1.後日談
霧神村の一件から半月が過ぎた。ベッドの上から仰ぐ天井は、とても無機質で、ブレることのない様相を見せている。振り返ってみると、不思議なことばかりだった。
森林から目が覚めた浅霧と帆野は、道なりに進んでいくと、霧神村から入るトンネルを見つけた。しかし、くぐり抜けてもただの道路を挟む林が続いているだけで、結局のところ、本当に村が跡形もなく消えていただけだった。
何故なのだろう……思えば、姉妹の時と同じだ。消えた家族。香奈は、一人暮らしの孤児、のような状態ともとれるなにかになっていた。
(まさかな……そんなことは関係ない。偶然だ)
今は、barでの手伝いをして、なんら変わらない日常が続いている。浅霧とは、霧神村の一件で触れることなく、それこそなかったかのように生活していた。
死神関連の事件もない。平和と言えば平和なのだが、心にしこりが残っているようで、スッキリとしない。
枕元に置いてあるスマホが振動する。開いてみると、表示されている通知は、浅霧からのロードだ。パスワードのロックを解除して、全文を読んだ。
――これから、用事ある?
――ないけど……どうしたの?
――公園に行かない? 早海さんの家の近くの。
浅霧と初めて会った場所で、早海が奪われた場所。そんなところに誘うとは、どうしたのだろうか。理由はいずれにしても、会って話した方が良い。返事をして、準備の元、早速あの公園へと足を進める。
・ ・ ・
今はもう、見もしない公園。朝の十時頃なので、近所の砂場で遊ぶ子どもたちと、親同士で話している人たちで賑わっている。犯罪が起きた場所だから、と噂は流れていないのか、あるいはあまり信じられていないのか、そういった考慮はされていないようだ。
それもそうなはずなのかもしれない。数十人の植物状態、目立って犯罪行為が起きたのかどうかすらわからなく、当人たちは早海以外、全員が目を覚ます。当時ほどの熱は冷めているのかもしれない。
中に入って、蛇口と立形水飲栓が近くにある、右奥のベンチへと進む。正面にあるジャングルジムで遊ぶ子どもはいない。
左側にある砂場で遊ぶ子ども、正面道路側中央に位置する時計と、死神が座っていたベンチに、二人の母親が座っていた。
そんな公園の風景全体を楽しんでいると、こちらに向かって走ってきた、浅霧がやって来る。長ズボンにベルト、ボタンシャツにコートという、仕事着なのか私服なのか、曖昧と言えるであろう恰好は変わらない。
「待った?」
「いや、全然。どうした? 急に」
「隣、良い?」
「うん」
左隣に腰を掛ける。なんの話なのだろうか、と胸が躍ってしまう。不安なのかドキドキなのか、わからない自分の感情に惑わされ、話しかけようか迷っている最中、浅霧は立ち上がった。
「駄目、水……」
水飲栓を使って水を喉に放り込む。
「どんだけ走ったん?」
「自分から誘っておいて、遅れるのまずいって思って……」
「気にしなくていいからさ」
「うん」
水に満足した中、再び帆野の隣に腰を掛けた。
そんな時、視界が広がるような、目が悪くないのに度が入った眼鏡を掛けたような、いつも感じている例の感覚が発生する。
(まさか……)
浅霧が二重に見える。状態が前かがみになっている様子からして、椅子から立ち上がる瞬間だろう。しっかりと直立する前に、外傷もなく倒れる。早海と似ているような状況。
(……死神関連の事件が、また?)
