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リミット24――死が見える男――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第二章 蝿、付きまとう。
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8.歴史記念館前編

 歴史記念館は地図上左上の場所。右上の旅館や駐車場から見た場合、徒歩でいこうとすると一キロは有に越しているだろう。現在、畑のそばを太陽に晒されて歩いている。


 都会と違って建物が並んでたかと思えば周りに畑ばかりで、目先は水平線を見るように左奥に木々山々が見えるほど。正面に建物が集まっているので、当たっているのであればそこにあるはず。


 都会の線路沿いほどの風景と比べれば、心安らぐものがあるが、気分を誤魔化すほどの域にはもう及びもしなかった。


「やっぱ、車なしだときついですね」

「あともうすぐですよ」


 熱にも体力が奪われる。田舎はそもそも車が必須でバスの本数が少ない。それは常識ではないのだろうか。確かに地図の見た目で言えば、近く見えなくはないが。


 だが、そうと言ってられないのが現状だ。トランクの中にはゾンビがいる。あの駐車場でバレなければ良いが、それ以上に隠せる場所はない。


 開けなければ臭いなどしなかったので、滅多なことがない限り無事であるはずだ。


 畑の角を右に曲がり、一直線に進んでようやく建物の群衆にふれる。正面の遠くの方に神社の階段が見え、民家に挟まれた道を進んでいく。


 この辺りだろうか。そう期待して歩を進めていくと、横断歩道を二つ渡ったすぐ右手に大きな建物が見えた。


 入口にも歴史記念館なる看板が建てられており、ここもやけに真新しい。鉄筋コンクリートづくりと、白い外壁にくりぬかれた入口。日陰になった両開きのガラス扉の出っ張りを支えた柱の近くに、『歴史記念館』と書かれたポールがあった。


 自動式の扉を通ると、エアコンの効いたホール。中央にはこの村の、過去の全体像の模型がガラスのボックスに入れられている。


 料金などはかからなさそうだ。周りを見渡してみると、左側の階段を除いてグルッと囲むように展示品がガラスに守られている。


 侍の甲冑や古い書物が散見された。右側中央の書物の前にサングラスを掛けた、三十代くらいの男が立っていた。旅館であった夫とは似ても似つかない。他には、一人(せわ)しない男が一人いる。


 書物に惹かれたのか、浅霧は真っ先にそちらの方へと向かった。サングラスを掛けた男はさっと浅霧から逃げるように立ち去って、中央の模型を見ている。


 ここに来ているのだから観光客だろうか。他の展示品よりもその客に惹かれるように、ダメ元で恐る恐る話しかけてみる。

「観光ですか?」

 チラッとこちらに首をふるも、展示品に目を戻した。

「ここの村の者です」


「あ、そうなんですか。失礼しました。てっきり」

「いや、いいんですよ。ちょっと思い出に浸ってましてね」

「ずっと住んでたんですか?」

「さすがにこの当時は生きてませんけど、まぁここ育ちではあります」


 純粋に気になったことがある。

「村おこしって、どう感じてますか?」

「今更こんな村をって、気もしますかね。別に一つや二つ、あるじゃないですか。確かにのどかだし、人は良い。けどねぇ……どうせ中身はなにも変わらない」


 深いため息を吐く。

 なんだかそれが、とうの昔の話をしているかのように感じた。儚いような、切ないような。


「もう、諦めているような感じですね」

 くいるように模型に向けられていた視線が、サングラスに隠されていても感じる。


「あぁ、まぁね。これでもこの村は大好きですよ。辺鄙(へんぴ)な場所だろうが、寂れていようが、そんなことは関係ない。ここの自然が好きなんです。電気が通りやすくなって人が多くなれば、学校だって賑わう」

「あるんですか?」


「ありますよ。村と言っても、それなりに広いですからね」

 確かに模型を見ればそのように感じる。


「でもね、自然を壊してまで新しい施設がほしい訳でもない。コンビニやスーパーだって数を増やそうとしてる。所詮、目立ちたいだけの政治家や、呪いや祟りの問題を重視しすぎて、反対してる連中にも吐き気がするが」


