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リミット24――死が見える男――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第二章 蝿、付きまとう。
46/68

22.完

 右の通路もまた直線で、そしてなだらかに下降している。


 そもそも道を引き返して入って右側の方を選んだのには、塩染が出口を塞いだ形で現れたのがきっかけである。もし道があっているのだとすれば、先頭になっていた雲原夫婦と対面していたはず。


 しばらくすると、少しばかり大きな広場に出る。そうはいっても、地面に向けられた二つの暗闇からくりぬかれた円が映す光景は、湿り気がある土の表面を映すばかり。特になにかがあるわけでもなく、水滴が落ちる水の音もない。


 ただ、茫然とした意識に紛れ込む、ゾンビや幽霊に恐れる心がそこにあるだけだ。明かりを壁に向けて、互いに違うところを映す。浅霧が映した右手にあるところから、また先に進めるようだ。そちらに歩を進める。


 左に大きく曲がって足場に気を付けて進んでいくと、なにやらほんのりとしたわずかな明かりが見えた。蝋燭の明かりだろうか。


 右に折れた先から感じる。明かりを下に向けて、足音を立てずにゆっくりと進んだ。空間の入口と思われるところで背中をぴったり付け、浅霧が中を覗いた。帆野にその場所を譲る。


 中は大きな広場になっている。左側にどれだけ深いかわからない湖があり、光は広場とみられる右側から。人の影は見当たらない。


 浅霧と顔を合わせて頷いた。移動しようとしたその時、しっかりとした意思を持つ足音が響き渡る。


 こちらの存在に気付いたのか、あるいは定期的な確認だろうか。はっきり言えるのは、こちらに近づいているということだ。


 浅霧は戻ろうと足を進めるが、このまま戻っていいのだろうか。引いたり進んだりを繰り返していていいのだろうか。時間もあとわずか。


 行くしかないと決心した帆野は、柄をしっかりと握りしめてゆっくりと外に出した。勢いよく飛び出る。

「うわあ!」

 そこには常和が憑依した廓の姿があった。


「この先には行かせんぞ」

「常和さん、本当に良いんですか?」

「なにがだ?」

「村の人は殆ど犠牲になってます。そんなことをしてまで、娘さんを生き返らせてどうなるんですか?」

「お前には関係ない」


「証拠のビデオ、まだ持ってるんですか?」

「だからなんだ」

「俺たちを信じてくれませんか? 知り合いに刑事がいるんです」


「もうそんなことはどうでもいい。復讐は果たせたし、あとは娘さえ生き返ってもらえば」

「大体、体に卸すって聞きましたけど、そんな相手いるんですか?」

「いるさ。医者の娘をさらったんだ」

「医者の?」


「そうだ。あいつは儀式に反対だった。生まれて間もない娘がいたから余計だろう。だけど、結局あいつもこの計画に乗っかってる」

「脅されてたんじゃないんですか?」

「それで? 理解しろとでも? 結局俺の娘は目の前で殺された」


「もしかして」

 と、浅霧が切り出す。

「血液を入手したのって」

「そうだ。医者の女を脅して取らせたんだ」

「あんたどうかしてるよ! 結局、占い師や村長とかとやってることは」


「あんな奴らと一緒にするな! 俺は違う。目の前で殺しやがった連中と同じにするな!」

「ビデオはどこですか」

 と、浅霧が聞く。


「聞いてどうする」

「さっき帆野さんが言ったように」

「もう遅いんだよ! いいだろ! もう、妻は体を壊して死んだ。この体も借りものだ。だったらせめて、娘だけは生き返って」


 死神は、妻の魂までは憑依させなかったのは何故だろうか。もちろん、帆野や浅霧にゲームを仕掛けているのだから、解決する気もないのは当然だ。問題はそこではなく、なにを知っていてどこまで計画していたのかということだ。


(なんのために、まさか)

 妻の魂が見つからなかった可能性もあるだろうが、協力するような立場ではない、あるいは利用できないと考えた時に邪魔だった、必要ないということが考えられる。

 加えて、死神は魂を集めている。悪魔の儀式によって蘇った魂を奪った場合、これが特殊な魂だとすれば。

「なに言っても通じないってことですか?」

 浅霧が会話を続けた。

「そうだ」


「そこをどいてください!」

 こうしてはいられない。ここまでして生き返らせた魂も結局死神に奪われ、村人もゾンビになって死んで全てが絶えてしまう。こんなことがあってはならない。

「それはできな」

「聞け! あなたは騙されてる!」

「なにを言ってる」


「死神から助けられたんだろ? 俺の友人はあいつに魂を奪われたまま。収集するのが単に好きな変態なんだぞ。だからきっと、今回の儀式で生き返った紗華ちゃんも」

「なにを言ってる」


 つんざく悲鳴。轟く発砲。

(なんだ!)

