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リミット24――死が見える男――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第一章 誰か、中にいる。
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2.経緯 前編

 救急車が来て早海がベッドの上に寝かされる。住宅だったため、窓から住人たちがこちらを覗いていた。数人の人がストレッチャーに掛け声で移し、車の中に入れる。


「ご近所の方ですか?」

 一人の男の隊員が、帆野に話しかけた。車の中で、早海に「聞こえますかー?」と声を掛けている様子を背景にして。


「いえ、友人です。彼女も」

 と、浅霧を示し、二人で車の中に乗る。救急車が動き出した。

 住所、氏名、生年月日を帆野の隣に座っている女性の隊員から聞かれ、早海の自宅の電話番号を教える。

「どんな状況ですか?」

 続けてそう言った。


 聞かれて、頭の中に死が見えるという能力を思い浮かべてしまい、口ごもってしまう。

「突然、倒れてしまったんです」

 代わりに浅霧がそう答える。

「突然、ですか。わかりました」


 運転席の隣に座っていた男性に女性が話す。

「また、例のアレですかね?」

「さぁ、そうだと嫌ですけどね」

「一応警察に」

「そうしておきましょう」


 帆野の頭に疑問が浮かんだ。どういうことなのだろうか。

「それはどういう」

 一人の隊員が神妙な顔でこちらを見た。

「もしかすると、関東で起きてる植物人間事件が関わっているかもしれません」


 聞いたことがないはずもない。

「そ、そんな馬鹿な」

 それ以上言葉を発することもなく、救急車の揺れに耐えていた。


   ・ ・ ・


 病院の集中治療室前。ソファーに座って見える左奥の窓にはもう既に夜のとばりが下りている。


 なにが悪かったか、どうしてこうなったのか。混乱した頭の中を後悔が埋め尽くす。集中治療室の看護師がこちらに向かってくると、後は家族が来るとの内容を伝えて入っていった。ソファーにもたれ掛かって座る。茫然としている中、ふと早海の家族のことを思う。


(どう説明すればいい)

 両手のひらで顔全体をぬぐった。震えもしない両膝が視界に入る。あの瞬間、なにが起こったのかわからない。ナイフが飛んできた、血を噴き出した、銃で撃たれた、その手のことなら理解できただろう。


 天災によるものでもなく、自動車に跳ねられたわけでもない。

(そういえば)

 脱ぎ捨てられた服だけがあった公園のベンチ。あそこに座っていた存在は、服だけの痕跡を残して消え去った。理解の範疇を越していたが、危険な匂いだけを嗅ぎつけて早海を引っ張った。


(見間違い?)

 頭を振る。後ろには街灯があった。見間違うはずもない。後で明らかになるであろうなにかを知っている浅霧は、病院では聞きにくい事柄だろうか。これから警察への説明も当然あるだろう。それから第一発見者として、要らぬ疑いを掛けられるかもしれない。


 不安がない混ぜになった感情で、集中治療室から出てきた看護師の一人に視線を向ける。浅霧を避けるように帆野の近くに寄った。浅霧は、少しばかり帆野と距離を取る。


「最善を尽くしておりますが、意識が戻りそうもありません。もしかすると、病院を移動してもらうことにもなるかもしれません。あらかじめ、伝えておきますね。


 一体、どんな状況だったんですか? 外傷もなく、心臓も機能しています。普通でしたら、これは生きてる時と変わりのない状態です」

 うまく答えられなかった。浅霧もそれは同じである。


 聞こえるほどのため息を吐き、再び戻っていく。

「またなんでこんなことに」

 そう、独り言のようにボソボソと呟いて。


 霧がかかった頭は、晴れるどころか深みが増して濃度が濃くなっていく。これで断定できる情報が揃ってしまった。植物人間事件に巻き込まれた。


    ・ ・ ・


 早海の家族が来て病院との話があった後、浅霧と帆野は先に警察が来て話すことになった。その話を済ませたところ、二十二時が過ぎる。


 現在、浅霧に言われたように事務所のソファーの上に座っている。目の前に膝の高さくらいある横長のガラステーブルあり、上にスタンガンと灰皿が置いてあった。正面には、カウンターとキッチンが見え、そこで浅霧がお茶を汲んでいる。


 テーブルとコップが衝突する。コップは帆野と浅霧の手元に、対面に位置する椅子に腰を掛ける。優しく仄かに光るオレンジ色の天井の照明が、二人を包み込んだ。


「ここ四か月の、植物人間のリストです」

 一緒に持っていた紙を、読めるようにしてテーブルの上に置いた。そこには一枚の紙に表面だけに並べられた、人間の名前が二十三名。


「これは」

「異様でしょ? どうなってるか私もよくわからないんですが」

「そうですね。これに琳が」

「はい」


 関東連続植物人間事件。

 何故か関東だけに集中していて、いずれも外傷がなく、突然倒れたという報道がされていた。場所は様々であるものの、自宅で倒れたという事案はない。


 事件が事件なだけに『眠ってしまった町』など、半ば面白半分にかかれ、炎上していた記事もあった。記事を見ただけだが"そもそも眠らない町は東京。関東全域だから不適切"など、そこではない的外れな意見もある。


 当然"国の実験"などという都市伝説めいた説も出され、様々な憶測や議論が交わされた。オカルトめいた視点も散見され、被害者の近隣で黒い影——死神を見たと主張する霊能者もいたらしい。そんな意見を、ネットニュースを通して知る。オカルト雑誌もこの件に食いついていた。


 ロード——SMSのように個人間でやり取りするSNSアプリ、以外のSNSをやっていないために、具体的な議論がどうあったのかは概要程度しか知らないが、炎上になったこともあってか、見る意欲もでなかった。


「でも、なんでこんなリスト」

「実は私、探偵みたいなことやってて」

「探偵?」


「はい。ペット探しとか、そういうのもやってるんです。中には、人には相談できないような訳ありなものも」

 それを聞いて、一気に不穏な気配が漂ってきた。

「訳あり、とは」

「心霊とか事故物件の調査とか、そういったものも含めて。この下がbarなんですけど、barのマスターにお世話になってて。私がそのお手伝いを」


 なんだ、と少しほっとした。訳ありというのはオカルト方面だったようだ。barのマスターが探偵のリーダーと言う認識であっているのだろうか。さしずめ、浅霧がワトソン、barのマスターがホームズのようなそんなイメージをした。

「そういうことですか」


「はい。このうちの」

 といって、紙を指さす。

「一人になってしまった、あるお客さんに相談されたんです。顔のない男が近所をうろついてるって」


「顔のない男?」

「はい。″はっきりこの目で見た″って言ってて。どうもこの暑さで、長袖長ズボンだったらしいんですよね。周りには信じてもらえなかったようですが」


「はあ」

 にわかには信じられない話だ。

「それが、琳とどういう関係が?」

「早海さんも同じように相談されてたんです。ストーカーに付きまとわれているって」

「え? 琳に?」

「はい」


(そんなこと、聞いてないぞ……)

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