「ちょっとまってください」

 言葉を遮ってしまったが、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「呪いや祟り?」


「えぇ、知りませんか? まぁ、あの政治家はその問題を伏せて、村おこしなんかやってますからね」

「初耳です」


 概ね、あの刑事から聞いたような話をもう一度聞かされる。

「それ、ホントなんですか?」

 話を聞き出すため、知らない振りをした。


「私は信じてませんし、そもそもそんなことで子一人を殺すなんて常軌を逸してる。村内会が行われてるときに訴えてきてるんですが、あれはもう新興宗教と同じです」


「村内会?」

「ええ、村の決め事とか、お祭りや村の中で楽しもうって企画を立てるような会ですかね。その会に出てたんですよ。俺」

「お名前、聞いていいですか?」

 

 ちょっとした間がある。聞いてはいけなかっただろうか。失礼だと思い、帆野は自分の名前を言った。相手は軽く会釈をした。


(くるわ)、廓佳祐(けいすけ)です」

「くるわ、さん。珍しい苗字ですね」

「まぁ、あんまり聞かないですよね」

「そこで話されたんですか?」

「そうです」


「今回は、その」

「子どもですか?」

「はい」

「さぁ、知りません。ですが、やりかねませんよ。証拠見つけたら、絶対に警察に訴えてやろうと思ってました」


「駐在所とかあるんですか?」

「えぇ、まぁ。けど、なんか人変わったみたいですね。前は一生懸命な熱い青年だったようですが」

 これでもうすでにその子どもは亡き者となり、刑事がその現場を見て殺されたいうことが判明した。


「今は?」

「さぁ、あまりすれ違いませんね。見回りとかしてないんじゃないですか?」

「そんなにしょっちゅうやってたんですか?」


「それはもう。すれ違えば挨拶。転んだおばあちゃんを助けてあげることまでやってましたから。彼なら希望があると思って、話したこともあります。まぁ、熱意だけだったですけど」


 あのわりとストレートに言う、駐在所の警官の一面が垣間見える。巡回で見つけたと言っていた洞窟――そこまで熱心なら、把握していたのかもしれない。

「誰なら、とかわかりますかね?」


 と、言ったとき、しまったと思った。これでは調べていることがまるわかりではないか。サングラスの奥の瞳と目があったような気がして、心臓の高鳴りを覚える。


「ここの村長とか。後、ここの占い師の婆さんとかじゃないですかね。実際に見たとかいう人たちや、怖くて信奉してる人もいます。そういった意味では、かなり人数は多いですよ」


 やはり、と思った。住職や医者は当然だが、村ぐるみであるのだから、村長は出てくるだろうことは想像できるはずだ。しかし意外だったのは、占い師の存在だ。


 むしろなんだかこの占い師が、村長以上に信奉しているような気がしている。決定権が村長にあったとしても。

「あなたみたいに訴えてる人とかいなかったんですか?」


「いましたよ。当然。ただ、そもそもそんな馬鹿げた話自体、信じない人も少なくない。だからそもそも″噂や迷信にすぎない″としか感じてない人が多かったですね。


 いくら真剣にだったとしても、まさか子殺しをやってるなんて、そりゃ思わないでしょ? 殺されてもなお、こんな村に居続ける人間もいないでしょうし、殺人なんてだいそれたこと……おいそれと安易に出来ますか?」

 言われてみればそうだ。


「そう、ですね。殺すんじゃないかって思ったところで、それこそ祟を信じてるようにも感じますし。″そんなの信じてんの?″って、馬鹿にされるのも目に見えてます」

「そう。だから俺みたいなやつは、珍しかったと思います」


 知りたかった概ねの情報をしっかりと裏が取れたようなもの。あの刑事は殺され、そして廓は、子どもが殺されたかどうかはわからないと言っていたが、概ね殺されたのであろう。でなければ、警官とあろうものが殺されることなど滅多にない。


「いろいろ、教えてくれてありがとうございました」

「いえいえ」

 と、浅霧の元へ向かおうと背を向ける。

「観光するほどの場所とは誇れないので、十分気をつけてください。中々、危ない人もいますから」


 心臓が飛び跳ねるかと思った。普通ではないなにかを感じ取られたのではないかと一瞬頭を過ったが、悟られてはまずい。

「ありがとうございます」


 しっかりと体を向けて、笑顔と会釈で答える。

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