識が引っ張られていたせいで。最後に気付いてもよかった。
(クソ……あの時……)
そう、あの時。死神は、常和を説得しているときに流れた一筋の光。死神の狙い。冷静であれば、きっと気づいたかもしれない。狙いに気が付けたのだから、死神の本体が近くにあるということまで、意識が周っていいはずだ。
(あの時の銃だって……!)
取っ組み合いになり、切羽詰まった状況。気づくのが遅かったのは、重々承知している。だが、ここまでほころびがあった。あの雲原夫妻を牽制している状況下で銃声が聞こえる。
てっきり、二人が銃を奪ったのかとも思ったが、よくよく考えれば、すぐに助けに来るはずだ。それがなかったということは、二人ではない誰か、あるいは塩染が発砲したということ。
この男が、外のゾンビをやった後、噛まれた殻屋を葬り、安全な場所で幽体離脱した。塩染のところに向かって銃を奪い、三人を殺す。そうすれば、安全に魂を回収できる。
(殺人鬼じゃないって、十分殺人鬼だろ!)
「あぁ?」
(雲原さんも、塩染さんも、お前が殺したんだろ! 殻屋さんだって!)
「見てねぇ癖に好き放題ってんじゃねぇぞ! 殻屋はゾンビになったんだ。俺は襲われかけた。だから殺した。お前だってゾンビ殺っただろ!」
(お前と一緒にすんな! 雲原さんは百パーお前のせいだろ!)
「相手がゾンビだって言うのにさ、拳銃を奪おうとタイミングをずっと伺ってた。そりゃあ、頭を打てば動けなくなるけどな? でもさぁ……そのまま行かせたら、お前らを助けに行くだろ。
そうしたら、魂が奪えなくなる。せっかくここまで念入りに計画したのに、今更降りるなんてできるか? 蘇らないなんて知ってたら、殺すこともなかった。俺だって仕方なかったんだぜ?」
(このくそったれ! 人を殺しておいて、雲が悪かったみたいに言ってんじゃねぇ!)
「それが事実じゃねぇか」
(うるせぇ……)
「現実逃避か? 現実を見ろ。いつまでたっても成長しないぞ?」
(アドバイスすんな)
あの耳障りな、あざ笑う声。再び馬鹿にした。なんとか心の中で声に出さないよう努力して、あまり聞かれないようにふるまっているのだが、ストレスで爆発しそうだったので、天井の一点を見つめて流れる思考をそのまま送ろうとした。
すっかり街灯が明かりを灯す時間。高速を出たのだろう。
しばらくして、車が止まり、扉を強く締める振動と音が聞こえる。この間にでも逃げようと試みるが、どうやっても動けない。
(うっ……あぁっ……)
心霊現象でよく、一人でにぬいぐるみが動くシーンがあるが、こんなに難しい物で、不可能なのではないかと思い知らされるとは考えもしなかった。
怨念の力で動いてると仮定すると、思いの力が足りないのかもしれない。帆野の気持ちは、なんとかなれという漠然とした希望と、誰か助けに来てくれるという期待、それに含まれる諦めなどがある純粋ではない入り混じった感情のせいで、この体は動かないのかもしれない。
(このままじゃ……)
高郷にまた、負けてしまう。




