3.5 過去 後編
しばらくの沈黙の後、浅霧が声を発した。
「帆野さんは? どういう人?」
「うーん……普通の人だよ。俺の前では、一切喧嘩しないで、俺のために金を貯めてた人。まぁ、喧嘩しないって言っても、俺が寝てる時に二人でよく話し合ってたところ、たまたま見たことあるんだけど」
「良い人なんだね」
「まぁ……大学まで進学できるように、金も貯めてたみたいだけど、俺はなんていうかね、無理してるようにも見えてさ。
だからといってね……高卒ですぐに就職しても、親を安心させられないって思って、本を読むのが好きだったし、過去に職場体験でもしたことがある、図書館に就職したくて、短大にね。まぁ、めでたく就職は出来たけど、その先でいじめられてね……」
「そう、だったんだ」
「人の死が見えるって言ったじゃん? アレで、社員の女の子が、自殺するところをたまたま……」
「助けたの?」
「別に、全く話したことなかったわけじゃないし、様子が変だったところも感じてた。だから……なんとか、助けたくて……」
「うん」
「結局……」
「そっか……相手の人は、なにで悩んでたの?」
「わからない。なにかあった? とか聞いても、大丈夫って言うだけだし、向こうから避けてるような気がしたから、俺もそれ以上言えなくて。最後に、死ぬことだけはするなよって伝えたんだけど……」
「帆野さんがなにかした……とかじゃないよね?」
「あぁ、後になってそれも考えて、いろいろ思い返してみたけど、思い当たる節は……」
と、答えては見たものの、そもそも帆野自身がなにかをした立場の人間だった場合、嘘を付いて当然だろう、と思ってしまった。
以前にそう考えて、頭を悩ませたこともあったため、またその疑いが浮上して余計に不安になった。
それがあって、人の死にはあまり関わらないようにしたのだ。とはいいつつ、無視し続けるのもまた、どこか罪悪感もあって、流されるようにbarでは能力を生かした仕事をしてしまった。
「そうなんだ」
「まぁ、辞めてよかったよ。俺、ずっと嫌われてたしな。全員じゃないけど」
「え?」
「悪口、言われてたんだよ。だからね……」
「ねぇ、それって……」
「なに?」
「帆野さんじゃなくて、自殺したその子なんじゃない?」
「……え?」
「その女の人がずっと言われてて、その中に帆野さんが入ってきたとしたら……」
「あ、あぁ……」
帆野自身が作った弁当を持っていくときと、早海が作ってくれた時の弁当には、気にしている人間ならわかる差があったかもしれない。
凝った昼食の弁当は、早海が余裕ある時に作ってくれていた。その弁当を見て、周りは″彼女がいるくせに″と、思っていたのだろう。
それ以降、帆野は彼女にあまり関わること無く、過ごしていた。ただ、その矛先は帆野自身に向いていた。その態度を見て、相手は″聞いている″と察したのかもしれない。一度始まれば、収まることを知らない。
そのことは、早海に相談できなかった。変に気を使わせてしまうと思って。
「ストレートに言うことになっちゃうけど、ごめんね。帆野さんが関わったから、その人が病んじゃったのか、言われてる中で助けてくれたと受け取ったのか……私はわからない。
もしかしたら、帆野さんのせいでエスカレートしたのかもしれないし、その女の人は、帆野さんに向いたことで、申し訳ない気持ちがあったのかもしれない」
「どちらにしても、俺が引き金を引いたかもしれないな……」
過去のはっきりしない不安の最中、barでは言葉に気をつけながら、前に進む意図でやってみたが、そんなときよりも、不謹慎ながらに気持ちが晴れていった。
浅霧は口ごもってしまい、答えなかった。
「可能性はあるよな? 仕事上とは言え、俺が話したことでエスカレートしたのであれば、俺のせいだし、相手が助けてくれたと受け取っていたとしても、結局追い詰めたのは俺だ」
「……私は、わかってるから大丈夫だけど、早海さんと帆野さんの関係を普通の人が見たら……」
と、途端に驚いたような表情をして、言葉が止まってしまう。
「どうした?」
「ううん……たぶん、付き合ってるって周りは思うよ。二股掛けてるみたいなこと、言われたことない?」
「ある」
「でしょ? 相手の人から、なにか聞かれたりした?」
「付き合ってるとか、確かに……」
「そういうことだと思う。相手の人は、素直に受け取ってないと思うけど……弁当まで作ってくれて、付き合ってないって言ってもって、なると思う」
「その辺もしっかり、話したけど……疑われるよな」
「だと思う。帆野さんが悪いとか、相手の人が悪いとは言えないけど……なんか、しょうがない感じがする」
「ありがとう。心の支えが取れた気がするよ」
「ううん、私も、話聞いてもらったし」
話が終わったそんな時、浅霧のスマホが震える。電話があったようだ。画面に表示されたのは、吉田という名前。もう出来たのか、と思うほど早い仕事だ。
「わかりました」
と、浅霧が答え、通話が切れる。
「なんて?」
「なんか、アプリ送るから、それをパソコンにインストールしてって。映像ファイル、そっちで送りたいみたい」
そういって、奥の部屋へと進んでいった。




