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リミット24――死が見える男――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第三章 ドッペル、かっこいい
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15.霊体と人間、そして幽体離脱 前編

 いろいろな人の、心の声だけは聞こえる。温かくも、冷たくもない。五感すべてが虚無。ただ、人の感情だけが注がれる。器の気分を存分に味あわされていた。


 恨み、妬み、不安、躁、幸福。

 それぞれの感情が同時に流れてくるが、全てが主観。自分自身の一方的な感情なだけで、様々な状態が入り混じっている。他者への一貫性を求めるなんて、おこがましいと感じるくらい。


 誰かの恨み言を思ったかと思えば、その感情に自己否定を繰り返し、くよくよ悩む自分に後悔して、幸せの記憶を呼び起こそうとする。


 誰かが自分の気持ちを形容した一言だけでは、とてもじゃないが全てを把握できそうにない。皆が皆、自分の感情に振り回されているように感じた。


 それを浴びせかけられる帆野とっては、ここまで苦しいものだとは思わなかった。どうせなら、好きや嫌いなど、片側だけに、掛け金をべット出来る上限いっぱいまで使われたい。


 どこでなにをしてるかもわからなかったが、それは唐突に明らかになる。ただの一室。むき出しのコンクリートの柱や床が見えている。


 体の自由が一切利かないが、何故か視界が開けている。瞳を動かすこともできず、瞬きも出来ない。しかし、目が乾くことは一切ない。


「兄ちゃん」

(この声は……)

 呪物の存在を村で教えてくれた、高郷の声だ。目の前には誰もいない。霊体化したままだろうか。


「答えろ」

(答えろって言ったって……)

「思うだけでいい。他人の感情が流れ込んでくるなら、あんたも同じようなもんだ」


(お前……なにをした)

「安心しろ。ゲームをするだけだ」

(ゲーム?)

「なんで許せないかわかるか?」

(お前に歯向かったからか?)


「違う! 全然違う! 俺はな? 他人からいくら嫌がらせをされようとも、そんなものはどんな手を使っても捻り潰す。そこじゃない。問題なのは、俺の手のひらで動かなかった。思い通りにならなかった。勝負を仕掛けているわけでもないのに、お前らは勝手に進めた!」


(なんて身勝手な……)

「だから、浅霧と粗里を釣るために、お前には人質になってもらう」

(なんだと?)

「負けたら、一生童貞の世話でもすることになるぞ?」


(……は?)

「実はな。良いこと思いついたんだよ。あいつ……誰だったかなぁ。まぁいいや。とにかく、俺を殺そうとした男を返り討ちにしてな? そいつの魂を、ラブドールに閉じ込めたんだよ。今頃、ギトギトの汗を垂れ流しながら、童貞の相手でもしてんじゃねぇかなぁ?」


 ケタケタと笑い、言った。

 こうして人形かなにかに閉じ込められたようになっているが、これが勝負に負けると、誰かのラブドールに閉じ込められ、犯されることになる。


 恐怖以上の何物でもなかった。気持ち悪さ、背筋を虫が駆け上がるような、ゾクッとする感覚があった。入れ物には神経が通ってないので、当然ながら鳥肌のような感覚はない。

「言葉も出ないのか?」


 そんな時、頭に嫌な予感がよぎる。

(琳にそんな事をしてないだろうな……?)

「するわけないだろ! あの子は特別だ……あんなに光り輝く魂を見たのは初めてだ……」


(本当か?)

「何度言ったらわかる! 当たり前だ!」

(もししたら、お前、殺すぞ)

「そんなこと言ってられる状況か?」

(知るか。お前のこと、ぜってぇ許さねぇからな)


「聞こえてるよ。そんなに聞かせたいのか? もっと耳、近づけてやろうか?」

(てめええええ!)


 声を高らかにして嘲笑う。殺意や憎悪、増しに増してくる。

「待ってろ。今電話してくる。ゲームの始まりな? この場所を制限時間以内に見つけられたら、お前らの勝ち。見つけられなかったら、ラブドール行き」

(誰が)


「お前の答えは聞いてない」

 静寂が包み込む。風が吹き荒れ、ガラスのない窓から無理矢理侵入し、口笛を吹くように音を鳴らした。


「さぁさぁ、開始だ。どうなるかな?」

 なにをどうしたのか、理解が出来なかった。電話した形跡は見当たらなかった。


「なんか言えよ。ビビったか?」

(いや)

「よし……退屈だからさ、なにか聞きたいことはないか?」


(聞きたいこと?)

