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リミット24――死が見える男――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第二章 蝿、付きまとう。
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13.露呈 前編

 逃げ惑った先、がむしゃらながらもたどり着いたのは見知った場所だった。銭湯の煙突。遠くの方に見える道の左を曲がれば、浅霧の車を止めている駐車場。ここまでくれば、旅館までの道はわかる。


 周りにいた人たちはどこに行ったのだろうか。近くにいる人間はもう一握り。助かったのかどうかさえわからない。予定調和のように塞がれたこの村の入口。


 逃げ場などないに等しく、より一層不安を煽られる事態。しかし、なんとかせざるを得ない。具体的な策もないまま月明かりに照らされ、静寂に包まれた道を進んでいく。


 駐車場がある曲がり道を通り過ぎ、さらに前、さらに奥へと。二個の横断歩道を渡った先は右側に広がる畑。ぽつぽつと人が見えるが、生存しているのか、はたまたゾンビなのかは様子からしか判断できない。


 ばてているのか、膝に手を付き息を整えている様子。その近くにもう一人近づき、後ろからは手を伸ばして早歩きの存在が映る。


 こうしてはいられない。遠くとはいえ狂気が広がる中、茫然と立ち尽くしている時間などないのだ。首を振って意識を取り戻そうとする。


 左の道へ曲がって蕎麦屋の前を通ろうとしたとき、ガラガラと音を立てて扉が引かれた。慌てて後退して身構える。


 中から出てきたのは、半袖に長ズボン、そしてスニーカー姿の女性だった。

「生きてる?」

 声から察して、あの明るい店主だった。


「はい。なんとか」

 と、手を引っ張られてグイグイと先に進んでしまう。

「ちょ、ちょっと」

 歩道の分岐点に差し掛かったところで、蕎麦屋の中からゾンビが出てくる。


「こんなところまで」

「どこに行けばいい?」

「浅霧さんと連絡が取れ」

「紅楽亭ね!」

 最後まで聞かずにそう答えた。急いで紅楽亭へと向かった。


    ・  ・  ・


 たどり着いた紅楽亭。入口にあるほのかな灯は消されており、今や人気のないただの建物である。店主が扉を引くも、しっかりと鍵は閉められている。

「なにか案はない?」

「ちょっと待ってください」


 浅霧に電話を掛ける。また周囲に気を配り、出るのを待つ。

「はい」

「俺です、開けてもらいますか? 今前にいます」

「ちょっと待ってください」


 しばらくしてこの玄関が解錠する。音に合わせて店主が扉を開くと、観光に訪れていたあの夫婦と浅霧、そして女将の四人が見えた。鍵はどうやら女将が持っているらしい。


 急いで帆野と店主は中に入って、入口の鍵を閉める。

 夫が身を寄せてきた。

「部屋に戻ろう、ここじゃ危ない」

 そういって浅霧と帆野の部屋へと向かおうと足を進め、カウンターの横を通り過ぎたところで、なにやら視線を感じた。

(気のせいか?)


