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リミット24――死が見える男――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第二章 蝿、付きまとう。
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12.混沌

 無我夢中だったために、どこをどう走ったのかもわからない。息継ぎのために立ち止まったが、後ろを振り返っても幸い追いかけてきている気配はない。


 左側に民家、右側に寺の階段が上へと続いている。時間も時間なのか、街灯の明かりは完全に消されている。恐怖は依然と変わらない。


 壁から這い出てくる、唸り声や叫び声と言った想像が掻き立てられる。寺に行くか、それとも真っ直ぐ道を行くか。あるいは、左に分岐した歴史記念館の歩道の間に入って行くか。


 一つの選択で結末が変わりそうだが、浅霧と連絡を取るためにもとりあえず寺の方角を選びたい。リスクはあるが、電話している途中に見つかる可能性を考えれば、まだ寺の方がマシな気もしている。


 長い階段を登る。未だ続く頭痛や吐き気の上、乳酸が溜まって体力が失われているせいで、階段を登るのも疲れがより一層感じられた。


 光源となる要素が一つもなく、緊張感は変わらない。左右、どちらも木が生えているせいで視界も狭い。登るにつれて、この選択は間違いなのだろうかとさえ思えてくる。


 木々の間を縫って、もしゾンビが出てきたとしたら。

 そんな想像がよぎる。一層神経を尖らせ、奪われる体力とともに足を進めていく。


 階段を登りきった。安心感に浸りたい気分だが、むしろ直らない気持ち悪さの方が勝ってしまっている。嗚咽感を飲み込んで、今は電話できる安全な場所を探すべきだ。石造りの通路の先には左右対称の寺。左側に倉庫があり、寺よりも倉庫を選択する。


 中に入るわけではなく、その裏手に隠れた。

 周囲に気を配った後、電話帳を開いて浅霧に電話をかけた。


 出るまでの瞬間がとても長く感じる。倉庫にぺたっと背中を貼り付けていても、倉庫の向こう側が気になってしまう。何度も確認をするが、特にこれといった変化はない。蒸し暑さと蝉の鳴き声。静寂を遮るように音が響いているのは、確認できるだけで蝉くらいだろう。


「大丈夫ですか?」

 開口一番、声からでも分かるくらい心配した声が届いた。

「なんとか。浅霧さんは?」

「私は、あの夫婦と一緒にいます」

「ということは」


「宿です。怖気づいたのかわかりませんけど、殺されなかったようです」

「よかった。ゾンビは?」

 後ろが気になる間があった。

「え?」


「知らないんですか? 病院で目を覚ましたんですけど、そこの医者がゾンビになってたんですよ」

 返事が返ってこない。

「浅霧さん?」

「大丈夫です。こっちにはいませんよ」

「どうなってるんだ」

「わかりません。変ですね」

「はい」


「こっちにこれますか?」

「いけますけど」

 背中側から突如、ありったけの力で殴る音が聞こえた。

 驚いて、反射的に構えてしまう。

「なにがあったんですか?」

「逃げます! また後で!」


「死なないでください。約束です」

「はい」

 電話を切る。冷静に会話したものの、心臓が休まることはなかった。気がついてみれば、ゾンビの唸り声が聞こえる。声からして男だろうか。背中を何度も押してくる。気持ちも気圧されるほどの煽り。音は次第にテンポが上がっていく。


「なんなんだよ、クソ!」

 早く敷地内から出ようと思い、物置小屋の裏から姿を出したその時、木造の壁が耐えられなくなり、縦模様の木材の4つが壊れ、二人のゾンビが外に出てきた。


 知能がないのか、はたまた血の気ばかりが多いのか、倒れようとも気にもせずに無理矢理外へと出ようとしていた。


 そんな男と女の姿。動作の不可解さもあって、気味の悪さがさらに恐怖を煽る。心臓が飛び上がり、がむしゃらに走り出した矢先、逃げ場である階段が視界に写るが、同時に若い男のゾンビが一緒に映し出された。


 こちらの存在に気付くや否や、ねばついた口を大きく開き、手を前に出して蛇のように唸る。


 挟まれたような構図。左手には二人、正面には一人。人数的に考えれば正面だが、力で言えばこの若い男も男だろう。ただ、そうも言ってられない。ここは賭けに出て、人数的に有利な若い男の横を、距離を取って走る。


 砂利を踏みしめる音に交じり、ゾンビたちのうめき声。絡まれずにその場から逃げ出すことに成功し、階段を駆け下りる。


 寺の敷地内、階段入り口で息を整え、振り返った。未だ手を挙げて歩いている姿が遠くで確認できる。そのうちの一人が階段で躓いたのか、ゴロゴロと転がり落ちる。


 休んでいる暇もない。当然、立ち上がって追いかけてくるだろうから、単純に駆け下りるスピードが速まったのみ。


 恐怖が終わることなく、乳酸を出し切れていない体を無理に動かした。絶え絶えの息。痛む気管支。膨張したような頭の感覚を抱き、木造の家々に挟まれた道へと入る。Fの字になった道の右に分岐したところまで進んだあたりから、突き当りの家から男の悲鳴が聞こえた。

「ばあちゃん? ばあちゃん! どうしたんだ!」


 引き戸から現れたのは、あの占い師の老婆だ。男に襲い掛かり、噛みつこうとしている。必死に抵抗して振り払う手に狙いを定めたのか、腕をがっしりとかみついた。男の断末魔が響き渡る。それに駆けつけた周囲の住民が、慌てて家から飛び出してきた。

「おい、どうした!」

「た、助けてくれ!」


 男がすぐさまかけつけ、あとから女が一人。子どもがいる家庭、いろいろな人たちがぞろぞろと出てくる中、こちらの存在に気付いたと思いきや、視線はそれよりもっと奥。


 帆野に向けられているのではなく、顔色も段々と青白くなっていく。ゾンビと理解しているかは定かではないが、その異様さに気付いた人間は少なくない。


 一人が指をさし、「あれ!」と叫んだあと、一同がその異様さを理解して逃げ出した。


 振り返ると一人が噛まれて犠牲になっており、二人は襲われている。ゾンビに挟まれたような状況だ。皆は帆野の右手にある道を無我夢中に駆け抜ける。中には助けに入る男女もいるが、場は混沌としているのが現状だ。


 帆野もその状況に飲み込まれ、皆が逃げている道を同じように走った。

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