2.依頼
bar近くの借りてる駐車場に車を止め、裏口から入った。厨房は、依然として殺風景だ。ひと目見ただけでも、清潔に保たれていると言って良い。
横に広がった厨房を、入って左に曲がり、売り場へと出る。そこには、テーブルの上に上げられた椅子が、等間隔に並べられている。
店内の中央――着崩したスーツを来た、五十代半ばくらいの、貫禄のある佇まいが目に写った。
背中に預けず、腕を組んで座っている男性がいる。
(どこかで見たような……)
「いつまで持たせるつもりだ!」
出会って早々、怒鳴られる。どうやらご立腹のようだ。その場へ急いで、依頼主と思われる相手の正面に立っている、粗里の横に立つ。カウンターの中で足を止めた浅霧は、驚いた様子でいた。
「浅霧さん?」
呼びかけに反応して足を動かし、帆野の左に立つ。
「出来るやつなんだろうな」
「ですから、派遣したわけではありません」
「だから、私はやっていないと言っているだろうが!」
「それを証明するためにも、彼らを呼んだんです」
「そんなことをしている暇などない!」
「その間の安全は保証します。分かり次第、最高の人材を紹介しますから」
どこか不満げだが、静まったようだ。状況的に聞けるだろうと考え、帆野は話す。それに声を発したのは、粗里だった。
「こちら、議員の呉三郎さん」
(議員……通りで、見たことあるわけか)
「どうやら、自分になりすました誰かが、犯罪を重ねているみたいでね」
「はあ……そうなんですか」
「うん。私の界隈では有名なんだけど……裏の掃除屋を雇って、いろいろと隠滅や工作をしてて」
なんだか、雲行きが怪しくなってきた。そんな人に対して、なにを協力しようというものなのか。死神とどうかかわっているのだろうか。なりすましているのが死神、と仮定しても、そんな能力はなかったはずだ。
それに、なりすましたなんて事がなくても、本人がやっていてもおかしくないくらいの、相応の人物ではないだろうか。
「はい」
「その人が、死神にやられたそうなんだよ」
「やっぱり、そうなんですか……」
「やっぱり?」
呉がそう呟いて、こちらを睨みつけてくる。
「いえ、別に……」
疑うような目で、見つめている。浅霧は、少しばかり不思議そうにこちらを見ていた。公園の時と同じような顔をして。
なにはともあれ、死神が絡んでいるということで、帆野や浅霧を呼んだのだろう。
「お前たち、知ってるのか?」
そう、依頼主に聞かれたので、はいと答える。
「そこで、私に新たな人を紹介してくれって。だけど、何分悪用されたくはないから……しっかりとした意思や目的があった上でなら、紹介しても良いと、電話する前に伝えたんだよね。
二人を呼んだのは、なりすましている相手の調査の手伝いをしてもらいたくて。死神からのゲームなら、因縁があるでしょ?」
文脈からして、あえて正義という言葉を使わなかったのは、悪を以て正義を為すという、大義名分をあまり使いたくはないのだろう。
「わかりました。死神って言ってましたけど……挑戦なんですか?」
「そこがいまいち、はっきりしなくて……死神がなにをしようとしてるのか、よくわからないけど、今回は、そんな挑戦というわけでもなさそうなんだよね。よろしくとか、言われました?」
と、最後に呉に顔を向けて話した。
「言われてない」
「なるほど……」
死神が関わっていることは間違いないが、オカルト地味た事件というわけでもないかもしれない、ということだろうか。それより、なりますましというところが気になる。
「なりすましって仰ってましたけど、それはどういう……」
「はっきり言いたまえ!」
「すみません……変装ということですか?」
「わからん。目撃証言だけなら気にする必要もないが、その付近を歩く私が、監視カメラに写っていたらしい。馬鹿言うなって言ったんだがな」
「行った覚えがないのに」