「そうだ。いろいろあんだろ。まぁ、答えられる範囲だけどな」

(じゃあ……なんで琳を狙った)

「あいつか……あいつはすごかった。どんな呪物よりも崇高な……」


(それじゃ答えになってない)

「どう凄いかってことが聞きたいのか?」

(早く答えろ)


「じゃあ答えてやる……男女の友情ってやつだよ」

(……は?)

「お前ならさ、魂になったんだからわかるだろ。いろんな人間の心の声が。あらゆる感情がいろいろ混ざってる。恨みつらみ、幸福や安らぎ。特定の人間を想像した時の反応と、場所や物、これからの未来の予想から来る不安と強迫観念、期待など……


 一貫してないって思っただろ? だけどな、不思議なことに人間は死ぬと、一つだけの感情になってその場に残る。俺が呪物に心酔したのは、この能力を手に入れる前から、そのたった一つだけ、一途に思い続ける信念ってやつに惹かれたんだ。


 一回くらい、人に振り回されてみろよ。それが憎悪であったとしても、たった一つの感情を持って、思い続けられているというのは……振り回されるよりかは、すごく幸福なことなんだよ」


(わからないな……)

「わならない? その姿になったら思っただろ! 正反対の感情を持ち続けられ、それをぶつけられるのがどんなものかを」


 確かに、苦しいと思った。ただ、それは同時に、自分を大事にできるきっかけにもなった。ほとんどの人間は、皆そういうものなのだ、と。


 早海に対する、帆野が抱く感情もそうだった。理性から跳ね除けたが、性的な欲求も少なからずあって、外見的にもタイプだった。そんな人に告白されて、嬉しかったと同時に抱いた。


 それに、その早海に向けた性的感情に対して、後ろめたさも生まれて、自分への憎しみでもあった。それを目的として助けたわけでもなかったのに、生粋の善意であったのに、それがあるだけで、全く目的が変わってしまう。


 こうして考えてもみれば、もしかすると、その感情を、そんな自分を否定したくて、勇気を出したであろう告白を拒否したのかもしれない。相手の気持ちを、踏みにじったのかもしれない。


「おい、聞いてるのか?」

(聞いてる。それがどうした?)

「なんだと? 思ったのか、思ってないのかすら答えられないのか?」


(ああ思ったさ。嫌だと思ったさ。だけど、俺が言いたいのはそうじゃない。あんたは、一貫していれば、人に恨まれても平気だと言ってることにわからないって言ったんだ)


「何故だ? さっきまで平然と過ごしていた人間に、なにか理由もわからず、憎悪を向けられるよりかは全然いいだろ?」

 なにも答えられなかった。


 嫌だ、と言いたかったが、自分が抱かないわけではない。それを考えたら、帆野には言えなかった。過ごしていれば当然、相手に対する不満などは生まれてくるものだ。そんなに一貫して、同じ感情で思い続けるなんてことは出来ない。


(……俺は、どっちも嫌だけどな)

「綺麗事か? 自分は、誰にも恨まれない良いやつだという自信でもあるのか?」

(そうじゃない)


「どうせ、他人なんかゴミ同然だ。そいつらを弄んでなにが悪い。俺に喧嘩を売ってきたやつがさ、完敗だって降伏した時の顔……気持ちいいぞ。してやったって」


(……早海は関係ないだろ。お前になにをした?)

「あいつだけなんだ! 探して探しても、誰も見つからない……見つからないんだ。一貫して誰かを思い続け、生きてる人間なのに、まったくブレなかった。


 お前に対する気持ちだよ。お前の気持ちをしっかり汲んでる。そのうえで、感謝からお前に尽くし、お前を助けてる。恋人だってそうだ。恋人ができるまで、お前を助けたいと、心の底から思ってる。


 お前のことを好きとか、愛してるとか、そんなものじゃない。夫婦でも恋人でも、この輝きはなかった。捕まってからも、なにも変わっちゃいない」


 なんと答えれば良いのか、わからなかった。そこまでのことをしているという自覚もない。ただ、そんなことより、高郷という悪から、その感情を聞かされるのが、無性に腹が立った。


(……そんな感情を覗いて、楽しいのか?)

「は?」

(お前、スケベだろ。変態)

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