3.過去 前編
吉田に連絡をした粗里から、厨房で映像を探すと一方を受け、その場にいなかった浅霧を探しに、二階の事務所へと向かった。
もし、事務所にいなかった場合、電話でも掛けようと思ったのだが、その必要もない。いつも依頼を受ける際に座る、あのソファーに腰を掛け、太ももに肘をつけて、手のひらで顔を覆っている浅霧の隣に座る。
先ほど、粗里と浅霧の出会い、そして、政治家呉三郎との関係を知れたが、その話が気になる。聞いても良い物だろうか。
「お父さん、大好きだったんだ」
浅霧の方から話があった。ニュアンスからして、やはり殺されたということだろう。
「……ショックだったな。殺された、のか?」
浅霧は、頷く。手のひらを顔から離して、腰を深く掛けた横顔は、どこか虚ろだった。そのまま俯く。
「無理しなくていい。そんな相手を……」
「いい。気にしないで。許せないし、同情なんてこれっぽっちもない。あんな姿見てたら、今すぐにでも殺したくなった」
「やっぱ、やめた方が……」
「ううん。早海さんのこともある。絶対に勝つ。だから帆野君、絶対に逃げないで」
真剣な目で、そう問われる。
「当たり前じゃん」
(悩むまでもない)
「ありがとう……」
こんな時、どんな言葉を掛けた方が良いか。呉との事件は、とても凄惨な思い出だろうが、越朗と過ごした日々は、決して悪い物ばかりではなかったと思う。
場合によっては、その良い思い出を引き出したことで、殺されたという結果をより、理不尽に蝕んでいくだろう。
「帆野君は、お父さんお母さんの事、好き?」
悩んでいる最中、浅霧から聞いてきた。
「そりゃまぁ……しっかり育ててくれたしな」
「そっか。私は、お母さんが大嫌いだった。保育園同士の飲み会でもね、子どもがいるのに関わらず、ママ友に平気で毎回、うちの旦那は政治家の秘書やってるんだって自慢して。
派手な格好して、英才教育させてるだのなんだのと、嘘もついて見栄を張って。お父さんが家にいないことを利用して、仕事帰りに悪酔いして、男と玄関でキスしたり、朝方帰ってくるなんてこともあったかな。料理だけが取り柄の人。香水から化粧まで、なにからなにまで嫌いだった」
「お父さんはなんて……」
「気にしないようにしてたんだと思う。ちゃんと怒ってほしかったよ、私としては。そんなところでいちいち良い顔するなんて、馬鹿みたいじゃない?」
「確かに……」
「怒ってよって言いたかったけど、もし本当に気が付いて無かったら、傷つけるだけじゃない? だから、言い出せなくて」
「俺も浅霧さんの立場だったら、聞けてなかっただろうな」
少し、ほっとしたような、表情が緩んだように感じた。
「そういう甘いところは嫌だったけど、でも、優しかった……私が落ち込んでた時とか、傍にいられる時間はずっといてくれたし、男の子にちょっかい出されてやり返した時は、先生や相手に頭を下げて。当然、なんでって思ったよ。
私、口もききたくなくて部屋に籠ってたら、その時に言われたんだ。相手が誰であれ、怪我をさせたことは悪い。それが、周りに周って違う形で噂が広まって、いつしか由惟が悪いことをしたって、さらに嫌な目にあることもある。やり返したいなら、それこそ、ちゃんと相談してくれよって。
その時はね、全くわからなかったし、無視してた。今は、そういうの大事だって知ってるんだけど……だからこそね、お父さんの味方になれなかった自分が嫌だったし、周りの人が裏切ったり、なにも間違ったことをしてないのに、あんな風になってしまったことが許せなくて」
「なんか聞いてたの?」
「ううん、なにも言ってくれなかった。最後に″なにか困ったことがあったら、この人に相談して″って。それが、粗里さんだった」
(なるほど、想像なのか……)
文脈からして、若い自分が言うのも、と少し遠慮がちな気持ちになってしまうが、流石にあの呉を訴えた秘書なだけある。その話を聞いた限り、とても頼りになる、正義感の強い優しい人という印象は強い。
その正義感を押し殺してまで、裏の掃除屋に、呉の依頼を伝えていたのかまでは知らない。粗里のことを知ってるとなると、ある程度までは我慢していたのだろう。
家族のことが頭に無かったわけもないだろうが、それでも、耐えられない依頼があったのかもしれない。人殺しのような、そんな内容。
家族を危険な目に合わせたくなかった心情はもちろんのこと、相当考えて決断をして、訴える時も慎重に事を動かしたはずだ。
越郎を通して、裏の人間に指示を送っていたと仮定した場合、圧倒的に強い相手に喧嘩を売るのだから、なおのこと。
そんな相手を死神が駆逐したというのは、どういうことなのだろうか。霊体化すれば出来る、容易なことだと想像できるとは言え。
「その時、粗里さんに?」
「うん。ただ、守ってくださいとだけ。暴こうとしたら、私も殺されてるだろうし」
「そんなこと、望んでないだろうからな……」
「うん。悔しかったよ? でも、お父さんの気持ちを無視してまで、やることじゃないし」
「その時、お母さんは?」
「泣いてた。あんなところ始めて見た。泣くんなら、今までしっかりとお父さんとの生活、大事にしていれば……」
なにか、予感がする。確かに、浮気と思われるところ、旦那の自慢話や子どものことでの虚言などを考えれば、嫌に思われても当然だ。
しかし、相談してと寄こした相手が、悪い人間だったなんていうことはある話だか、やっていることは悪かったとしても、粗里は良い人だ。なにかしら信頼できると踏んで、こうして娘に渡したのだとすれば。きっと、妻に選んだ相手だって。
「俺がこんな事言うのも良くないのかもしれないけど、お母さん、だらしがなくてもさ。案外、信じてたんじゃないか……?」
「え?」
「お父さん。芯は曲がってないってわかってたから、結婚したんじゃ……」
浅霧は、考え込んだ様子で、そのまま俯いてしまった。やはり、言わない方が良かったのだろうか。
「そう、かもしれないね。口に出さないだけで」
「お母さんは、まだいるの?」
「うん」
「ちゃんと会ってる?」
「会ってない」
「一人暮らしするって言った時に、なんて言ってた?」
「ただ、そうって。荷造りも手伝ってくれたし、持っていきなさいって、いろいろ渡されたかな」
「やっぱ、ちゃんと見てんじゃない?」
「ある、かもね……」