「覚えではない! 行ってない! 何度言ったらわかる!」
「行ってないのに、写っていた。それで、なりすましって思ったんですね?」
「そうだ」
「ちなみに、夢遊病なんかは……」
「ないな。合ったにしても、家族が気づいてる」
「……どんなことをしたんですか?」
「警察の言うことだと、放火らしい」
「放火……ああ、今朝やってたニュース」
ある一軒家の庭が、燃え盛っていたというようなニュースをやっていた。幸い、住人は無事であったようだが、近くにゴミ捨て場があるようで、そこから火が移ったのではないか、と。
「私が火遊びをすると思うか! 子どもじゃあるまいし……学生を当たれと言ったんだがな。遠回しに聞いてたようだが、私がやったと言ってるようなもんだ。
だから、警察に圧力を掛けてきてな……その前に、その死神って輩にどうにかしろと聞いたんだが、メカニックなことは出来ないという」
「ええっと……つまり、映像かなにかがあって、その上で呉先生に聞いたということですか?」
「そうだ。中々、頭の回転が速いじゃないか」
「でも、なんで死神にそんなことを?」
「はぁ、それはわからんのか、お前は……」
(いちいち癇の触る言い方だな)
「さっきそこの者が言ってただろ! 私が頼りにしている、裏の人間が殺された。あいつは、昔のことをネタにして、私に脅迫してきたんだ。スキャンダルを教える代わりに、金を支払えと」
「あぁ……ということは、死神が、裏の人間に成り代わったと」
「そうだ」
なんでそんなことを、と思った。あれだけの人間の魂を奪っていたところから察するに、単に魂をコレクションしていただけの変人だと思っていたのだが、これでは的が外れていたことになる。
確かに言われてみれば、時間を掛けたくらい、大事に集めた魂を、あっさり初めてのゲームで一人を除き、返したのは違和感がある。てっきり、早海という素晴らしい魂を見つけたからなのだと思っていた。
「スキャンダルって、なんのですか?」
「なんのってなんだ!」
「すみません、誰の……」
「はっきりとそう言わんか! 選挙で争うであろう人間の弱みとか、なにかあった時のために、官僚たちの弱みだ」
政治家というものは、こういうものなのだろうか、と心底呆れる。態度に出さないよう、注意を払って言う。
「脅迫するわけですね」
「ああ。代わりに教えてやるからってな。調子に乗りやがって」
「脅迫っていうより、取引みたいですね……」
「ああん? 私にケチつけてるつもりか?」
「すみません……そういう訳では」
腕を組んで、口を開く。
「万が一にも、映像なんかあっては、私の政治生命が終わってしまう……それでここに来たというのに、こいつはまた断った」
粗里に何度も指を差して、そういった。
「今も変わりませんよ。理由は」
と、粗里が言う。どうやら、なにかの因縁があるように感じた。
「なんの話をしてるんですか?」
粗里は、こちらに顔を向ける。
「昔にちょっと……」
「私に贈賄の嫌疑が掛かった時に、あろうことか、秘書が裏切ったんだ。恩義も知らずに……」
「正しいことをしただけでしょ?」
と、今までだんまりだった浅霧が、突然言葉を発した。
「年上に向かってその口の利き方はなんだ! 親に習わなかったのか?」
「あんたに敬語なんて使う義理ない」
(まさか……)
「秘書って、浅霧さんの……」
「私のお父さん」
「へぇ、越朗の娘か。通りで……私が憎いなら、勝手に恨んでろ。お前に構ってる暇はない」
歯を食いしばり、ぐっと拳を握り閉めた。呉に体を向ける。頭に浮かんだ嫌な想像を聞こうか聞くまいか迷ってる最中、呉が口を開く。
「早く調べんか! 一刻も争うんだ。早くしろ」
粗里は、スマホをポケットから出して、そのまま厨房へと向かっていく。浅霧は、後を追うようにこの場所から立ち去ってしまった。残された帆野は、その連絡の行方を知るべく、この部屋を後にした。