「帆野君? どうしたの?」
「え、え?」
不思議そうな顔をして、こちらを見ている。なにもないよう繕う。
「なんでもないよ」
「ほんと? 今、おかしかったよ」
「大丈夫だって。それより、なに? こんなところに呼び出して」
目を見開き、しばらくして、浅霧は俯いた。
「村の事、どう思う?」
「あ、あぁ……てっきり、話したくないのかと思ってた」
頭の中に、数々の映像が映し出される。刀を振り下ろそうとする浅霧。どすの効いた声を発する赤ん坊。嗚咽、悲鳴の常和。
特に、頭に血が上って赤ん坊を殺そうとした一件があったため、こちらから安易に聞くことも出来なかった。
「私も、そう思ってて」
「なんだ、お互いにそう思ってたのか」
「みたいだね」
「一応、調べてみたんだけどさ」
「うん」
「検索しても出てこない」
「そうなんだ」
「で、雲原さんとか、殻屋さんの連絡先は残ってたから、送ってみたんだ」
すると、浅霧はポケットの中から、自身のスマホを取り出した。こちらに画面を見せてくるので、その画面を見た。
(俺と同じだ……)
返信は来たものの、文字化けの嵐。毎時間送られてくる、不気味なメッセージと、謎のカウントダウン。帆野も全く同じ内容だった。
あまりに怖くなって、ブロックしてしまった。同じのが来たとは言わず、ブロックを解除して、帆野も現物を見せた。
「同じなんだ……」
「殻屋さんとか、高郷さんは?」
「殻屋さんも同じ。高郷さんは、送ってない」
「高郷さんは、そういう風にならなかった。既読もつかないし」
「それが普通だよね」
「まぁ、心配してるなら、返信してきそうだけどな」
「確かに」
そう。本来であれば、それが通常なのだ。文字化けしているメッセージが送られてくるなど、そんなことの方が異常事態であり、むしろ嫌がらせのようにしか感じ取れない。
高郷がしてくるのであれば、失礼を承知な感情であるものの、まだわからなくはないと思ってしまう。返信がないのもそうだ。
しかし、殻屋や雲原夫婦は、悪ふざけでそんなことをするほどの人ではない。むしろ、こちらから話しかけなくても、心配して連絡を残してきそうなものだ。
結局のところ、暴かれたのは不気味さと、謎だけだった。
「死神のこと、わかった?」
「全然……」
そんな時、湖でもがく浅霧の姿が、まるで昨日あったかのように、鮮明に頭の中で映し出された。
「ところでさ……嫌だったらごめん。あの時、溺れそうになってたのは……」
「誰かに突き飛ばされて」
「え? 誰もいなかったでしょ?」
「うん。わからない。突然のことで混乱して……」
「たぶん……死神だ。あの時、ひらめいたんだよ。なんのために、こんな事件に巻き込んだんだろうって。元はと言えば、あいつからの挑戦だろ?
そんな時にさ、もしあの呪物が本物だとしたら、蘇った魂なんて、めったにある代物じゃないだろ?」
「それで……」
あの時急がせた、と言いたいのだろう。恐らく、浅霧は今なら間に合うから止めろ、とでも思ったのだろう。
「うん。俺の背中を踏んだ奴がいるんだけど、あいつだろう」
浅霧は、思いつめたように俯いた。
「浅霧のせいじゃない」
刀を振り下ろそうとする、浅霧の姿が脳裏に呼び起こされる。
「でも……」
「あの状況で否定できる奴がいたら、俺が許さない」
うるんだ瞳がこちらを見ている。しばらくして、視線をひざ元へとずらした。
たとえ殺さなかったとはいえ、そうと言っても、殺意があって振り下ろしただろう。それに、帆野と喧嘩した時に、自分は嫌われているんじゃないか、とまで心配するような人だ。きっと、殺意を露わにしたという、感情を爆発させた自分を悔いているに違いない。
少しばかり、完璧主義のようにも感じたが、元はと言えば、怒って当然のところで怒ろうとしない、抑え込もうとするその自制心が、悪い方へと導いただけの事。そんな浅霧の感情を汲み取り、聞ける立場になることこそ、今できるサポートだろう。
「ありがとう……」
小さく呟いた声は、帆野の耳にしっかりと届いた。
「いいよ。これくらい」
スマホが振動する。この振動からして、誰かからロードが来たのだろう。開いてみると、粗里からの連絡だった。
――今すぐ来てほしい。依頼だよ。
浅霧と顔を合わせた。この事件。恐らく、この事件がまた、死神が関わっているのだろう。
(今度は絶対、なにがなんでも助ける。絶対に死なせない)
意を決して、立ち上がる。
「送るよ」
「うん」
浅霧がその後に続き、車へと急いだ。




