8.膠着状態
小萱は、帰ったと思われる。
一応、道路側の窓――座っている位置から右の突き当たりの、カーテンもかけられていない窓を覗きに行った。
近づいただけでもすぐに分かる。粗里の言っていた通り、遠くではあるものの、見える位置に車が一台、止めてあった。
小萱の姿は、確認できていない。気づかれたらと思って、まじまじとは見れなかった。カーテンを閉めた後、盗み見ようとしても、やはりこの距離では見えにくい。
「どうしたの?」
急に部屋が暗くなったためなのか、反応したらしい。浅霧の方に体を向け、そちらに向かって歩いた。
「正面の車」
窓を、親指で指して言った。
「小萱さんがまだいると思う」
「やっぱり? さっきのも、なんかの試しだったのかな」
浅霧は、こちらに向かってくる。帆野の右隣に並んだ。カーテンの隙間を開けて、外を覗こうとしていたので、慌ててカーテンを抑える。
「ち、ちょっと、気づかれるぞ?」
「まぁ、どうせ決めつけてここにいるんだろうし、いいんじゃない? 間違ってるわけじゃないし」
「わざわざ教えなくてもいいだろ……」
浅霧は、カーテンを握って隙間を開け、外を覗いた。
「やっぱり小萱さんだね」
「え?」
浅霧の右隣に移動して、肩の間から窓の外を覗く。断言はできないが、車に小萱の姿があった。女性のスーツ姿というのは、この距離でわかる範囲。
だが、小萱と決めつけてもいいだろう。タブレットと思わしきものをバッグの中に入れている最中だった。
「ふーん……やっぱり、侮れないね」
「え?」
浅霧は、カーテンを閉め、こちらを見た。
「さっきね、タブレットを横にして、車の窓に立てかけてあったんだ」
その時、予感が的中したと思った。粗里が零した言葉も、それに関わっていたものだろう。
「あっ、危な……あの時、呉さんを移動させようとしてたら、とんでもないことに……」
粗里との電話中、なにしているのかと覗きに行った時に、胸ポケットになにかをしまった瞬間を目撃した。
帆野と電話をしていると判断するや否や、咄嗟の判断で事務所に顔を出す前に、車にタブレットを立てかけ、タブレットとスマホでカメラ通話をし、両方ともミュートか音声を切りにしておく。
そして、待機してるその画面を、じっと覗いていたのだろうと思う。カメラを使わなかったのは、思いつきである証拠だ。苦肉の策でこの手段を取ったのだろう。
「注意したほうが良いね」
「だな……これじゃあ、聞き込みも出来ないよな」
「どうだろう」
「え?」
「鮫島さん、呼んだんだよ。うちに来てくれるって言うから」
「こ、こんな状況で?!」
「大丈夫じゃない? 別に、変な人が来るわけじゃないし」
「……前から思ってたけどさ、不用心すぎないか?」
「警戒だけしてても、どうしようもないしなぁ……固まってなにもしなかったら、結局先に進まないわけだし。慎重に立ち振る舞ったとしても、結果的に疑われるなら、堂々と行動してるほうが動きやすいし」
「そういう人のなのは理解したけど……」
「そんなに危ない?」
「うん」
「じゃあ、その時になったら、教えてね」
予想外の答えに驚いてしまう。頭に、予言された死も同時に、呼び起こされた。
「あ、ああ……もちろん」
「どうしたの?」
「いや、意外だったもんで……多少、怒られる覚悟で言ったんだけど」
「どうして怒るの?」
「いや……だって、はっきり言っちゃうわけだし」
「うーん……言葉自体は、心配してくれてるように聞こえたしなぁ。大丈夫だよ」
「そ、そう?」
「うん。怖くないわけじゃないよ? けど、この状況だと、まだ手遅れってわけでもなさそうだし。内容からして、粗里さんを匿ってるかどうかの部分で怪しんでるだけで、今回の事件の真犯人として疑ってるわけでもなさそうだし。
その素振りを感じたら、流石に帆野君に相談してるよ。けど、今はそんなタイミングじゃない。今は大丈夫だから」
「そ、そうか……確かに」
相変わらず冷静だ。帆野はどちらかというと、不安や恐怖、想像力も人並みにあると自負している。だからこそ、そのうち浅霧が足を滑らせないかと心配だった。
今このタイミングなら、死が見えたことを伝えられる流れかもしれない。喉まで出かかったが、結局全て飲み込んでしまった。
浅霧は、今起きている事柄をまとめて考えることを得意としているが、死にそうな時になってからでは遅い。
その対策を考えるのは自分の役目だと、その浅霧を支えられるのは自分だと、そう思っていても、音に出すことさえできなかった。悠長なことを言っていられないのに、また後回しにしてしまう。
・ ・ ・
しばらくの時が過ぎる。テレビを見て、暇をつぶしていたが、時の進みが遅いように感じた。仕切りに時計を気にして、呉の癇癪が始まらないかとも思った。
時折、浅霧の様子を確認して。だが、浅霧に、テレビ見ないかと誘っても、大丈夫と言ってスマホをいじる。少し間を開けてその隣に座っては、テレビを見に行くためにソファーに座る。
日常的な行動だとしても、そわそわしているように見えるくらい、落ち着きがなかった。
先程のカーテンまで向かい、外を見る。随分と粘り強いようだ。上司からのストップは掛かっていないのだろうか。他の仕事だってあるだろうに。そんな時、止まっている小萱の車に、男が近づく。
声は小さいが、怒鳴り声に近い。
「いい加減にしろよ! こんなところで粘ってもどうしようもない。聞き込みするぞ!」
「絶対に離れません!」
「あのなぁ……! 頼むよ……わかってくれよ! なぁ? 追ったってしょうがないんだぞ?」
「見ました。完全に」
そんな時に、二人がこちらを見上げる。驚いて素早く隠れる。
「小萱さん?」
真後ろに立っているとは知らず、驚いて後退してしまった。
「ごめん」
「大丈夫。なんか、上司からのお叱りみたいだぞ」
「さっき、見ましたって言ってたよね」
「だな」
「ビデオだったりしない?」
「え……それまずくないか? 押収されてたら……」
「うーん、たぶんそれはないんじゃないかな。追ったってしょうがないって言ってるし」
それで判断して良いのか、とも思って喉まで出かけたが、それを引っ込める。
「まだ、わからないもんな」
「うん。今のところはね」
そんな時、粗里から電話が来た。スマホをポケットから取り出して、応答する。
――はい。
――死神から電話があった。
――え?!
――金を、指定したロッカーに置いといてくれってことみたいで。
――そ、それって、チャンスじゃないですか?
――そうだね。ただ、この状況だと動けないから、誰かにお願いするよ。
――わかりました。では、待ってていいですか?
――うん。分かり次第、電話するから。
――ありがとうございます。
電話を切る。浅霧が気にしていたので、粗里と話した内容をまとめて伝える。
「ふーん。支払いだと、銀行の名義でわかっちゃうからかな?」
「だろうな、たぶん。でも、そこまで警戒することか?」
「念のため、じゃない?」
「なの、かな……こっちの動きがバレたとか……」
「うーん、たぶんキレてなにかすぐに仕掛けてくると思うよ? ゲームだって、挑戦してくるくらいだし」
「そ、そっか……確かに」
ソファーに戻り、テレビを見ることにする。じれったいが、今は待機するしかない。