    ・  ・  ・


 食事は綺麗に片付けられており、部屋は来たときと変わらない。部屋の鍵をきっちりと閉めた後、部屋の中央へと五人は移動した。


「変だねぇ、玄関が閉められてるなんて」

 と、蕎麦屋の店主が話す。

「改めまして。私は、雲原(うんばら)景子(けいこ)です」

 浅霧と帆野に目を遣り、お辞儀をした。そのまま流れで口を開く。


「二人とは、ちょっとここで話したのよね」

 それに帆野が答え、夫婦に向けて自己紹介をした。

「俺は夫の正平(しょうへい)です」

 正平が続いて、お辞儀をする。


「申し訳ない。自己紹介が遅かったですね。私は、殻屋(からや)明美(あけみ)です。蕎麦屋を営んでるものです」

 と、蕎麦屋の店主である殻屋が自己紹介をする。この子、と言って帆野に視線をやった。


「とは、うちの来客で。若いカップルが来るなんて、めったになかったもんだから。たまたま目の前を通って、とりあえず安全なところまで移動しようと思って」


 搔い摘んで話すタイプなのだろう。

「さっきの話はなんだったんですか?」

 と、浅霧が殻屋の顔を見て話す。

「あぁ、紅楽亭の入口って鍵がしまってたじゃない? 普通は珍しくない?」


 確かにあまりイメージはなかった。が、それほど引っかかることだろうか。

 もし紅楽亭に電話があれば、ゾンビが入ってくることを恐れて扉を締めたと考えられる。それが正しかったとすれば、同時に殻屋が逃げてきたことも説明ができる。あれだけ冷静に対応できたのだ。殻屋ももしかしたら、誰かから電話をもらったのかもしれない。


「まぁ、用心なのかもしれないですが」

 直接的には言えないため、そのような表現になった。

「田舎町、鍵なんか閉めないのは常でしょう。不用心なのはそうなんだけど、仮に入ってきたとしても、それぞれの部屋に鍵がちゃんと付いてる。各部屋の鍵だけしっかり閉めておけばいいのに、不自然じゃない?」

「ま、まぁそうですけど」

「閉じ込めてたのか」

 だからと言って心理的に紅楽亭の入り口の鍵まで閉めないというのは気持ち悪いだろう言おうとしたのだが、言葉を遮るようにして正平が言った。田舎に住んでいると、このように家の鍵も理屈で考えるようになるのだろうか。

「さすがに安直すぎませんかね」


「そもそも、俺らが彼女の元に急げてたのも、部屋の窓から見えたからなんだ。あの時は風呂から戻ったときだった。女将が一人カーテンを閉め、その奥に二人の人間が見えてね。


 確か、たぶん一人は男。もう一人は医者なのかな。何事かと思ったよ。で、妻と君の部屋に行ったんだ。そしたら、女の子の方だけしかいなかったからびっくりしたよ。


 起こしても中々起きないから変だと思って。息は確かにあったから、無事であることは間違いないんだけど」


「で、その後に」

 と、景子が後を続ける。

「女将さんに言ったんです。そしたら”医者の人に運んでもらった”と言ってて。浅霧さんのことも聞いたんですけど”そちらは大丈夫だから”と。


 変だと思いましたよ? けど、その場で問い詰めることも出来ませんでしたし。とりあえず、彼女のそばにいた方が良いと思いまして。これでも私が空手、彼が柔道やっていまして。守ることはできますから」


「それで俺と景子でしばらく彼女の部屋で待機して、出来るだけ中には入れないようにしてたら、そのうちに彼女が目を覚ましてな。


 事情を聞いたら、睡眠薬だと。それからこの場所から出ることも考えたんだけど、村の入口は塞がれて出られない。その上、ここの交番の電話番号は知らないし、他の知り合いもいない。加えて複数犯の可能性がある。


 ならいっそ、この場から出ないで閉じこもってまとまっていた方が良いんじゃないかと思ってね。まぁ、寝る時間でもなかったし。


 マスターキーはあるだろう思って警戒してたんだけど、幸いそれを使って入ってくることはなかった。結構バタバタしてたけど」


 確かにせっかくオープンしたばかりのお店で誰かが倒れたとなれば、経営も難しくなる。とりあえず病院の先生に見てもらって、判断を仰ごうとでも思ったのだろうか。警察を呼ばなかったのはわからない段階で大事にしたくなかったとも考えられる。


 帆野が経験したことを無視すれば、だが。当然、そんな考えは楽観的と言えよう。

(マスターキーを使って入ってこないってことは)

「ということは、マスターキーを持ってない誰かが料理に睡眠薬を盛った」

「たぶん」


 マスターキーを使える立場にない女将、あるいはここに泊まっている誰かと言うことだろうか。しかし、それ以上に医者と男というのは――その時に気づいた。あの時の診療所、病室のこと。

「浅霧さん」


 これはもう儀式を行った人たちに気付かれているということしか考えられない。殻屋の存在が気になる。

「ねぇ、聞いていい?」

 と、その気になっていた殻屋から質問が来る。

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