17.占い師の家 前編
突き当りまで歩いて右に曲がり、また右に曲がる。道は丁度コの字になっていた。すると、見覚えのある寺から逃げた村の人間が襲われた先の場所に到達する。
前の温度と打って変わって生暖かい優雅に流れる風と静寂が包みこんでいる。
しかし、チェック柄のようになった石造りの地面は、乾いた血で汚れた凄惨な記憶を刻み込んでいた。
恐らく、寺から逃げてきた通路からここまでずっと無造作に血で汚しているのだろう。何度もあの光景が思い起こされる。阿鼻叫喚、湧いて出てくるうめき声。
こんなところにいてはならない。心が押しつぶされそうだった。思考を切り替える。
「帆野さん?」
様子が気になったのだろうか、浅霧が声をかけてきた。
「大丈夫です、行きましょう」
「はい」
その道を突き当りまで行って、右手にある占い師の家の前に立つ。
扉を引いて、靴を脱がずに床の間へ入った。ここには恐らく、儀式に使われていた本や祭壇、そして刀があるはずだ。
右に台所、正面から左側にかけた囲炉裏があるリビングと言ったところだろうか。台所よりの場所に二階へ上る階段がある。
(祭壇や本は)
部屋の中を見渡してみても、それらしきものは見つからない。浅霧は中に入り、時折立ち止まっては床を優しく、そして強く踏みしめていた。地下があるかどうかを探しているのかもしれない。
そんな浅霧を尻目にして、帆野は証拠の事を考えた。
連絡を取り合っているのであればなにか履歴や痕跡が残っているかもしれないと考え、入ってすぐにある玄関左手の壁の終点に添えられた、電話が置いてある引き出し付きのインテリアの場所に向かった。玄関から死角になっていた右手は扉になっている。
留守電の赤いランプはついていない。音が気になるが、仕方ない。電話の履歴を見た。
どうやら、相手の電話番号が残るよう登録しているようだ。ないことを覚悟してみたものの、消されずに残っている。
フリーダイヤルや家に置いてある固定電話、非通知が見える。これでは折り返し電話もできない。この村の誰かの電話番号だったにしろ、回収業者やワン切り関係の電話かもしれない。
(いや)
低リスクで電話する方法があるかもと思って共通する番号の頭を探すと、同じ地方の電話番号が確認できるので、この村の人からかかってきた電話番号と推測は出来そうだ。他は携帯と思われる番号。
しかし、そうは言ってもこの自体だ。電話をしても出てくれる生存者がいるとも思えないし、仲間がいるところで電話が鳴ってしまってはゾンビを無駄におびき寄せただけ。
(まぁ、よくよく考えたら、こんなもの調べたところでなにがわかるかって話だよな)
下から二段目の木製の引き出しの中を見ると、そこには片手ほどのメモ帳と村全体に配られたのであろう電話帳が見えた。
電話帳に手が伸びたが、そこで思い出す。固定電話の隣にボールペンがブラスチック製の縦長の容器に入れられていた。
もし、受けた電話のメモを取っているとすればと考え、右のメモ帳を手に取る。一ページ目を開いた時、ガタっと左耳からなにか音がなったと同時にゾンビの唸り声が聞こえた。体が一瞬で凍り付く。全神経が戦闘態勢へと入った。
右耳からだけに聞こえる歩く足音に紛れ、聞こえてくるゾンビの声。塩染の方から聞こえるのだろうか。試しにイヤホンを離すと、予想の通りだった。
声質はささやき声に違いが、語気を強めて声を届けた。
「浅霧さん。塩染さんの方です」
「ありがとうこざいます」
「電話切ったほうがいいのでは?」
と、塩染が言う。
ゾンビの観点からすればそうだが、なにか見つけたときにはリアルタイムで反応ができる利点は捨てておけない。
本当は各場所に散らばった皆と連絡をずっと取り合っていたかったが、塩染の件があってそれはできなかった。
「大丈夫です。このままで」
「はい」
