11.変化
シャッターが閉められたbarの店内。腕を組み、貧乏ゆすりをしている呉の姿があった。
監視カメラの映像を説明の際に、なにか使うかもしれないと思い、浅霧のパソコンを念の為に帆野が持ってきていた。
帆野の右隣に浅霧、その右隣に粗里と並び、呉に報告をする。
「俺がやってないということ、ちゃんと証明できたんだろうな」
怒られるとわかっているのに、言わなければならないというのは、これほど億劫だとは思わなかった。言いにくいことを言わなければいけない。
深呼吸をして、覚悟を決める。
「はい。出来ます」
貧乏ゆすりと、顔色が変わる。言葉を続けた。
「けど……それには、今日一日だけは、休日だと思って、休んでもらいたいんです」
机を叩いて立ち上がる。
「俺がどんな仕事をしているのか分かってるのか!」
「分かっています。日本に必要な人だと理解しています。ただ、これは濡れ衣を晴らすのに必要なんです。それに、先生が見つけた人たちは皆、不在の中でもやっていけないほど無能な人たちなんですか?」
だんだん雰囲気が柔らかくなっていく。
「……いや。あいつらはよくやっている」
「信じてみては?」
腕を組んで、しばらくの間が空いた後、口を開いた。
「それで、証明されるんだろうな」
曖昧な答えでは、また非難されるだろう。不確定要素はあるが、断定して答える。
「わかった。じゃあ、連絡してくるから待ってろ」
すぐにスマホを取り出して、連絡を入れた。
やがて、電話を終えてスマホをポケットに入れる。
「他に聞きたいことは?」
「恐らく……癇に障られると思うんですけど、昨日一昨日と、以前のスケジュールを聞けませんか?」
「それを早く言え! さっき電話しただろうが」
「すみません……これは必要なことなんです。もしかすると、先生の関係のあるところに、現れると思うんです」
「関係のあるところ?」
「はい。擦り付けたいのか、わかりませんが……」
呉の近くに、背のついてない丸椅子を持ってきて、左手に抱えていたパソコンを椅子の上に置く。
「これ、見てください。撮られた監視カメラなんですけど……」
呉が選挙ポスターに落書きをしている瞬間の映像を見せた。
「なんだこれ……俺じゃないか!」
「先生そっくりの誰かがやってるようです」
瞳には怒りがにじんでいる。帆野は説明を続けた。
「ここの公園とか、場所に心当たりはありますか?」
こちらに一度視線をやると、食いるようにして画面を見ている。
「ああ……確か、ここの近くで演説したな」
「では、こちらは」
今度は、火遊びの現場近くの映像を見せる。
「ここは……わからん。この角度だと、なんとも言えん」
「ありがとうございます。ちなみに、演説した日とかは……」
「毎日してるからな。いろんなところで。この場所でした日は覚えてない」
「ですよね……逆に、回った日とかは、把握できたりしますか?」
「ちょっと待ってろ」
再び、スマホで電話をする。しばらくの応対があった後、電話を切った。
「地図、持ってるか?」
仕方がないので、スマホのマップを表示させた。
「住所は、このあたりでいいですか?」
「ああ」
スマホを見せる。器用に手を動かしていき、指で円を描いた。
「この辺だ」
「ありがとうございます」
「それ聞いてどうするんだ?」
「今日、先生の偽物はまたやります。その近辺の推測です」
「なるほどな。これで、濡れ衣だと証明されるんだろ?」
「はい」
リラックスして、椅子に座る。粗里に視線をやる。
「おい、お茶」
傲慢な態度は崩れることなく、いつもの調子に戻った。粗里は、厨房に行く。
後は、ドッペルゲンガーであることを小萱に証明するだけだ。
粗里が持ってきたお茶がテーブルに置かれ、礼もなしにそのコップを手にして、飲み物を口元に運んでいく。
勢いよく口の中に流し込んでいる呉、事務所でただじっと待っていることになるだろう。帆野達は、裏口を目指すために足を動かした。ふと、振り向きざまに見えたような幽霊のように、視界の端に不可解なものが映る。
思わず、確認するために顔を戻してしまった。目を疑う現象が、そこに起こっている。手元が、少しばかり薄くなっていたのだ。
なにも言わずに足を止めたまま、釘付けになっているリアクションからして、浅霧も粗里も気づいているようだが、上手く切り出せないでいるのだろう。
コップをテーブルに置こうとした時に、その自体にようやく、呉は気がつく。テーブルから少し離れたところからコップが滑り落ち、お茶を揺らしながら立った。
激しく狼狽している。
「こ、これはなんだ!」
左手で薄くなった右手を触る。まだ、そこに実体はあるようだ。懇願するような目でこちらを見た。浅霧と顔を見合わせ、隠していた内容をしっかり話す。
今回は心底腹を立てたようで、店からでようとした。
「俺は帰る! 真面目に相談した俺が馬鹿だった!」
粗里は止める。
「うるさい! どけ!」
粗里と同じ様に、帆野も止めに入った。
「では、その手が」
「それでも、呉議員の威厳ですか?」
内輪ながらに一騒ぎが起きている中、貫く雷鳴のように浅霧が言い放った。
「なんだと?」
「そんな弱腰なんですか?」
「弱腰だと?」
「その手のことを見ても、私たちがふざけてると言うなら勝手にしてください。あなたのせいにされても、私は知りません。人を殺しておいて逃げたいなら、死んでください。けど、覚悟があるなら見せてください。さっきの発言はどこに言ったんですか?」
態度は一変して、粗里と帆野の手を振り払い、スーツを乱暴に整えだした。なにも言わず、自分が座っていた椅子に座る。
とりあえず、ここから出ることだけは止められてホッとしている。後は粗里に任せ、浅霧と帆野は待機のために、裏口から店を出た。




