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リミット24――死が見える男――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第二章 蝿、付きまとう。
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10.惨劇の始まり

 あれから寄り道することもなく、真っ直ぐ自室へと戻った。それから数十分経ったところだろうか。現在、手前の部屋の壁に寄りかかって小説を読んでいる。


 道端で思わぬものに遭遇して難癖をつけられたが、浅霧は不機嫌な様子はない。今は中庭の景色を堪能している。


 その背中に声をかけることもなく、ただ浅霧の様子に気を配る。時折スマホをいじるが、そこまで長い間ではない。写真を撮る素振りも見えたが、どうしてだか話しかけようと思わなかった。


 先程まで景色を見ていた浅霧だが、帆野の元に歩み寄り、隣に座った。

「あんまり話しにくいですね」

 囁くように小さい声でそう言う。占い師の一件が響いているようだ。


「そうですね。聞く耳立てるんですかね」

「そういうわけじゃないんじゃないですか? 人の噂は広がるの早いですから」

「観光客も減りそうですね。これじゃあ」

「落ち着かないでしょうね」


「更に調べづらくなってません?」

「逆に、開き直ることも出来ます」

「どうやって明かすんです? まさか、ゾンビに聞いたって言うわけいかないですし」

「そういう意味ではあの占い師、間違えてはないですよね」


「そんなこと言ってる場合ですか?」

「まぁ、村から出られない以上、今は大人しくしてるしかなさそうです」

「そうですけど」


 焦ることもない相変わらずの態度だが、帆野は危機感ばかりあって居ても立っても居られない。警戒心を維持するのも応えたのか、メンタルにある種のブレーキ、楽観した思考が流れてくる。


 本当に襲われるのだろうか。確かにこの能力が外れたことはないが、これから絞殺をするのであれば襲いかかってきても良いはずだ。その気配すら感じなく、このままじっと浅霧と待てば生き残るのではないだろうか。


 いろいろな事を考えていたため、小説を手にしても全然集中できないまま時間が過ぎていた。


 コンコン、とこの部屋のノックが聞こえる。帆野が扉に向かうと、そこには仲居が食事を持ってきていた。気がつけばそんな時間になっている。


 中に案内してテーブルの上に並べてもらう。お礼を言って扉を背にして右側の座布団に座り、浅霧は対面に座る。


 舟盛りの刺し身に足だけのカニ、茶碗蒸しやお茶など。夏場に合わせた涼しさを感じる品々だった。味は期待できそう。まずは刺し身に狙いを定める。


「いただきます」

 刺し身を食べ、白飯を口に含んでいく。至福のひととき。丁度、お腹も空いてた頃だった。


「これ美味くないですか?」

 と、気持ちの勢いで浅霧に聞いた。

「美味しいですね。茶碗蒸しは?」

「まだ」


 言われて茶碗蒸しを食べる。

「うっま。最高じゃないですか、これ」

「はい」


 冷たい緑茶を挟んで、また刺し身に手を伸ばす。

 気分も温かくなってきた中、頭が呆然としてくる。視界が定まらない。地震のように辺りがグラグラと。目を開けていられないほど急に重たくなってくる。

「浅霧、さん?」


 浅霧もまた、様子がおかしい。不安だけが頂点に達する。朦朧(もうろう)とした意識の中で考えられないが、焦燥感が身の危険を察知する。しかし、もう遅い。危険のアラームが鳴ろうと、全てが手遅れだった。


    ・  ・  ・


「おい、どうしたんだ!」

 その叫び声で目を覚ます。なんだか妙に気持ち悪い。頭痛や目眩もする。そんな環境でなんとか頭を振り絞る。場所は病院の中だろうか。何故ここに運び込まれたのかはよくわからない。


 理解も追いつかない中、つんざく断末魔が耳に届く。暗い院内が追い打ちかけるかのように恐怖が襲いかかってきた。こうして予言どおりに首を絞められて死ぬのか、と。


 今にもこの病院から抜け出したいが、ベッドすら思うように起きれなく、動けば増す吐き気。右腕に刺された点滴が、自体をより深刻に思わせた。


 抜け出すには必要とは言え、一人で勝手に抜こうとするのも今では恐ろしい。それ以上に方法はないのは理解している。こんなうるさいものを引きずって院内を歩き回るわけには行かない。