とりあえず繋げたまま捜索を開始する。そんな一息と静寂の末、耳に張り付いてくるうめき声。またかとも思い、イヤホンを外してみてもまだ聞こえてくる。
遠い気もするが、確実に着々とゾンビがこちらに近づいてくる気配がする。イヤホンを付け直し、とりあえずメモ帳を手に持って台所へと向かった。縦長のキッチン。二人分くらいのスペースしかない横幅。
シンクの近くで屈んだ浅霧は、引き出しから包丁を二本取り出してこちらに一本を渡してくる。
「持ってください」
儀式を止められれば助けられる。頭にそうよぎって、包丁を受け取ることを躊躇ってしまった。
「念の為です。あるのとないのとでは、随分と差があるような気がします」
向けられた柄を握り、二階へ向かった。入ってすぐの正面にある右に寄せられたリビングに、左奥は二部屋の和室がある、右の隅にテレビスタンドと共に置かれたテレビ。
座椅子に座る高さに丁度よい、木の長方形の大きなテーブルが中央。木造の床とテーブルに挟まれた赤紫色無地のカーペット。
隣の部屋の角にあたるリビング左の隅に着物が綺麗にかけられ、タンスが二個ほど縦に並べられている。隠れるにしてもこの空間は悪すぎる。リビングと窓側の部屋に挟まれた中央の部屋はどうだろうか。
中は占い師とは伊達じゃない、それらのものが置かれた聖域と呼ぶに相応しい空間だろう。ゾンビという危機に相対していたせいで、隅に追いやられていた本と祭壇を思い出す。
物色するほどでもない。祭壇のようなものが部屋の右端に置かれ、その上には占いの道具やら、そして書物はブックスタンドで支えられて並べられていた。なんだか妙に落ち着かない。が、ここは儀式に使われたような本を探すため、祭壇の上の書物に向かう。
古い書物ばかり。この中にあるとみて間違いはないだろう。一つ一つじっくりと確認していきたいところだが、そんな余裕もない。表紙でわからない物だろうか。
(あった)
――二、生贄の儀式の章
あまりにストレートで拍子抜けするが、現状としてはわかりやすくて安心する。ざっと中を確認し、わかりやすい絵などが載っていないかを探す。すると、そこには塩染の言ったような構図と見られる絵があった。
その本とメモ帳を一緒に持って、隣の部屋へ。聖域の部屋を出ると、浅霧は眼の前にいた。思わず声を上げそうになるくらい驚く。声は出なかったが、体は反応しているようだ。
「すみません」
「い、いやぁ、大丈夫ですけど。来たんですか?」
「わかりませんが、声が近くなってますので」
階段上がった反対側。デッドスペースがあるが、そちらはなにも物が置かれていない。窓がずらっと左から、寝室まで設置させられていた。
その寝室へと入る。左手前に布団があり、奥には収納スペースがある物置。枕近くに和風のデスクスタンドが置かれているだけで、他に見当たるものはない。
これでは隠れる場所がない。寝室から出ると、浅霧は階段と反対側のデッドスペースから下の階を覗いていた。
「どうします?」
「今のうちに外出ちゃうのは」
と、言った時、この部屋の玄関の扉が意図も簡単に壊された。
(くそ! こんな時に!)
周りを見ても確認作業をしているだけで、隠れる場所などなにもない。なるべく戦闘はせず、対面は避けたいものだ。
未だ唸り声は続く。声が遠くなっていくところを見ると、二階に上がるまで多少の時間があるようだ。
そんな時、窓が目に入った。ベランダでもあれば。そう願って開くと、肩幅のスペースがありそうなベランダが見えた。しかし、ここから見える十数人のゾンビ。
それは突き当たり。寺から下った道。気づかれたと焦り、思わず浅霧の肩を腕で抱えて体を伏せさせた。
「どうしたんですか?」
「外にいます」
(どうする、どうする!)
「ベランダから出ましょう」
「でも!」
顔を上げると頭一つだけ外に出し、右奥の方を見ていた。同じようにそちらに視線を配ると、隣の建物と占い師との建物の隙間があり、石造りの塀までベランダが伸びている。