 雲原夫婦の様子に気を取られた隙に、常和に腕を掴まれて無理矢理刀を引きはがそうとされる。

「常和、さん」

「生きた人間を殺せるのか!」


 帆野に言ってる気配を感じない。浅霧に気を配ると、刀を片手で握りしめた彼女が目に写った。

「もう一度説明するぞ。この体は廓という奴だ。常和和也じゃない。いいのか? それでも。ゾンビとは違って、正真正銘の人殺しだぞ?」

「浅霧さんにはそんな事させねぇ!」


 現状で出せる精一杯の力を出して、足の力まで使い常盤和也を押し倒した。覆いかぶさるようにして。

 寝ていた赤ん坊が起きたのか、鳴き声がしている。この先で間違いない。儀式を中断させれば、全てが終わるかもしれない。

「浅霧さん、先に行って!」

「てめええええええ!」

 浅霧は上をまたがる気配を感じ、先を歩いた。


(これで!)

「うおっ!」

 背中になにか、重い物が一瞬だけのしかかった。すると、水を乱暴に叩く音が響き渡る。誰かが落ちたというのだろうか。


 そちらの方に目を向けると、手から投げ出されたスマホは明かりの方を天井に向け、わずかに把握できる状況から浅霧が湖に落ちたと把握できる。


「浅霧さん!」

 今まで一生懸命に抑えていた常和にチャンスを与えてしまい、狭いスペースの中で逆に常和に覆われる。泣き叫ぶ赤ん坊を背後にして、今や抵抗することしかできない。


 絶体絶命の中、赤ん坊の泣き声が止んだ。それを合図にして常和が一切の力を抜く。

(まさか)


 ゆっくりと立ち上がり、帆野のことなど目もくれずに広場の奥の方へと向かった。鈍痛広がる体を起こし、なんとかして常和の方に視線を向ける。


 ゆらゆらと向かうその背中、まるで蝋燭の炎のようにも見えた。確かに、儀式が出来るほどの広い空間だ。


 しかし、今回に使った儀式で描かれた魔法陣は一番奥の右角。確実に死角となる場所にある。


 帆野も立ち上がり、あとを追った。近づいてわかったのだが、捧げた供物とも思われる米や水が入ったペットボトルなどが見えた。


「紗華、紗華か?」

 赤ん坊を抱きあげ、常和はむせび泣く。目の前の常和は、紛れもない至福のひと時だろう。崩れた膝。強く抱きしめた赤ん坊。


 その姿は、喜びに満ち溢れている。こんな結末があっていいものか。刀を落とし、その場に落胆するほかなかった。


「がああああああああああ!」

 常和の悲鳴。なにがあったというのだろうか。目を強く押さえて悶えている。赤ん坊はぎこちない動きで歩き、蝋燭を血で滲んだ手で握った。


「なにしてる」

 ズボンに火がともされ、一気に燃え広がる。嗚咽に悲鳴。奥底から絞り出した苦悶の感情。頭の理解が追い付かない。


 その奥で、赤ん坊が不敵に笑う。純粋無垢な人間が見せるそれではなかった。やがて、どすの聞いた笑い声が赤ん坊の口から発せられた。


「残念だったな、娘じゃなくて。俺だよ、このきったねぇ洞窟に住み着いてた元村長さ! 生き返るううううう!」

「なんで」


「儀式の本がその通りにいくかっつうの! ばっかじゃねぇの? 魂まで消えた人間なんか戻ってこねぇよ! ばーか!


 はぁ、赤ん坊っていうのがちょっと癪だけどな。まぁでも、本の効力は本物だったみたいだな。本当なら、悪魔でも乗っ取ってたんじゃないか?」


 燃え続ける廓の体を、浅霧はためらいもなく持ちあげた。

「浅霧さん、なにして」

「手伝って」


 今までの浅霧とは思えない、冷たい声が帆野を貫く。逆らうことさえできないような、そんな力がこもっていた。

「そいつもう死んでんぞ?」


 暑さや袖に移る火を後目に、急いで湖へと放り投げた。帆野はその火を湖に手を突っ込んで消す。燃え盛る炎は跡形もない。焼けた廓がそこに浮かんでいた。そのまま引き上げ、確認するもやはり死んでいる。


 浅霧の方へと視線を向けると、赤ん坊に刀を上げていた。

「浅霧さん!」

 急いで駆け寄る。頭部まで数十センチというところで止めた。

「おー怖い怖い」

「死んでんなら、そのまま大人しくしてろ」


「いいだろ? 俺だって殺されたんだ。被害者なんだよ」

「黙ってろって言ってんだ!」

「クズはどこまでいってもクズなんだから、そんなに向きにならなくても。そうだろ? そこの男」

「うるさい」


 視界がグラっと揺れる。体が裂けるような感覚。日の光、真っ暗闇。草むらやゾンビ。あらゆる光景が視界に飛び込んでくる。気をしっかりと持つことさえも出来ない。


     ・ ・ ・


 誰かの呼ぶ声が聞こえる。

「帆野さん?」

 目を覚ますと、乾ききった同じ服を着た浅霧が顔を覗かせていた。


 目を擦りつつ、体を起す。目の前に広がる、建物一つない草木だけの森の光景。それを理解するのに十数秒と時間を要した。

「あ、れ? 俺たち確か、霧神村に」

「はい。でも、跡形もなく無くなっています」


「は?」

 もはや理解をする領域を超えている。先ほどまであったことは、全てなかったとでもいうのだろうか。


 雲原夫婦、高郷や殻屋の存在。ここに訪れた観光客たちや、村おこしをした政治家はどうなったのだろうか。なにもかも全て、あのゾンビの一件で全てが消し去っていた。

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