 体調の悪さを背景に、必死にこの刺さっている点滴を抜くか否かという不安との戦いを繰り広げてる中、この部屋の扉が開かれる。


 思わず口を塞いで、心臓さえもコントロールしたいと願うほど、息を殺して神経を張り巡らせた。


 コツ、コツ、と歩くこの音はヒールだろうか。しかし、人間とは違うなにか得体の知れない気配を感じる。


 息遣いが粗いような、たんが絡んで妙に掠れたガラガラ声のような。少しばかり高い声質や靴から言って女性だろうが、なんだか異様だ。


(まさか)

 儀式がおこなわれたのではないのか。いや、しかしこれは、まさにゾンビと言っても過言ではないだろう。その嫌な予感を振り切ることが出来ないまま、その足音の行方に意識の矛先が向いた。


 右から左へと流れる。

(しまった!)

 眼の前の風景は見えていないのも、それはベッドのカーテンが閉められているからであって、だからこそ音に意識を向けている状況なのだが、それは同時に″ここにいますよ″と教えてる。


 必死に頭を巡らせる。逃げられないのであれば撃退するしかない。点滴スタンドを利用し、刺股(さすまた)のようにして近づけないようにすれば、とりあえず噛まれることはないだろうか。それで殴り、気絶でもしてくれれば御の字である。


 しかし、そんなに上手くいくだろうか。

 思考に浸っていた意識が現実へと振り返る。足音が聞こえない。息遣いは聞こえる。このカーテンの前で待っているのだろうか、そんな想像が頭を過った。


 息遣いは遠くないが、近くはないといったところ。位置としてはやや左側のようだ。”気づかれていないのではないか?”という期待が流れ込んできたが、一時の安らぎかもしれない。


 不安は杞憂に終わる。通り過ぎていることにほんの少しだけ安らぎを覚えた。しかし、この感情はこの死の危機が迫る状況での一筋の光を見出そうと、気持ちの安らぎを求める悪魔の囁きではないかとさえ思えてしまう。


 安心している無防備な時に、悪魔はそこを漬け込んでくる。睡眠薬を盛られたのもそういった心の隙。


 その足はやがて右へと移動していく。

 その瞬間だった。正面のカーテンに凹凸(おうとつ)ができる。ベッドの足に勢いつけてぶつかる音がなった。帆野が寝てるベッドが大きく揺れる。心臓が飛び出すかとも思えた。


 赤ん坊のように体を丸まらせる。冷える足先はゾンビの殺気を捉えているかのよう。なんとか声は押し殺したが、こんな状況だ。見つかる覚悟をしていなければならない。点滴の棒を握りしめて、立ち向かう準備をする。


 女と思われるゾンビはそのまま立ち上がり、歩みのリズムが崩れた足音を聞いてると、吐息と共にそれはどんどん遠ざかっていく。


 生き場のない展開に肺が酸素を求め、大きな深呼吸を繰り返した。自分の死は免れたのだろうか。どうだかはわからないが、とりあえず息を整える。


 先ほど決めた覚悟を思い出し、刺さった点滴を体から抜く。緊張が去ると体調の悪さが意識に上ってきて、再び抜けない嗚咽感や頭痛に苛まれる。


 ゆっくりと左側に足を避け、裸足でカーテンから外に顔を出した。靴がないところを見て、自身の貴重品が無くなっていることに気づく。


 スマホは想像に固くはないが、財布や旅館の鍵、腕時計に至るまで徹底している。それを探すのも含めて、ここから脱出しなければならない。


 中はこれといって清潔だ。荒れている様子はないが、月明かりが院内に差し込んでいる。左側にカーテンが開けられたベッドが一個、覗いていた。


 そのまま注意を払いながら体を曝け出す。外には脱ぎ捨てられたヒールが片方、転げ落ちていた。先程のアレは恐らくバランスを崩して転倒したのだろう。


 その事実に安心するが、この場所から逃げたわけではない。浅霧のことも気になる。同じように食事中に倒れていたではないか。


 とりあえず電話できる環境を手に入れるため、この部屋を後にする。

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